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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
聖女
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 今回は痛い描写が多いかもしれませんので、苦手な方はご注意ください。


 思いっきり、遊んでやろう。

 そう思った俺の目には、綺麗な金色が見えた。

 ソシ・レ。


 息を吐く。血が上った頭を冷やす。

 聖女で遊ぶのはこれからでもできる。今は何を優先すべきか、だ。

 小人を迎えに来て、断罪者とやり合ったのも、こんな奥まで来たのも、聖女と馬鹿みたいな殴り合いをしたのも何の為だ?


 認めよう。ソシ・レを助ける為だ。ソシ・レが……誰かに殺されるなんて許せなかったからだ。

 こんなことを考えていると知られたら、またソシ・レに怒られそうだが、耳長がどう思おうと知ったことか。

 俺が、嫌なのだ。自分の大切なものを奪われていくのは。


 俺の中で、ソシ・レは子供だ。エルフの、綺麗で真っ直ぐな男の子。名前を大切にし、拙いながらも俺の名前を呼ぶ男の子。

 子供が幸せになれない世界に、未来等ない。大人になれなかった俺は、子供であり続けることもできなかったけれど。


 聖女の左肩に、ナイフを埋めた。抜けばすぐに治ってしまうようなものでも、多少は役に立つ。

 肩の筋肉を骨から削ぐように刃を滑らせる。間接周りの骨は形が丸い為、それに引っ掛かる度、刃が骨と擦れる音がした。

 軟骨にナイフを差し入れる。切り込みを入れた肉が修復される前に左腕を持ち、背中に乗せた足に力を入れた。


 ごぎ。肩の間接が外れる音。ぶちぶちぶち。千切れる筋繊維の断末魔。顔に跳ねる鮮血は、後で拭えばいい。

 流石に多少の痛みはあるのか、聖女の口から苦悶の呻きが漏れる。反り返りそうな背中を、靴底で言葉通り押さえ付け、俺は腕を引く力を強めた。


 引っこ抜いた腕を遠くに投げ捨てれば、紅を撒き散らしながら床に落ちた。掃除が大変だろうな、なんて汚した本人が言うべき台詞ではないことを考えながら、ナイフを拾い上げる。

 脚の腱を切って丸めさせると、適当に裂いた修道服の布を、傷口に噛ませる。肉と肉の間に異物を挟み込ませれば、修復が上手くいかなくなるのだ。


 異物を巻き込んだまま修復をすると、行動が制限される上に、摘出の為にもう一度切らなくてはいけない。このような場合においては、異常な回復力が裏目に出るのだ。

 夜族相手の拷問方法みたいになったが、聖女の死に汚さは似たようなものだ。気にしない。


 手荒ではあるが、手っ取り早く聖女を無力化し、ソシ・レの元に向かう。

 近付くことで強くなる血のにおいに、歓喜の声を上げる吸血鬼の性。ともすれば吊り上がりそうになる唇を引き結ぶ。

 傍らに膝を着く。呼吸を確かめようと口に手を持っていこうとしたところで。


 翠玉を見た。


「……醜い、顔だ……」

「……生きてるし……」


 しかもこの状態でも毒を忘れないとは。何このポイズンエルフ。

 何やってんだよ、馬鹿。心配したんだぞ。お前、怪我は大丈夫なのか。言いたいことも聞きたいこともたくさんある。たくさんあるが、でも。


「良かった……」


 良かった、本当に。生きている、ソシ・レが。

 俺は安堵の溜め息を吐いた。しかし、すぐにはっとする。


「死ぬのか!?」

「死なん」


 妙に力強い声だった。強がりかもしれないが、その声に安心したのも、また事実だ。

 ソシ・レとは、相手の気持ちを慮って適当なことを言う耳長ではない。言い切ったのだから、少なくとも本人は死ぬと思っていないのだろう。なら、いい。


 いつもよりは多少汚れている金髪に、額を埋める。頭皮から汗の臭いに、意外な気持ちになった。

 こいつにも代謝とかあったのか。当たり前ではある。生きているのだから。

 生きているのだから。


「……心配を掛けた」


 ぱちり、瞬きをする。

 何を言われたのか理解できなかった。思わずソシ・レの顔を見返すと、珍しく視線が合わない。伏せられた目を、長い睫毛が隠す。

 何これデレ期?どこぞの女学生ではないが、こいつのツンっぷりは思わず女王様と言いたくなってしまうようなものなのに、一体何があった。もしかして、さっき投げ捨てられた時に頭でも打ったのか。


 いつもより白い頬を、両の掌で包む。顔の間は拳一つ分くらいなのに、この距離でも視線を合わそうとしない。自分でもわかっているのか。らしくないと。

 からかってやろうか、と思った。こんな機会はもうないかもしれないし。俺は口を開く。


「俺が、したかったことだ」


 ……いや、まあ、ソシ・レが素直になるなんて、こんな機会はもうないかもしれないし。

 たまには、俺も素直になった方がいいのかな、と。

 思ったのだ、が。


 顔が熱い。異常に恥ずかしいのは何故だ。女の子相手なら、もっと歯の浮くような台詞も言いまくっているじゃないか。あれはキャラ作りだからか。こっちは素だからか。素、っておまっ、俺っ。

 頭の中でぐるぐる回る言葉を振り払うように、ごん、と額をぶつける。勢いがつきすぎたのか、ソシ・レの唇から呻きが漏れた。


「……貴様……」

「そういや傷!治す!」


 慌てて話を摩り替えようとしたところ、冷たい視線と共に、自分で治せる、という返事が返ってきた。何言ってんだこいつ。

 治癒術は術者に対象者にも負担が掛かる。自分に使おうとすれば単純に倍だ。

 使えると言うからには、それほど致命的な傷ではないのかもしれない。だからといって、他に治せる奴が居るのに、わざわざ疲れることしてどうするよ。少なくとも補助程度にはなる。


 視線も言葉も無視してローブを捲ろうとすれば、腕を掴まれる。まさか、本当は手もつけられないくらいやばい傷なのか、と背筋に冷たいものが流れた。しかし、俺の手首を握る強さは、いつもより少し弱い程度には強い。

 どちらにせよ、その程度では俺にとって何の障害にもならない為、手首を掴ませたままローブを捲る。


 下に着ているシャツが、真っ赤に染まっていた。一瞬跳ねた心臓を無視し、ボタンを外す。手首に掛かる力が強くなった。

 血で傷口が見辛いが、場所的にはわりといい気がする。内臓が傷付いていた場合は厄介だが、消化器に穴が空いた時の微妙な臭いはしない。


「止めろ……っ!」


 傷口に顔を近付けたところで、今度は頭を掴まれる。禿げるから髪は止めろ。抗議の意味を込めて目だけを動かせば、こちらを睨み付ける翠と目が合う。

 何だかわからないが、強情な奴だ。少し苛っとしたが、さっさと済ますことにする。舌先が触れた瞬間、ぴくりと掴んでくる指が動いた。


 目眩がしそうなくらい、甘い。

 気を抜いたら牙を突き立ててしまいそうである。しかし、それでは本末転倒だ。自身の腿に爪を立てて、痛みに逃げる。


 既に流れ出ている血は舐めとり、吸い、代わりに生気を含ませた唾液を注ぐように舌を尖らす。薄い腹に押し当てている形の鼻からは、鼓動に合わせて脈打ち内臓が動きが伝わった。


「……はっ……う、く……」


 ぐちゅ、ちゅう、ぴちゃ、とくとく。濡れた音と鼓動。引き剥がそうと掴まれた頭は、自身の腹に押し付ける形になっていることに気付いているのだろうか。

 俺としてはやり易くなったのでいいが。温かい肉に顔が埋まり、血の匂いがより強くなった気がした。……訂正、少し理性が飛びそうなのでちょっと緩めてほしい。


 血の匂いに当てられて、俺の鼓動も速くなっている。耳の奥で、脈動がどくどくと煩い。

 多分、酒を飲んだ時のように耳まで赤くなってそうだなー……腿に当てた指に力を込めて、ぐりぐりと抉る。痛い。だからまだ大丈夫。多分。牙刺したらごめん。


 中の方はもう良さそうなので、後は塞ぐか。最後に漏れ出る血を吸い、皮膚と薄い脂肪でできた壁の穴、その内側を舐める。

 上側はそうでもないが、下側が舐めづらい……仕方ないので、舌の裏側、血管とかが浮いている方で唾液を塗り込める。

 ざらざらしている方よりは痛くないかもしれないが、やはり舐めづらい。唇と舌が擦れた拍子に、ぴちゃりと音がした。


 とりあえず腹の穴がもち肌で覆われたのを見て、息を吐く。それが不快だったのか、指がまたぴくりと動いた。だから俺の頭皮を労ってくれ。

 意趣返しではないが、腹の周りで固まっている血にも舌を這わす。やっぱこれは不味くなるよなー。それでも某赤毛より余程美味いけ、どっ!

 思いっきり……舌、噛んだ……!


「いい加減に、しろっ……!」


 手が離されたと思えば、頭の上から拳を落とされたからだ。おまっ、状況を考えろよ!文句を言いたいが、痛くて舌を動かせない。涙目で睨む。

 見上げた先のソシ・レは、顔を上気させて明後日の方向を見ていた。血の気が戻ってきたのは良かったが、他人を殴っておいて視線も合わせないたぁ、どういう了見だゴルァ!まだ俺の口は開けない。


「さっさと降りろ」


 腹に顔をやる際に、脚を跨いだのだが、今は座っている状態だ。このまま動きを封じてやろうかと思ったが、蹴り落とされそうな気がするので降りる。

 俺が乱した服を整えつつ、耳長はぼそりと呟いた。


「……だからこいつは嫌なんだ……」




 治ったんだからいいだろ。何が不満なんだお前。






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