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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
聖女
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 死んだ人間は生き返らない。

 死してから術屍になる者もいるが、それは夜族になっただけだ。人間が、人間として生き返る訳ではない。

 死んでから生き返ったように見える場合もある。だがそれは、本当の死ではなかっただけのことだ。魂を守るために、肉体が選ぶ仮初めの死。


 どちらにせよ、それらの方法には生きた魂と肉体が必要不可欠である。そして、そのどちらもが、彼女にはもうない。

 そんなこと、契約の下に魂も肉も喰らう悪魔がわからない訳ないだろうに。


「あの娘は死んだ」


 死んだのだ。

 看取ったのも、その遺骸に火を掛けたのも俺。

 抱き締めた身体から力が抜けたのも、まるで赤子のように、ぐにゃぐにゃとした感触になったことも覚えている。

 死んだ人間は甦らない。


「だから造るのさぁ」


 造る?


「幼なじみなんて居ない、下僕なんて居ない、僕のジニー、僕だけのジニーをねぇえ?」

「それはジニーじゃない」


 母が居て、父が居て、幼なじみが居て。驚く程強く、夜族を狩り、下僕を作り、子供を産み、最期まで美しく微笑むのが彼女だ。大切なものは何一つその手から溢さない、欲張りで酷い女。

 お前のものになる彼女なんて、彼女じゃない。


 世界に誓ったから何事だと思ったが、この悪魔は、ただ狂っていただけか。

 人形が欲しいのなら勝手にすればいい。しかし、そんな紛い物にジニーの名前を付けようものならぶっ壊してやるが。主人を侮辱されて、下僕が黙っていると思うなよ。


 冷たい目を向ける俺に、悪魔は唇を吊り上げる。


「悪魔じゃないお前には、できないだろうけどねぇえ?」

「悪魔だと狂うってんならこっちからお断りだ」

「強がっていられるのも、今の内だよぉお?探し物は見付かったしぃ」


 残りは相応しい舞台で、ねぇえ?

 悪魔の言葉に、眉を寄せる。


 探し物。古代図書館でしか手に入らない前世界の知識、あるいは技術。話の流れからして、それは恐らくジニーを甦らせることに必要なもの。

 だが、いくら前時代の技術といっても、そんなことできるのか?それができるのであれば、そもそも滅んだりしないだろう。死にそうな者を治せるとか、ただ命を永らえさせるとか、そんなものではないのか?


 だが、何らかの意味があるのは間違いない。先程の台詞のように、悪魔だけが可能とする方法があるのか?いや、あれは断定ではなかったから、ブラフの可能性も……。


「はいはい、無駄話はそれまで」


 手を叩く音に、視線を餓鬼に向ける。


「君の望みは叶ったのなら、次は僕の望みを叶えて貰おうか。それが契約だろう?」

「そうだねぇ。それでぇえ?君は何を望むんだいぃい?」

「僕の望みは」


 餓鬼の言葉を聞きつつ、身を翻した。俺が避けたことでそのまま飛んだ銀剣は、餓鬼へと向かう。

 軽々と叩き落とした餓鬼はそれを拾いあげると、くるくる回しながらこちら……というか俺より後ろの方を見ている。


 何か片肘だけでうぞうぞ這いずっているな、とは思っていたが、もうそこまで回復したか。流石。

 とはいうものの、腕の回復に殆ど力を費やしているのか、先程まで布を噛ませていた足は治っていないらしい。震える足は、ちょっと引っ掛けるだけでも倒せそうだ。


「殺しましょう」


 下がり眉に上がる口端。それ以上に殺意の満ち満ちた銀の双眸。

 この顔を見て、聖女と思える奴の神経は太いだろうなぁ。


「角持つ化け物も赤目の化け物も耳長の化け物も堕落した裏切り者も、私が全部全部息の根を止め塵に還して御覧に入れます」


 血で汚れていても美しい唇が紡ぐのは、祈りの言葉。


「神よ」


 自身の信じる神の為に、聖女は立ち上がる、と言ったところか。とりあえず、周りの状況を見てから寝言はほざいた方がいいぞーとは思う。

 勿論、一番近くに居た俺は早々に距離を取っていた。あからさま過ぎるかとは思ったが、化け物より裏切り者の方が許し難かったらしい。そちらに気を取られていたので、簡単に蚊帳の外に脱出成功。


 だが、まあ、それはつまり。腕を組んでにやにやとこちらを見る悪魔を見返す。蚊に刺される可能性が高くなったということでもあるが。


「あれ、放っておいていいのか?」


 神経が大分繋がってきたのか、見てわかる程に動きの良くなった聖女を、視線だけで示す。餓鬼の様子を見ればまだまだ余裕はあるが、本調子ではない今の内に潰さないと面倒ではあるだろう。


「いいんじゃないぃい?だって僕、あれに対して何か言われた訳じゃないしぃ」

「へぇ?主人がどうなってもいいのか」

「主人じゃなくて契約者だってばぁ。わかってて言うの止めてくれるぅう?」


 俺がこいつにされてきたことを返して何が悪い。少しでも嫌がらせになるなら止めない。

 とりあえず、こいつに俺を殺す気はあるのだろうか。機会があるならそうすることに何の躊躇いもないだろうが、今、この場で、だ。


 ぶっちゃけ、来るかどうかもわからなかった、というより、来る理由がなかったあの時点では、決着をつけた方が早いし確実だった筈だ。

 ホワイトが来たから逃げた?いや、あれ程度なら新月の影響を受けない人間とはいえ、寧ろ居た方が足手纏いであると判断する。悪魔に余裕がなかった訳でもない。


 そもそも、俺がここに来たのは全くの偶然だ。時間が微妙だった為、一応小人を回収しようとアカデミーに行った。

 そして、何か緊急事態らしきものが起こったことでソシ・レが居ないと聞いて、もしかしてアカデミー関係者の事件かと思ったからで……待てよ。

 一連の手口が断罪者のもので、しかもこいつはその内の一人と関係しているということは、ある程度予測できるのか。


 冒険者ギルドで騒ぎを起こしたことで、俺がこの街に居ることを知られていてもそう不思議ではないし……ああ、でも、マシュー達の話では、餓鬼はその後に来たのか。

 ならその前から悪魔はサフィルスに居て、街に入った餓鬼と契約した、とか。もしくは、あの、何だっけ?カルロとかいう断罪者と同じく、実は餓鬼も元々この街周辺に居たとか。

 ……何か時系列がわからなくなって来たぞ。そもそも、これはあくまでも俺の想像であって、事実とは限らないので、いくら纏めようとしても無駄か。


 深く息を吐く。考えても無駄な時は、身体を動かそう。好転するかはともかく、事態は変わる。

 聖女は餓鬼と取り込み中だ。そのまま潰し合っていてくれ。俺は、こっちを殺す。


 戯れ言しか紡がない喉なら、潰してしまおう。くだらないことしか考えない頭なら、砕いてしまおう。

 悪意しか持たない命に、俺は意味も価値も見出ださない。




 そのにやけ面を歪ませてやるよ、悪魔。






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