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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
アカデミー
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 後ろで氷塊が崩れる音を聞きながら、俺は本棚に手を着いた。

 ふははははは。狙い撃ちにされるとわかっていて、誰が正直に跳ぶか!バーカ!

 額は若干熱を帯びてきたが、意表を突けたことに高笑いしたい気分だ。

 だが、それにはまだ早い。俺の反撃はここからだからな。


 俺の前には本棚。足下には無事な床。ついでに、新月とは言え俺は夜族。

 多少あちこち崩れているが、まだまだ棚は規則正しく並んでいる。

 なあ、断罪者。唇を吊り上げ笑う。


「ドミノ倒しって知ってるか?」


 まあ、マイナーな娯楽だから知らないだろうが、それはどうでもいい。

 脚に、腕に力を入れる。筋肉と床に負荷が掛かりみしみしと鳴るが、これからのことを思えばそれも楽しい。

 しっかり打ち付けられている筈の棚は、あっけなく傾き、


「と、ど、めぇえええ!!」


 俺の蹴りに後押しをされ、他の棚を巻き込む勢いで倒れた。

 唸りのような音を立てて倒れていく棚。ぼとんぼとんと本が落ちていく音も物悲しいが、感傷に浸っている場合でもない。


「パセリ、行け」


 ぐ、と親指で示せば、惨状を見て何ともいえない表情をしていた小人が歌い始める。その間に、俺は次の列の棚を仕留めに掛かる。

 流石にこの状況は予想外だったのか、向こうの精霊術が来るのに間が空いた。しかし、それでも断罪者。先程までと変わりない精霊術が具現化した。だが遅い。

 止めを刺しがてらに、棚を蹴りつけてそれを躱し、また隣の棚へ。

 こう続けば向こうも俺の動きがわかるだろう。間を開けずに来た精霊術を避けるのは少々大変だったが、直に向こうの余裕はなくなる。


 小人の声が高らかに響き渡り、精霊術が発現した。


 舐るように、慰撫するように、絡み付いた炎はその勢いを増していく。

 何物にも平等に、無慈悲に残酷に、全てを浄化し灰へと返す為に。


 棚を倒しながら、無事な棚の列にしっかり燃え移ったことを確認し、小人を外套の中にしまう。熱気と轟音が充満する部屋では、こいつにはキツいだろうしな。


 部屋の半分は倒壊。もう半分は燃え始め、手を打たなければ部屋の中を埋め尽くすだろう。


「さあ」


 空気の揺らぎに煽られて揺れた髪が、上がった口端に引っ掛かる。それを指先で弾き、俺を目を細めた。


 狩りの始まりだ。


 遮蔽物がなくなり、明るくなった室内を走る。足場はいいとは言わないが、瓦礫の上を歩くのは慣れているので、氷と違って支障はない。

 棚の残骸が足下で砕ける音がする。これ、断罪者挟まってたら面白いな、と思いつつ、踏み躙られた本が歪むのを視界に納めた。


「かくれんぼより、鬼ごっこの方が好きだぜぇ?」


 特に自分が鬼の時はな。と続けようとして、おかしさに声を上げて笑った。

 鬼じゃないか、俺は。五百年前から、ずっと。

 あは、はは、ははははははっ!!……あ、やべ、笑いすぎて鼻水が。ず、と鼻を啜って気を取り直すが、下がった目尻は暫く直りそうになさそうだ。

 なら俺が捕まえようとするのは仕方ない。それがルールだからだ。そうだろう?


 また精霊術が現れたが、何ともお粗末な出来だ。氷は小さいし、風はてんで検討違いな方向に飛んで簡単に消えた。炎の精霊が暴れているせいで、他の精霊の制御が効かなくなっているのだ。

 この部屋の炎の精霊がハイになっている今、他の精霊は戦々恐々としていることだろう。無理に言うことを聞かせようとしてもやる気は出ない。


「いつまで息を潜めて隠れているつもりだ?手を伸ばす鬼をひらりと躱し、愚鈍さを嘲笑ってこその鬼事だろうが。さあ、手を叩け。鈴を鳴らせ。囃し立てろ。"尊き血"たる半吸血鬼、ショー・ピール・ブラッディローズが全力で追い掛けてやるよ、糞餓鬼」


 炎に巻かれた棚が、ばきりと音を立てた。木材の割れる音。そして、それが崩れ落ちる音が、奇妙に遅れた。――みぃつけた。


 音の方向に脚を動かす。遅れて現れた精霊術が俺を止めようとしたが、精神統一が甘かったのか、皮を浅く刻んだだけだ。避ける必要もない。

 視線の先には、棚の陰に消える黒い布らしきものが見えた。この距離ならわかる。部屋に入る前からずっと無意識に働き掛けていたのは、間違いなくあれだ。


 速度を緩めずに近付いた俺は、その勢いのまま燃える棚を蹴り飛ばす。精霊術が発現し、けれどそれは俺を傷付けることはなかった。

 倒れかけた棚を支える氷。そのすぐ下に居た黒いローブのフードを掴み、床に引き倒した。術を行使したことで隙ができた断罪者は、抵抗もできずに床に倒れる。


 その流れで指先から手を踏み躙れば、絶叫と共に骨が砕ける音がした。もう一方の手を掴んで、棚と棚の間から引き摺り出す。何か襤褸雑巾に残骸が刺さったようだが気にしなーい。


 口を開こうとしたので、残った手を握り潰し、ついでに腹に膝も入れておいた。流石に至近距離だと耳が痛いな。男の子なんだから我慢しろよ。

 咳き込んだ口から吐き出されるのは、黒みを帯びた血。恐らく発声によって術を行使するタイプではないだろうが、得意かどうかであって、それでないと発動しない訳ではないのだ。痛みで集中力を削いでおくのに越したことはない。


「まったく……テメェが大人しく出てこないから、貴重な本が可哀想なことになってんじゃねぇか」

「……化け物が……っ!」

「化け物、ねぇ」


 こちらを睨み付けんばかりに顔を向ける断罪者。その眼窩から覗く緑に、俺は目を細めた。


「明かりがなくても大丈夫な訳だ。随分と悪趣味な目だな?」

「……貴様……神から与えられた俺の力を……!」


 いや、どう見ても人間の仕業じゃねぇか。

 つるりと光沢のある表面。本来なら白目があるだろう部分も、全て緑色のそれは、単体で見れば綺麗と言えなくはないだろうが。

 口振りからして、精霊との親和性を高める宝珠だろう。普通は護符にしたり、土人形の核に使ったりするものである。勿論、眼窩に入れたところで、見えるようになったりはしない。


「それ入れる為に目玉取ったのか?親御さんに謝れよ」

「俺の目は神から頂いた!俺は神より命を賜ったのだ……っ!」

「……んん?何お前、最初っから目ぇないの?しかも何か捨て子っぽい?」


 ぎり、と歯軋りをする断罪者を見て、図星だったかと思った。成る程、それで教会に拾われて断罪者として育てられた訳だ。


 真実も知らずに。


「へー、そー、ふーん」

「……何が言いたい」

「んー……目玉取ったの、親の愛だったんじゃないかと」

「何だと!?」


 わー、すげぇ顔をして睨んでいる。白目も瞳もないから、不気味だ心臓の弱いものにはお勧めできない光景である。

 普通の義眼を入れれば、中々見れそうな顔だけに残念。ある意味残念な美形だ。


 捨てている時点で親は屑だが。子供の目を抉るのも畜生にも劣る所業だが。

 一番生き残る可能性の高い、教会に捨てようとするのであれば、まあ、考えていたことは認めよう。

 もっとも、自分が見たくないから、という可能性も十分あるけどな。


「お前さ、吸血鬼見付けるの得意だろ」

「……どういう意味だ」

「気付いてないのか?……ああ、それとも気付かない振りをしているのか」


 にぃと歯を剥き出して笑う。悠長にお喋りはしているが、周りはいまだ火の海である。揺れる炎に照らされた俺の顔を見れなくて、良かったな?




「人間の振りをして教会に入るなんざ、流石だな。ご同類さん?」




「な」


 開いたまま震える唇を見ていると、とても愉しくなってくる。ちょっと可愛い。その精神をずたずたに引き裂いてみたらどうなるんだろう?と思うくらいには。


「例外はあれど、赤い目は吸血鬼との証。断罪者なら勿論知っているよな?」

「……お……俺は人間だ!」

「勿論人間さ。半吸血鬼と吸血鬼の子。どちらもダンピールと呼ばれながらも、遺伝子的に劣性な吸血鬼は、もう片方の血統に吸収される」


 これが獣人なんかであると、かなり優性なので、三、四世代後でも耳や尻尾が残ることもあるらしい。

 それに比べて、吸血鬼の場合、外見的には目が赤くなる程度だ。寿命もほぼ人間のそれだし、翼も出ない。

 普通の人間よりは強靭な肉体を得ることもあるが、切断された指が元通り生えてくることも勿論ない。大体が普通の人より回復早いよね、で済むくらいだ。


「だからお前は間違いなく人間だ。それは、なりそこないとは言え吸血鬼の俺が保証してやるよ」


 例えば、普通の人間であれば。

 自身を混血と知れば、平静で居られないだろう。そこに、人間と言われたらどうだ?

 混血であることをなかったことにはできないが、少なくとも自分は化け物ではないと言い訳をすることができる。逃げ道があれば、人は生きていけるのだ。


 普通の人間であれば。


「…………嘘を吐くな」

「いいや、本当さ。人の子として生まれた、人間の同胞」

「俺を騙そうとしても無駄だ!穢らわしい化け物の戯れ言如きに」

「そう、お前の本能は騙せない」


 半吸血鬼の俺には血の濃さはわからない。それは、相手が何世代目か言い当てることができないだけで、一世代目――赤い目を持つ正しく吸血鬼の子くらいは流石にわかる。

 吸血鬼の血は発現しないだけで、確かに細胞の一片一片に染み込んでいるのだ。


「俺を、同じものだと言っているだろう?」

「黙れ」

「折角会えたのに、痛め付けられて可哀想だったな。よしよし」

「黙れ!触るな化け物!」


 身を捩って俺から離れようとする断罪者。こんなあからさまな言葉に平静を保てないことこそ、証拠みたいな物だというのに。可愛らしいことだ。

 俺はにっこり笑う。




「混血が」




「パセリ、消火」

「それはいいんだけど……あの人、大丈夫?」

「さあ?駄目かもな」


 裂いたローブで拘束し、猿轡を噛ました断罪者の横を見ながら言う小人。俺の言葉が止めになったのか、気を失っている間にぐるぐる巻きにしたのである。

 人間というものは結構強かであるが、変なところで脆い。特に信仰心というものは本人にしかわからないので、本当に俺にはわからないのだ。


「死にたくないと思うなら生きてんだろ。つか、こんだけ燃えてたら無理か?」

「んー……時間を掛ければ大丈夫。本は台無しになるけど」

「全く人類の叡智を何だと思っているんだろうな、こいつは」

「えぇぇ……」


 何か文句あるのか、と視線を向ければ、明後日の方向に顔を背ける小人。言っとくが、実行犯はお前だからな。


「……どれくらい掛かりそうだ」

「炎の精霊を刺激しないように干渉しないといけないから……」

「……そうか」


 結構、時間が掛かった。と思う。正確な時間はわからない。

 ソシ・レは、大丈夫だろうか。


「……あのさ、ショー。先に行ってていいよ」

「あ?」

「ほら、時間掛かっちゃうし。ソシ・レはあっち……あー、ショーが倒した棚で埋まってる……あそこから行ったから」


 パセリが指差した方を見ると……あー、うん。埋まってる。だがあれくらいなら簡単にどかせるだろう。


「まだ断罪者は居るぞ」

「誰か入ってくるようなら隠れてるから大丈夫だよ」

「でも」

「私もソシ・レが心配だよ」


 ……も、って言うな。も、って。それじゃ俺が耳長のことを心配しているみたいじゃないか。


「……無理はするなよ」

「うん。駄目そうだったら燃やし尽くすから!」


 怖ぇよ。帰ろうとしたら火の海で出られないとか勘弁してくれ。

 だがまあ、この小人だったら何とかなりそうか。俺なんかより余程しぶとそうだ。




 待ってろよ、ソシ・レ。もし絶体絶命のピンチだったら指差して笑ってやる。






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