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「これが隔壁か」
手の甲で叩いてみると……響く音がしない。非常時に遮る為の物なので仕方ないと言えば仕方ないが、これはぶち破れなそうだなー。つか、本当にこの奥に空間あんの?
何か音が伝わってこないかと、耳を当てても同じくだ。一応床にも当ててみたが、この施設自体が発していると思われる音のみが聞こえる。
うーん……隔壁の向こう側に人形が居ないからなのか、居てもわからないくらい静かなのかがわからないなぁ。
それに、人形のことも不安だが、そもそも隔壁が下りた原因は火災だった筈だ。隔壁を上げた先は火の海でした、とかに風情を感じないのでやめて欲しいところである。上げた瞬間爆発とかはもっと嫌だが。
「開けるぞ」
「りょーかい」
壁側で何やら作業しているソシ・レに、返事をした。動き始めた隔壁に、僅かに緊張が走る。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。寧ろ、人形よりそいつ等が出てきてくれるならどれだけ楽だろう。多少手間取るだろうが、頭潰せば終わるし。
隔壁が三分の一くらい上がった時点で、大分向こう側が見えるようになった。勿論、隔壁が上りきるまで安心はできない。
天井にへばりついていた何かに襲われる、という恐怖体験は、こういう時のお約束である。できるだけ急ぎたい状況であっても、そこを疎かにする程は追い詰められていない。
結論から言えば、俺の警戒は杞憂であったと言えよう。
正直に言えば、多少拍子抜けした部分はある。だがまあ、面倒事はないに越したことはない。
その調子で開ける度にどきどきしつつ、けれど順調に隔壁を上げていったのである。
「開けるぞ」
「了解」
そうして辿り着いた格納庫であるが、まず扉がデカい。俺が見てきた通路の大きさからすれば、搬入等を行うのはまた別の入口があるだろうに、それでも大きいと思う。
ソシ・レが操作をしていた壁が、ぴぴ、と小さな音を立てた。隔壁とは違い、こちらの場合はロックを外すだけ。後は他の扉と同じように、前に立てば勝手に開く仕様だ。
まだ扉が開かないということは、扉の前には何もないということ。まあ、扉が反応しないギリギリのところに、ずらーっと並ぶ光景、というのも考えられるが、流石にそれは考え過ぎ……であると思いたい。
目を瞑り、息を吐く。心の整理が付いたところで、目を開いた。よっしゃ行くぞ!
不具合が出ているのか、非常用の青い照明だけで照らされる格納庫内は暗かった。
光源としては問題ないものの、部屋の広さや設備が多いことを含めれば、不足していることは否めない。まあ、俺にはあまり関係ないが。
ソシ・レに精霊灯を渡し、部屋の中に入る。あちこちに何らかの機材が転がっているが、ある程度整頓されている。
職人の工房のような雑多な状況を想像していたので、意外と言えば意外だ。まあ、汚いよりは綺麗な方が効率いいよなー。ここが放棄されてから調査に入った連中だって、安全の範囲だったら整えるだろうし。
そのようなことを考えながらも、目を滑らし、耳を済ませることは忘れない。遮蔽物が多く、自身の靴音さえ響く空間で、一体どれだけの効果があるかはわからないが、やらないよりはマシだろう。警戒しながら歩く俺の脇を、するりと通り過ぎていく金の髪。
……って、おい、そこの耳長。俺よりお前の方が詳しいとはいえ、何が起きるかわからないのに先を歩こうとすんな。俺に指示して後ろに居ろよインドア職!
とはいえ、見た目も戦闘能力も後衛向きではあるが、森に生まれ森を駆けずり回る耳長族は生まれつきのアウトドア人種である。言っても聞かないことはわかっているので、小走りで追い付いた。
遮蔽物がある場所なら、恐らくこいつの方が得意だ。俺の場合は夜族の能力に頼っているが、ソシ・レは身に染み付いている。
長い耳が情報を集め、獲物を仕留める為にとる行動を分析し、実行に移すだけの術や弓の技術。それは、連綿と受け継がれてきた耳長族の生き方だ。そこまですんならマジで食えよ殺した奴をよぉ……。
ソシ・レの歩みが遅くなった。前を見ると、六、七体の人形がある。成る程、確かにこれじゃ使えないな。
手足が欠けている人形。上半身丸々ない人形。逆に頭だけで転がっているのもある。それに触ろうと手を伸ばして……目と口がぱかりと開く想像に慌てて手を引いた。流石にこれだけでは動かないと信じたいが、触って何か起こってからでは遅い。
ソシ・レはというと、人形の肩に手を回し、背中側を見ていたって、おーいー……ある程度はわかってやっているのだろうが、見ているこっちとしてはひやひやする。
粗方検分し尽くしたのか、ソシ・レが立ち上がった。
「で?」
「数は揃っているし、細工もされていない。火元もこちらではないようだから、それによる誤作動もないだろう」
「そう言えば火災だよな?でもこれだけ時間が立っているのに、全然燃え広がってないが」
「不具合が起きていなければ、火災が確認された時点で消火装置が作動する」
えー……いや、考えればわかることかもしれないが、だったら隔壁を下ろす必要あったのか?消火しきれなかった時のことを考えてってことか?
それだったらメインコンピュータールームの時には何で下ろさなかったんだ、という話になるし……ああ、でも、こっちは機械でなんとかできるが、向こうは人が直接行かないと駄目だから、か?
じゃあ今度は火元探しか。まだ見ていない方へ足を伸ばすと、嗅覚に引っ掛かるものがあった。すんすん鼻を鳴らしながら、においの方向に向かう俺の後を、ソシ・レが着いてくる。
「…………犬か」
「喧嘩売ってんのか!」
動物に例えられるのもあれだが、猫派の俺としては、猫より犬に例えられた方がむかつく。
だってほら、犬って、駄犬とか野良犬とか飼い犬とか負け犬とか、あまりいい意味で使われないだろう?孤高のツンデレ猫様とは比べ物にならないと思う訳よ。
そんなことを考えながら歩いていると、靴が床を蹴る音の中に、濡れた音が混ざる。辺りを見ると、液体が床に広がっていた。僅かに焦げたにおいと水のにおいはかなり強くなっている。
ぱちゃぱちゃ音を立てながら、火元と思われる場所に近付く。焦げ跡があり、その中心は少しへこんでいる。
「原因はこれか」
ソシ・レが差し出したのは、黒い石。欠けて鋭く尖った小さな欠片が幾つか氷に包まれ、白い掌に乗っている。
「爆発石?」
精霊石の一種である爆発石は、名前の通り、生気を注ぐと爆発する石である。この石は精霊石の中でもかなり厄介な性質を持っている。
例えば俺の持っている精霊灯は、発光石という精霊石を加工したもので、術の使えない俺にも使える。
しかし、俺に使えるからといって、誰にでも使える訳ではない。生気を注ぐことができない奴には使えないのだ。当たり前だが。
生きている以上必ず生気を持っているので、絶対にできない者は存在しない。しないのだが……やろうとしても光らない、と言う奴も結構居る。
教本みたいなものもあるのだが、目に見えない生気操作には、感覚的な部分がある。やたら精霊に好かれている癖に、全く精霊術が使えない、制御できないという奴はこれが苦手だかららしい。
このように、発光石は使えない奴には使えない。しかし、爆発石は誰にでも使えるのだ。というより、生物が触っただけで爆発する程生気に過敏な、超危険物である。
一応、乾燥していなければ爆発しない、という特性もあるのだが、その状態では持ち運びはできても利用はできない。その為、銀を編み込んだ手袋の上から厚い革の手袋を付けて扱うのが一般的だ。
なら、どうやって爆発させるかというと、僅かな生気にさえ反応する性質を利用して、訓練した犬に触らせたり、植物を石か何かにくくりつけて投げたり、宝珠を投げ付けたりする。
その威力は爆発石の質量に比例し……そうだな、指の関節一つ分の量なら、うっかり触った奴の手が吹っ飛ぶくらいと思えばいいんじゃないか?
爆発させる度に爆発石は小さく砕け、最終的には静電気よりも軽い衝撃しか与えられなくなるので、実は爆発石の粉はジョークグッズにも使われているとか何とか。
破片がこの大きさということは、元々は拳より大きそうだ。こんなもの、例え爆発させないにしても、持ち込んだ時点でアウトである。
「完全に壊すつもりはなさそうだが」
「爆発させた場所もそうだ。これでは大した被害は出ない」
なら、何故爆発させた?
確かに多少へこんでいたりはしたが、見た感じでは、特に壊されているものはない。壊すのが目的でないとすると、あとは消火装置を作動させるくらいしか被害は……いや。
翠玉の緑と目が合う。
その薄い唇が開かれ、
『あー、あー、只今マイクのテスト中ぅ。只今マイクのテスト中ぅ』
ショー、聞こえてるぅう?聞こえてなくてもいいけどぉ。
耳障りな悪魔の声。見えないそいつの顔に浮かんでいるのは、どうせ愉悦だ。




