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死を覚悟した俺に掛けられたのは、光線ではなかった。
「ショーピールブラッディローズ。……ユーザー名ヲ確認シマシタ。続イテパスワードヲドウゾ」
「え、ちょ、おま、え?」
確認できたって……どういうことだ?それ俺の名前だぞ?
状況が把握できない。いや、しかし攻撃されないのなら、マジで今のうちに一回退いた方が……。
「エチョオマエ。……確認シマシタ。コノパスワードハ三十六万四千八百日前ニ有効期限ガ切レテイマス。新シイパスワードヲ登録シテクダサイ」
「えぇえええ!?」
「エェエエエ。確認。登録完了シマシタ」
何か知らないけどパスワード変更されてる……しかも単純故に二度と入れない感じのやつに。待ってくれ、その勇者の名前みたいので登録するのは止めてくれ。
そもそも、予想外過ぎて呟いた言葉で何故認識されたのか。しかもエチョオマエって。他の奴に予想できない、という意味ではこれ以上ないパスワードかもしれないが、俺だってわからねぇよ。
いや、違う。ツッコミ続ける頭を振ることで思考を中断させる。内容云々ではなく、登録されていること自体がおかしいのだ。勿論、俺は登録なんてしていない。
俺が来るかもしれないと、ソシ・レが登録していった?しかし、以前の釣る発言からすると、あいつにはその権限はなさそうに聞こえたが。
それにこの人形は何年前と言った?三十六万?ざっと計算しても千年近く前だ。ソシ・レは勿論、俺さえ産まれていない。同姓同名の別人?何で半吸血鬼がこんな場所に来るんだよ!
「管理者ニヨリ、ショーピールブラッディローズハ第三階層マデノ権限ガ与エラレテイマス。単独デノシェルター内入域ガ可能デス。同伴者ガ居ル場合ハ、第二階層以上ノ」
人形の説明が続く中、俺の頭に管理者という言葉が引っ掛った。
管理者。管理者とは、この古代図書館の管理者だろう。前時代の知識、技術を有する、存在自体が失われた時代の一端とも言える図書館。その主。
それはつまり、この街の――、
「舐めた真似しやがって……」
管理者。千年近く前。無茶振り過ぎるパスワード。
間違いなく犯人であろう人物を思い浮かべ、俺は隠すことなく舌を打った。
あの菜食吸血鬼、次に会ったら覚えておけよ……!
今度は攻撃されることなく進めた俺の前には、先程までとは別の世界が広がっていた。
白くつるつるとした壁や床。まるで陶磁器のような滑らかさだが、金属底で無造作に歩いても傷一つ付かない時点で、知らない素材ということがわかった。
精霊灯がなくても十分に明るい通路を進むと、扉らしき物が両側に並んでいる。このどれかの中に居るのだろうか。だとすると、虱潰ししかないかもしれない。
どれも同じ形で代わり映えのない扉からは、何の物音もしない。それが誰も居ないからなのか、はたまた防音性が高いからなのか、俺には判断できないのだ。
試しに一番近い扉に近付いてみる。取っ手のない扉は、しゅんと息を漏らすような音を立てて勝手に開いた。部屋に入らずに様子を伺う。
……談話室、みたいな場所か?会議室かもしれない。大きなテーブルの周りに、座れるだろう部分が生えている。
足を踏み入れてみると、部屋の中が明るくなった。人形の居た部屋と同じ仕組みだろう。それにしても、動力源はどうなっているのだろう。
この世界において、明かりは殆ど蝋燭だ。大きな町が近いと油式ランプも手に入るし、金持ちは宝珠を繋いだ精霊灯を使うのがトレンドとか。
近年、サフィルスでは電気の研究を始めたようだが……嵐の日に凧揚げしていたり、やたらレモンを買い込んでいたり、砂地に何かを突っ込んではしゃいでいたり、といった目撃談ばかりである。
何となく理由はわからなくもないが、思わず餓鬼の遊びか、と突っ込んでしまった俺は、間違っていないだろう。
つか、専門外のソシ・レでさえ雷撃出せるのに何をやっているのだか。……そう言えば、寝物語代わりに静電気の話をしたことがあった、か?
もしかして、奴に新しい攻撃方法を身に付けさせたのって……俺?
…………話が逸れたが!蝋燭もランプも精霊灯も、共通するのは維持するのに人の手が入らないといけないということだ。
それに比べて、これはどうだ?
いくら現在の技術より優れているとはいえ、何千年の前の物質が、何の手入れにもなしに同じ状態を維持できるとは思えない。
動力なんかもっとそうだ。蝋燭もランプの油も、それ自体は消耗品だ。
宝珠に関しては、生気を補充する方法はあるが、補充であって何もしなくていい訳ではないのだ。
なら、誰かが手を加えたのだろうか。前時代の技術なんて、わかる奴は少ないだろう。知識さえあれば、誰にでも直せるような作りなのか?
材料は?道具は?現代で同じ物を用意できるのだろうか。
首を振る。気にはなるが、わからないことを考えても仕方ない。ソシ・レを探そう。
近場の扉を手当たり次第に開けていく。
多少の違いはあれど、同じような部屋だ。この辺りの作りが全部そうなら、近くには居ないのかもしれない。
俺が侵入者なら、古代図書館の最深部を目指す。危険を冒してわざわざ侵入するのだ、その目的とは?勿論、ここにしかない技術。そして、狙うのなら最も秘されている機密。
この場合、役に立つか、理解できるかは重要ではない。技術として確立されたことがあるのなら、いつかは自分達でも使えるようになるだろう。
それに、自分達以外の別勢力から強大な力を奪えるというのも大きい。特に教会は、自分達が最も神に近いと信じて疑わない連中だ。
逆に、アカデミーの人間からしても、一番守らなくてはいけないものは最深部にある。侵入者が狙うだろう物。そうでないにしても、絶対に流出してはならない物。
確実に狙っている物がわかるなら、そちらに向かうだろうが、そうでないのなら、優先度はそちらが上だろう。
……うん。見逃す可能性も含めて、奥に進もう。ソシ・レもしくは断罪者のどちらかが奥に向かっていれば、進むことで鉢合わせする筈だ。
よし、と幾つめかの部屋から通路に出たところで、
視界が真っ黒に染まった。




