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背中側から、靴音が聞こえた。
ソシ・レの視線を追って振り返ると、金髪の若い男――というか餓鬼が扉から出てきた。
つか、扉があったのか、ここ。考えてみれば当然である。あんな昇降装置だけしか移動手段がない部屋なんて、構造上に問題があるとしか思えない。
「あれ?これってどういう状況?」
「その声」
入口で聞いた声だ。修道服を着ていないが、断罪者であろう。
そういえば、マシューに聞いた話だと巡回修道士達は三人だったか。聖女に、黒髪の男があのカルロとかいう奴だとして、もう一人は金髪の餓鬼。こいつか。
「わっ、これ聖女様の腕?」
やっぱり夜族って酷いなぁ。普通、驚くなり怖がるなりするものだが、餓鬼は笑いながら腕を拾い上げた。
そこには俺への憎しみはない。その事に眉を寄せる。断罪者の癖に、夜族の悪行を見てキレないとは。
一般人の真似をするのが得意な奴も居るが、今、この場でその必要はない。なら、本気なのか?断罪者とは社会不適合者とイコールで結べると思っているが、このタイプは何気に初めてかもしれない。
「ルイ……腕を……」
「はい、聖女様」
「やらせるかよ!」
腕を持って聖女に近付く餓鬼に"夜殺し"を撃つ。
聖女を治されたら厄介だ。数の上では二対二かもしれないが、手負いのソシ・レを戦わせる訳にはいかない。
接近戦を聖女に任せて、精霊術で援護。その場合、距離を取っても"夜殺し"を使える俺の優位性は薄れる。
餓鬼の指が動いた。炎の球が餓鬼と弾の間に現れ、小さく爆ぜる。
無効化されたのは正直痛いが、俺は撃ってすぐに動き出している。餓鬼に一発ぶちかますのも容易ではある。しかし、それは聖女の腕が戻るのを防ぐことにはなり得ない。
今度は倒れている聖女を撃つ。しかし、どうせこちらも防がれてしまうのだろう。初めから聖女を狙えば良かったか。自分の失態に舌打ちをする。
案の定炎が現れ、聖女の腕、を?
燃やした?
防がれなかった弾はそのまま聖女に直撃し、血に濡れる華奢な身体を跳ねさせた。状況はわからない。けれど脚は止めずに突っ込む。
ナイフと餓鬼の短剣が擦れ会う。耳障りな音は、奴が後ろに飛んだことですぐに終わった。
接近戦では俺の方が有利だからか?しかし、その判断は宜しくないものだろう。普通なら。
「聖女様置き去りにしてやんなよ。床を這い続けることになって、可哀想に」
「あはははっ、手も足も使えなくしたのは君だろ?」
「それに否定はしないが、左腕に致命的な損傷を与えたのは俺じゃなくてお前だろう。何だそれ。人間松明?」
蛋白質の焼ける、鼻の奥にこびりつくような重みのある臭い。例えるなら蝋燭をもう少しきつくしたような……って、原料で見ればそこまで変わらないか。
蛋白質の焼ける臭いは髪に付くので好きではない。いやまあ、自分でも肉は焼くし食えるが、食肉だと思っているが。
食おうと思えないものとは、つまり、自分が理解できないものだ。そうすると途端に嫌悪感が湧いてくるのが、生物の道理である。
餓鬼は、初めて気付いたように、燃えている腕に驚いて見せた。わあ、と楽しそうな表情とは裏腹な声。投げ捨てられた腕が、転がっていく。
さて、意味がわからない。状況も掴めない。普通に考えれば、敵が二人に増えて絶体絶命うぎゃー!といった状況の筈なのだが、どうもそう簡単にはいかないようである。
「ルイ……!?」
「ごめんなさい、聖女様。化け物の攻撃を防ごうとして失敗してしまいました」
いや、いけしゃあしゃあと何言ってんのこいつ?しかも本人はちょー笑顔である。悪いの俺じゃなくね?
流石に不信感を覚えているのか、眉を寄せる聖女。その唇は、笑みというには少し引き攣っている。
何これ仲間割れ?それなら是非やってくれていてもいいが、結託して襲われても困るので、目は離せない。正直面倒臭い。帰りたい。
個人的には目標を達成しているので、帰ってもいいんだけどなー。断罪者共が素直に帰してくれるとは思えないし、ソシ・レは絶対この状況を放置しないだろう。
それでも無理に担いで行ったら、絶対怒る。別に怒られても本気で嫌われても……まあ、いい、が?
いや、うん。ええと、その、何だ。あれ?何だっけ?あー、そうだ。確か。担いでくって話だ。
帰るまでに邪魔されて逃げられるだろう、きっと。ぼろぼろの癖に。絶対に殺されるとわかっていても。
なら、放っておく訳にもいかないじゃないか。いや、何故かと言われても困るが。
……とにかく!放っておく訳にはいかないのだ。どうしてもやばいなら脚をもいででも連れて行くが、それまでなら俺が居た方がいい筈だろう。
そうやって自分に言い訳をしていると、餓鬼が俺の"夜殺し"を見ながら言う。
「銃、っていうんだっけ。その武器。それに紅い目。君が『血塗れの薔薇』?」
「さぁてな。そういうお前こそ、らしくない行動が多いが、断罪者じゃねぇの?」
「僕は断罪者ルイ。あの悪名高い『血塗れの薔薇』に会えるとは光栄だな」
「思ってもいない癖に」
思わず呟いた言葉に、返ってきたのは笑みだった。……見た目は俺と同じくらいかそれより下の餓鬼なのに、嫌な笑い方だ。
いや、年相応の笑顔ではあるのだ。何の衒いもないそれは、普通の人間にとって十分好感を抱くだろう。しかし、この場に相応しいとは言えない、空気を読まない笑顔。
何か覚えはあるんだよな。何だろう。
「お前達の目的は何だ?」
「わかっている癖に」
今度は餓鬼が、にこにこと笑いながら言った。
古代図書館、アナウンスの言葉を借りるならシェルターか。そこにある前時代の知識を手に入れる為。まあ、こんな所まで観光に来ました、なんて言ったら、そちらの方に驚きである。
目的はわかる。だが。
「どうやって手に入れるつもりだ?」
狙うものが前時代の遺物なら、それを仕舞い込んでいるものも前時代の遺物だぞ。
この時代のように、全部が全部、紙やら皮やらといった実体を持つ物質とは限らない。情報を引き出す為には、それなりの手順が必要になるだろう。
ここまで来れる人間も限られているのに、そんなものを断罪者共が知っているのか?知り合いの引きこもり共ならわかるだろうが、それは、引きこもり筆頭菜食吸血鬼が前時代から生きて居るからで――。
ぶうん、と。
虫の羽音のような音を立てて、昇降装置が動いた。
「彼が手伝ってくれるのさ」
開いた扉から出てきたのは、一人の男。
切れ長の目に高い鼻。無駄な肉のない細身の肉体を覆う肌は、東国の人間のように黄みがかっている。
黒髪に赤目。色合いだけなら半吸血鬼と思えるその男は、決して同族ではない。
「ふふふ、さっきぶりだねぇえ?」
何でここに居やがる。クソ悪魔。




