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「私の行動は神の御意志。それを妨げるおつもりですか?化け物とは本当に救えませんね」
その女は、白い。
銀に近い金髪も、同じ色の目も、肌理細かな肌も。
まるで、北の大地に住む霜雪族のように真っ白な女。通常であれば黒い筈の修道服でさえ、この女が纏う物は白いのだ。
もっとも。思考の端で浮かぶ言葉。――穢れ一つない、とはいかないようだが。
俺の視線に気付いた女は、下がり気味の眉を寄せる。本来なら不快を表すだろう表情を、唇に浮かぶ笑みが裏切る。
しかし、その口端を上げた表情こそ、この女――というより、この女達の真顔なのだ。健やかなる時も、病める時も、敵を縊る時も、自身が死ぬ瞬間でさえ。
自身が自身である限り、決して変わることのない聖女の笑み。
「ああ……化け物の血で穢れてしまいました。私もまだまだ修練が足りませんね。神よ、お許しください」
立てた親指を、口元持っていく。慣れた痛みと共に現れた感触。手を組み、瞑目する女に向けて手を伸ばした。
「また一匹。この世から化け物を消し去って御覧に入れます」
そこの耳長と同じように。夢見るように呟く女に、送る言葉は唯一つだ。
俺の世界にてめぇは要らねぇんだよ。クソ女。
聖女とは、大陸教の女聖職者の中で優れた功績を残した者を指す。
一般的には、その知識や能力で奇跡と呼ぶに相応しい事象を起こした者や、長年教会に使えた人徳のある者が聖女と認定されるのだ。
その為、優しくて高潔な人物のような、人々の聖女像も概ね間違っていない。ただ、断罪者の中に居る聖女だけは別である。
そもそも連中は表舞台に出す訳にはいかないのだ。夜族と亜人は存在だけで、大陸教信者であってもその必要があると判断すれば容赦なく殺す連中を教会が容認すれば、どうなるかなんて子供にもわかる。
ちなみに俺にとっての聖女が、にこにこ笑いながら首や心臓を物理的な意味で狙ってくる方であるのは言うまでもない。言ってしまったが。
断罪者としての聖女を一言で表すなら、俺は人形という言葉を選ぶ。
断罪者は身寄りのない子供等が多いが、聖女は産まれる前から管理されているのだ。
教会が言うところの純粋な人間、要は混血でない人間の血統と血統を掛け合わせて産ませる。血統の選別方法は、混血に現れる可能性がある種族特有の、赤目や角、鱗や長い耳等の性質が、遡れる限り一度も現れて居ないこと、らしい。
とはいえ、ただ発現して居ないだけで、本人も知らないくらい昔に血が混ざった者も居るだろう。
逆に、全く純粋な人間であっても、何らかの偶然で、そのような性質を持って産まれる者も居る。本当に混血なのかを知ることができるのは、同族の夜族だけだ。
それでさえ、他の夜族の血はわからない以上、混血の有無を調べるには、夜族の全種族を集めて確認させるしかない。
更に付け足すならば、そうして確認できたとしても、夜族の混血かどうかしか判別できないのだ。さて、世の中に亜人は何種類居るのやら。
そもそも人間以外は全て化け物と言って憚らない連中である。夜族の手を借りる訳がない。
では、どうやって判断するのか。最も単純で、簡単で、確実な方法……混血と思われる性質が現れた子供を殺すことだ。
勿論、その血統も同じである。とはいえ、際限なく殺していてはすぐに断絶してしまうので、何親等かより離れていると助かるらしいが……まあ、両親に逃げ場はない。
そうやって選別してきた血統の中から産まれた子供だけが、聖女となる資格を持つのだ。
そんなことばかりしているから、遺伝子のストックが切れて似たような餓鬼ばかりが産まれるようになるのだ。その結果が白い子供なのだが……見た目は霜雪族なのはいいのか。
まあ、一応霜雪族との判別方法があるからなのだが。凄いぜ?氷水に浸けて一度殺すんだとよ。霜雪族は寒さに強く、寧ろ寒い程元気になる為、死んだら霜雪族ではないということになる。
そして、死んだ赤子を蘇生させるのだ。そのまま死ぬような弱者は必要ない。蘇ったものだけが、断罪者として、その中で優れた者が聖女となる。
聖女とは、そうして造られた"注文人形"だ。或いは神の奴隷。
物心付く前からカミサマとか言う奴への信仰心を植え付けられ、無駄な感情は薬物で摘まれ、体内に埋め込まれた宝珠が戦う為の力を与えられる。
そうして、戦場に血の花を咲かせるのだ。殆どは夜族、そして時には自身の花を。
「そこに転がる耳長よりはやるようですね」
「お前が耳長と呼ぶな!」
あれを耳長と呼んでいいのは俺だけなんだよ!銀のスティレットをナイフで弾きつつ、歯軋りをする。
俺の"夜殺し"を躱した聖女は、腰に差した銀剣を抜き、飛び掛かってきた。
細身の刺突剣とはいえ、これだけの鋭さで突かれては弾くのも容易ではない。
俺よりも更に小さな聖女は、見た目は儚げな娘ではある。しかし、速さ、力強さ共に、人間離れしているのだ。
体内に埋め込んだ宝珠に活性化させられた肉体は、夜族にも劣らない筋力を手に入れる。しかし、過ぎた力はその負荷に耐えきれず肉体を崩壊させるのが普通だ。
それを補うのが治癒術である。常時発動するそれは、自壊する細胞を修復し続けるのだ。しかし、治癒術に対しても宝珠の影響があるとはいえ、治癒術は術者にとっても負担が大きい。
自壊と治癒術、もしくは遺伝的なものか。どれが原因かはわからないが、聖女の寿命は短いそうだ。これは、昔ある意味一番ぶっ壊れていた聖女から聞いたので間違いない。
聖女の腹に拳を叩き込む。唇からは赤黒い血液を漏らし、けれども確かな足取りで俺から距離を取った。
本気でいった。人間の柔らかい肉なら、その奥の内臓もぐちゃぐちゃに潰せた筈だ。だが実際は、女は死ぬどころか、修道服の裾を直す余裕さえある。
「化け物と渡り合える奴が人間気取ってんじゃねぇよ」
「神のご加護は、人間にのみ与えられるのです」
だから、お前達のは完全に人間の所業だ。
……そうだ、人間のしたことなのだ。人間が、人間に対して行ったことで、化け物の力を持った人間ができる。
短き命の中で、人間は色々なものを造り出す。それは力に劣る人間が夜族を遥かに凌駕する、素晴らしい能力だ。誇っていい。
だが。元人間であった俺は思う。
人間は、理性と言うものがあったのではないか。
してはいけないことをしたくはなっても、越えてはいけない一線だけは守りきる、その臆病さこそ、人間を人間たらしめるのではないのか。
聖女は、可哀想な生き物なのだろう。産まれる前から運命を決められ、殺され、生きようと足掻けば殺すことを強要される。
胸の奥につかえる物を吐き出すように、俺は深く息を吐いた。
決めた。
だが殺す。可哀想?そんなこと、俺の知ったことか。




