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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
聖女
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 自由になる脚で激しく暴れていた聖女であったが、抵抗は低体温と密着することである程度封じられる。そして、今はそれすらもない。

 血を吸われることによる酸欠、そして産まれて初めての快楽。感覚を麻痺させられているそれは、一般人に比べれば僅かなものかもしれない。だが、知らぬ感覚とは、良くも悪くも心を揺さぶるのだ。


 肉体が成長していようとも、普通の育ち方をしてこなかった精神は、未熟で無理矢理与えられたものを無視できない。

 だからこそ、宗教なんてもので雁字搦めにしているのだろうが……人間の涙ぐましい努力を、夜族の本気があっさり打ち破るのは珍しいことではない。


 これがどんなものかはわかっているだろう。自分にとってどんな意味を持つのか。それは絶望の筈なのに、自分の身体が、自分の意思に反する。

 なあ、欲しいと思っているのだろう?この牙を。吸血鬼の持つ毒を。

 人間には与えられない至福を与えてやろう。からからに干からびるまで、全部、全部吸い付くされて、吸われた血は俺と何十年も、何百年も生きるの。


 ねえ、愛しい人。使命とか理性とか、そういう下らないものは捨てて堕ちてきておいで。そうしたら俺が、




 ――その心を粉々に砕いてあげる。




 とまあ、お遊びはこの辺にしておいて牙を抜く。

 その際に傷口を広げるようにしたのは勿論わざとだ。とぷりと湧き出る血に、広がるケミカル臭。

 これさえなければ、もっと無心になって喰ってたのになぁ。勿体ない。適当に舐めて、血を止めた。


 聖女の顔を覗き込む。普段通りなら弓形にしながら睨む、という器用な真似をする筈の目は、焦点が合わない。身体中の力も抜けており、放心状態とはこのことか、と一目でわかるような有り様だ。


 正確に言えば、実はもう聖女ではないんだけどな。断罪者の中でも、聖女は必要な条件が多いのだ。その中の一つが、夜族に穢されていないことである。

 いや、貞操的な意味でなくて。というか、そっちは相手が人間であってもアウトだ。この場合の穢されるとは、夜族の餌になると言い換えていい。


 吸血鬼なら血を吸われなければ、悪魔なら契約をされなければ、淫魔だったら……もしかしてキスでも駄目なのか?まあ、とにかく、夜族の餌になるということは力を与えるということだ。

 自分の意思ではなくても、そのような失態を犯す者に聖女の資格はない、ということらしい。俺からすれば、バレなけりゃいいんじゃねぇの?と思うが、宗教が全ての奴からすれば、許しがたいことなのだろう。

 さっきの断罪者も、混血だと知らされて気絶したくらいだしなぁ。本当に、信仰心とはよくわからん。


 餓鬼の服を剥いで、猿轡にする。切り込みを入れた腕を胴体と一緒にベルトで挟み、腕全体を外套でぐるぐる巻いて固定した。

 最後にもう一度、脚を使えないよう処置して息を吐く。


「まあ、こんなものか。ソシ」


 レ。と振り向いた俺の視線の先には、汚物を見るような目をした耳長が居た。

 ……いや、何でだよ。文句を言おうと一歩踏み出したところで、薄い唇が開かれた。


「近寄るな獣」

「お前がやれっつったんだろうが!」


 何自分は関係ないみたいに言ってやがる……!先に聖女を攻撃したのもお前じゃねぇか。それで思い出した。あの時躱さなかったら普通に全部俺に刺さってたよな!?

 俺の抗議に、眉間の皺を深くする耳長。


「だれが聖女を辱しめろと言った。拘束するのにその方法を選んだのは、貴様の趣味だろう。私を共犯に仕立てるな」

「ぐぬぬ……」


 確かにあれくらいの動きしかできない聖女なら、頭部を蹴るのも簡単だっただろう。頭を掴んで叩き付けても良かったし。

 でも少しくらい嫌がらせしたっていいじゃねぇか。こっちだって肋折られたし、お前は腹に穴空けられただろ。


「手足を減らさずに動けなくした俺の頑張りは」

「情報を引き出せるなら認めてやろう。だが、話せるのか」

「……どうだろう」


 何百年か前の聖女は、絶叫しながら走り出して崖から落ちた。足を踏み外したのか、自分から落ちたのかは知らない。その何十年か後の奴は、座り込んだまま笑い続けていた。その後どうなったかは知らない。

 そう考えると、意外と俺が手に掛けた聖女は少ない気がする。息の根を止めてはいないだけで、俺が殺したも同然、という意見は認めなくもないが。


 命があるのなら生きればいいのに、自分から死ぬ奴の気持ちなんて、俺にはわからねぇよ。俺は、殺されるくらいなら殺す方を選ぶ。

 だって、死ぬのは怖いことだ。


「……今は時間が惜しい。行くぞ」

「何かあんの?」


 こちらに背を向け歩き出すソシ・レ。後を追おうとして、慌てて聖女を担ぐ。はっきり言って邪魔だが、これから目を離すのも怖い。

 肩に乗せた聖女を落とさないようにしながら、小走りで追いかける。こっちは荷物があるというのに、速度を落とさないのは流石耳長。コミュニケーション能力が絶望的である。


 メインコンピュータールームを後にする前に、一度だけ振り返った。

 不自然な形に曲がった首。だが、死に顔は意外と綺麗である。

 あの餓鬼が何を考えていたのかは知らないが、断罪者でありながら悪魔に手を出したのだ。自業自得と言えるだろう。でも。


 悪魔と取引をしてまで叶えたかったこと、叶えたかった気持ちは――。


 首を振る。その際にずれた聖女の位置を直して、俺は踵を返した。




「第二格納庫は、主に自律式機械人形が格納されていた。あの場所で残っているのは、損傷が激しく、実用に耐えないものばかりだが」

「盗まれると困る?」

「それもある。だが、衝撃で誤作動を起こされる方が厄介だ」


 ソシ・レの後を着いて、これまで通ってきたのとは別の道を進む。

 自律式機械人形って、多分あれだよな。シェルターと図書館部分の間に居た、ユーザーの認証を行う人形だろう。許可なく侵入しようとする部外者には、ビームで応戦できる程の戦闘力を持った……誤作動?

 え、誤作動って何。あれが暴走するってこと?首が回り続けたりする程度ならまだ笑えるからいいが、まさかビーム連射とかないよ、な?


「壊しとけよ、んな不良品!」

「なら貴様はどうする。安全な解体方法は不明。耐久力は現代では考えられない程高いぞ」

「……な、なら、どこか安全な場所に移すとか!」

「何が原因で起動するかもわからない。それに、ここ以外に安全な場所があるとでも」


 笑えない想像に叫ぶ俺に対し、ソシ・レは悉く正論を返してくる。ぐうの音も出ない。要はあれか、触らぬ神に祟りなしってやつか。正直、対応には納得してしまった。


「……なあ、でも封鎖するとか言ってなかったか?」


 ここの配置は知らないが、火災が発生して封鎖、という流れなら、普通火元周辺のことだろう。もし人形が動いたとしても、隔壁に閉じ込められているのではないか。

「そもそも、出火原因は何だ」

「タイミングがタイミングなんで、悪魔がやらかしたってところか?あとはまあ、古い建物だし老朽化によるショートとか」

「どちらにせよ、確認しない訳にはいかないだろう。現状考えられる最悪の事態は、人形含め施設内の技術の流出だ」


 あー、うん。外に持ち出して、一体どのくらい作動するのかはわからんが、あんな物を野に放つのは危険すぎる。

 大量生産される心配はあまりない。現代の技術では、何とか分解できたとしてもそれを再現することはできないだろう。

 そんな夢物語より、下手に手を出して暴走、人が多いところでビーム出しまくって地獄絵図、という未来の方が簡単に想像できる。


 元々壊れているという話だから、実際は動かない可能性もある。というか、多分その可能性の方が高い。

 だが、万が一が起こった時のことを考えると、楽観的になる訳にはいかない、と。うわー、面倒臭い。

 だが、野生のビーム人形とエンカウントしたくないので、そこらへんははっきりしておきたい。あれにバックアタックなんぞされたら、泣けるとか言う前に死ねると思う。割りと本気で。


「隔壁はどうするんだよ」

「私の権限なら、隔壁の操作はできる」

「いや、開けたら人形が待ち構えてたというオチは」

「その為に貴様を連れてきたのだろう」


 えぇえええ……何だそれ。盾か。俺は盾か。

 唇をへの字に結ぶ。正直に言うと、こいつに良心を期待するのは諦めている。だが、常識くらいはまだ求めていいのではないかと思っていたのだが、それも望み薄である。


「うー」

「唸るな。……私は何度も関係ないと言った筈だぞ。それなのに、のこのことこんな場所まで来た貴様が悪い」


 どうせ暇なのだろうから、少しは手伝え。


 ぱちり、と瞬きをした。振り向かないまま言われたので、ソシ・レがどんな顔をしているのかはわからない。

 かつかつかつ。靴底が鳴る間隔が早くなった気がした。




 暇じゃないが、少しだけ手伝ってやるか。ちょこっとだけな。






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