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七千七百七十七番目の悪魔は、にこりと笑う。
気色悪い。作られたものと言うこと以上に、俺はこいつが嫌いなのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。こいつ一人で悪魔全体が嫌いになるレベルで、である。
毎度毎度、嫌がらせになるとわかっているとしか思えないタイミングで来るところが特にむかつく。
いつだったか、ジニーにくっついていちゃいちゃしていた時に出てきたのには、思わず"夜殺し"をぶっ放していた。それをあっさり躱したのもやはりむかつく。
「お前、コンピューター弄れんの」
記憶の中の悪魔の行動にぎりぎりしつつ、疑問を投げ掛ける。
他の夜族と違って、悪魔という種族はただ狩ればいいというものではない。必然的に、人間との関わりも多くなるが、三千年以上前の知識だぞ。わかるのか?
俺の言葉に、笑いながら肩を竦めてみせる悪魔。ああ、あの角折りたい。
「少しはねぇ。もっとも、プリントする方法はわからなかったけどぉ」
「情報はお前の頭の中ってことか」
「そういうことぉ」
色々思うところはあるが、今度は餓鬼に視線を向ける。こちらも何が楽しいのかはしらないが、変わらぬ笑顔だ。
「断罪者はいつから悪魔崇拝集団になったんだ?」
「夜族は神が命を与えたものではないのだから、生き物なんかじゃないだろう?」
僕は物を使っているだけさ。
にこにこにこ。あー、本当に新しいパターンである。最近の若者って皆こんなもん?
一応、大陸教では、夜族は神の敵、人類の敵と説いている。なので夜族に対しては何をしてもいい、という認識なのかもしれないが、虐殺と利用は別問題なのでは、と思う。
そもそも、この餓鬼にこの悪魔を使いこなせるとは思えないのだが。何を考えて奴に手を出し……。
いや、違う。俺が気にしなくてはいけないのは餓鬼のことではなく、何を考えて悪魔が手を貸しているか、だ。
単なる食事としての契約にしては、契約相手も場所も面倒が多い。悪趣味だから、スリルを味わいたいというのもありそうだが、何だかもやもやする。
悪魔が、契約もなしに手を貸すとは思わない。それは一体どんな契約だ。断罪者が与えられるものの中で、悪魔の興味を惹きそうなものとは。
「お前はお馬鹿さんなんだから、考えたってわからないだろぉお?無駄なことは止めたらぁあ?」
お馬鹿さんとか言うな気色悪い。俺をそう呼んでいいのはジニーだけ、と言いたいところだが、割りと年上の女性には言われている気がする。男?許したことある訳ねぇだろ。
第一無駄とは何だ。俺は戦闘力のある頭脳派だぞ。ジニーにも「ショーはたくさん考えてもいいのよ。どんなに間違っていても、力尽くでどうにかできるのがショーのいいところだもの」と言われて……あれ?力尽くの前は間違っているということになるんじゃ……えっ、ジニー?
……まあ、それは置いておくとして。情報は引き出したい。悪魔と断罪者なら、後者の方がボロを出しやすいとは思うが、あの餓鬼のキャラがいまいち掴めていない部分はある。
俺は悪魔に視線を向けた。右手は"夜殺し"を持っているが、体勢は勿論、腰に手を当て顎を上げる、いつものポーズである。
「ジニーが手に入らないからって、あんな餓鬼で満足できるとか。見た目といい中身といい、随分と安い奴だな。この尻軽悪魔」
悪魔の笑みが深まった。
「主人はジニーだけと言いながら、たかだか五百年程度で男をとっかえひっかえしている節操なし半吸血鬼には言われたくないなぁあ?」
"夜殺し"を握る手に力が籠る。
俺と悪魔の、汚ならしい紅が絡む。極めて遺憾だが、そこに浮かぶのは同じ色だ。
「餌にそんな言葉使うとか引くわ。それとも何か、テメェそういう趣味だったのか?気色悪いから死んでいいぞ」
「でも実際食べてるんでしょぉお?でも、さっき見たのは赤毛だったのに、もう新しいのに代わってるしぃ。しかもまた男ぉお?」
「喰ってる人数は女の方が多いわ!つか、喰おうとしてんのはテメェも同じだろうが!そこの餓鬼男だろ!」
明らかに誤解されるような言い方をしてくる悪魔に、血管が切れそうである。悪魔のペースに乗せられているのには気付いているが、人間、いや夜族にも、言わなくてはならない時はあるのだ。
つか、本当にこいつ他人のこと言えねぇだろう。五百年も経っていて、餌の一人や二人喰ってねぇとは言わせねぇぞ。
「でも愛しているのはジニーだけだしぃ」
「嘘吐け!」
反射的に怒鳴ってから気付く。
嫌らしい笑みは成りを潜め、けれど悪魔は笑っていた。
まるで、愛しい女を手に入れる事のできる、世界で一番幸せな男のように。
「僕が愛しているのは、彼女だけだ」
そして、これからもずっと、バージニアだけを愛し続ける。
その言葉に、背筋が凍り付いた。
悪魔は、決して嘘を吐けない。
それは悪魔という種族が世界と交わしたとされる契約。契約の生き物たる悪魔が、決して違えることのできない約定だ。
騙ることも、ましてや偽ることもできない。悪魔の本気の愛の言葉。
認めよう。その唇から紡がれた愛の言葉は、例えどれだけ俺が喉を枯らして叫んだとしても足元に及ばないくらい、唯一絶対のもので、何よりも美しいと。
だが、それ以上に。
「お前……一体、何を」
寒気が、止まらない。
悪魔が彼女を愛しているのは間違いないだろう。それは、いい。いや、正直それもむかつくが、そこは問題ではない。
悪魔は嘘を吐けない。なら、未来のことを言うのは?
愛しいと思う気持ちなんて、自分で制御できるものじゃない。愛はなくなってしまうこともあるし、どれだけ自らを律し続けても他を愛してしまうかもしれない。
だが、悪魔は言った。ジニーだけを愛し続けると。
自らの存在を懸けて、世界に誓ったのだ。
愛なんてあやふやなものを。
自分を決して愛することのない、しかも五百年も前に死んだ女に。
自分にしか誓うことのできない俺の言葉とは、重みが違う。その意味が違う。
それ程までにジニーを愛している?夢見がちな娘なら、目を潤ませてときめくような話だと?
そんなこと、絶対にある訳ない。この悪魔は、そんな綺麗なものではない。
震え出しそうな程に嫌な感覚。気持ち悪い。気持ち悪い。
「何をする気だクソ悪魔……!」
悪魔は笑った。
「ジニーを、甦らせるんだよぉお?」
ああ、なんて、気持ち悪い。
自分の中で明らかな誤記を見付けてしまった為、修正しました。(9/11)
修正前をご覧の方、すみません……。




