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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
アカデミー
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73


 暗闇は一瞬だった。

 ほぼ反射的に背中を壁に着けていた俺は、少々間抜けかもしれない。抜いたナイフはそのままに、周囲の様子を確認する。

 不審なものは見当たらない。誰かが、俺に対して何かを仕掛けた訳ではないらしい。そうすると、だ。天井を見上げる。


 先程まで、白く煌々としていた光源は、すっかりその役目を果たさなくなっている。なら、何故周りが見えるのかと言えば、大きな光源とは別に、ぽつぽつと点在する小さな光源が、通路を青く照らしているからだ。

 俺の目には優しい光も、人間からしてみれば月明かりみたいなものだろう。つまり気を付けていれば歩くのに支障はないが、ものを判別するのには苦労する程度。


 さて、何があったのか。それまで最大……ではないかもしれないが、十分過ぎる明るさで照らしていたものが、急に、より動力を温存するような状態になったのだ。これで何もなかったら、設計者のセンスを疑う。

 一応警戒しながら壁から背を離した俺に、けたたましい音が降ってきた。遅れて、無機質な声。


『緊急事態発生。緊急事態発生。メインコンピュータールームニテ異常ガ確認サレマシタ。シェルター内ノ民間人ハ、速ヤカニ付近ノ緊急時避難区画ニ移動シテクダサイ。シェルター内ノ民間人ハ――』


 一切感情が含まれていないそれは事務的なのに、鳴り響く警戒音を背景にすると、妙に不安を煽られる。とはいえ、悲鳴混じりの声で避難勧告等されたら、パニックが起きることは必至だ。

 そう考えると、この恐らく非常灯である光が青いのも、その辺りを考えた結果だろうか。平常時には寒々しい色も、ともすれば冷静さを失いがちになる状況では、寧ろ精神の安定を生む。色彩が精神に与える影響は、意外と馬鹿にならない。


 まあ、それはともかく。メインコンピュータールーム。メインでコンピューターでルームとは、成る程、分かりやすい。

 しかし俺にとっては、異常の方が興味を惹かれるな。偶然は意外とよく起きることは知っているが、この状況で断罪者が関わっていない、と結論付ける方が難しいだろう。


 よし、進もう。大事なものは一番奥にあると相場が決まっているのだ。

 とりあえず、周りの様子が変わるまでは大丈夫と信じて、俺は走り出した。




 様子が変われば途中で扉を開け、分岐路に迷ったりしながらも、通路とは違う、開けた場所に出ることができた。


 吹き抜けになった空間の中央には、透明な円柱状の筒があり、床を突き抜けているように見える。硝子のようにも見えるが、気泡も入っていないし、この大きさでこの薄さでは自重で割れるだろう。

 試しに軽く指で弾いてみたら、石よりは軽いし、硝子程澄んではいない……ええと、何か安っぽい音がする。だが硝子よりは硬そうだ。


 手摺を飛び越え、一気に下階に下りる。身長の十数倍はあるだろう高さに少々足は痺れたが、それもすぐに治った。

 どちらかといえば床の方がやばいのか?足を上げて見たところ、そこには傷一つない床が……いや、本当に何の素材だよ、これ。


 透明な筒は、一部だけ枠のような物に囲われている。近付いてみると、これまでの扉のように、枠の中の物質が開き……え?質量どこに消えた?

 手を突っ込んで裏側を触ってみたが、重なっている様子はない。わかんねぇ。前時代の技術わかんねぇ……!


 下、行けるよな。何があるかはわからないが、奥に進めそうであれば行ってみよう。

 その前に落下しなくてはいけないのだが、直径からすると手足を伸ばしてもぎりぎり、か 届かなかったら翼を広げればいいか……いやまあ、それには少々手狭ではあるが。頑張ればいける筈。多分。


 大きく息を吐いて、呼吸を整える。覚悟を決めて足を踏み出すと……。


「何これ気持ち悪い……」


 どう見ても何もないのに、足裏にはしっかりと踏みしめた感触がある。下を見れば、距離がわからないくらい遠くに底があるように見える分、視覚と触覚の認識の差が激しい。

 作られた錯覚に俺は不快感を覚えたが、高所恐怖症だったら気を失いそうだな。


 足場があったことで肩透かしを食らったが、一体この後はどうすればいいのだろう。わざわざ筒の中に入れる仕組みを作っておきながら、何もないとかは勘弁してほしい。俺は先程より深く溜め息を吐いた。


 と、しゅんと小さな音を立てて入口が塞がれた。思わず手を伸ばしたが、掌に伝わるのは、体温より冷たく固い感触だけだ。

 閉じ込められた、のか?


「……わ、わ」


 本気を出せば壊せるだろうか、と拳を握ったところで、俺は落ちた。先程まで居た部屋の天井が、みるみるうちに遠ざかる。

 落ちたと言っても、足場がなくなった訳ではない。多少手応え、というか足応え?は軽くなったが、今も足裏に踏みしめている感覚はある。もしかして、これは昇降装置なのか?


 血が上るような多少の浮遊感。視界は、壁や別の部屋らしき空間を認め、それらはすぐに上がっていく。正確には、俺が下がっているだけなのだろうが。


 暫くして気付いたことがある。これは、どうやって止めればいいのだろうか。

 もう普通が何かわからなくなっている部分はあるが、魔猪は急に止まれない、という言葉からもわかるように、世の中には慣性というものがあるのだ。あと重力。


 この世界で俺が知っている昇降装置は、滑車を使った人力の物と、水圧を使った物とあとガス式?なのだが、昇降共に速度が出る物ではない。

 何が言いたいのかと言えば。これ、降りてるのか?それとも足場ごと落ちてるのか?


 今は壁しか視界に入らないのでわからないが、もし落ちているのなら今頃凄い速さになっている筈である。そんな状態で底に激突したら……まあ、足が痺れるでは済まないよな。

 浮遊感からするとそれ程速くない気もするのだが、何分こんな長い距離を落ち続けたことがないので比較しようがないのだ。

 普段であれば、周りの景色の移り変わりで速度を認識するのだろうが、前後左右壁に囲まれている状況ではそれも叶わない。高所恐怖症だけでなく、閉所恐怖症も潰せるな、これ。


 解決案は出なかったが、足に掛かる力が少しずつ増していることに気付いた。頭に手を置かれているような圧迫感。減速してるのか?


 下を向けば、丸く光が見える。大分近くなっているのだ。これは、もう本当にすぐ着、




 現れた光景に、目を瞠った。




 圧迫感が一際強くなり、扉が開いた。足が勝手に動き、部屋の中央に向かう。

 そこに居た人物は俺に気付いたらしい。掴んでいたものを無造作に投げ捨てると、こちらに向き直る。


「カルロは何をしていたのでしょうか?こう何度も何度も化け物を通されては、私は彼も粛清しなくてはなりませんわ」


 女の声音は優しい。その内容さえ気にしなければ、目を閉じて聞き入ってしまいそうな程に。

 けれど、そんなものはどうでもいい。


 金糸と見間違うばかりの美しい金髪は、無惨に千切れ。

 高潔さを表していた青のローブは、所々が黒く染まっている。


 それは、俺が決して間違えることのない、甘美な香りだ。




 何やってんの、お前。震える唇から言葉は出なかった。






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