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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
アカデミー
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 先程まで居た方向からがらがらと響く轟音に、今度は隠さず舌を打った。

 ここの本がどんなものかわかってんのか。文明消失レベルではないだろうが、少なくとも入口近くの図書室よりは稀少なものが集まっている筈だ。

 それをさっきから平気ですぱすぱやりやがって……!本を捲る度に紙で指切っちまえばいい、と地味な呪詛を心中で呟きつつ、俺は頭を働かせた。


 バレているな。それが視覚に因るものかはともかく、向こうは確実にこちらを認識している。


 考えられるのは精霊か、やっぱり。多少の自律性はあるとはいえ、基本的に精霊術は術者の干渉通りに発現する。寧ろ、そうでなければ精霊術とは言えない。ただの暴走だ。

 限定的に精霊の判断に任せるとして、ここまで的確に急所を狙ってこれるか?

 最近の精霊はどうか知らないが、ジニーは、精霊にとって人間動物夜族の区別はないって言って……うん?


 何か引っ掛かったな。それに頭を巡らす前に、腰を下ろして滑る。本が落ちる音。またか。

 静かにしていても無駄だと気付いてからは、動き回っている。


 居場所がバレていても、照準が付けにくいだろうし、運良く断罪者の方に向かえたなら、直接来るか、気付かれないうちに姿を隠すかどちらかだろう。

 この状況なら後者の可能性が高いが、移動によって攻撃の手が鈍れば儲けものである。さっきから予想が外れてばかりなので、なくても別にいいけどさ。


 しまっていた精霊灯を取り出す。普通なら狙い撃ちにされるところだが、暗闇が断罪者に意味を持たない以上、こちらにとってはリターンの方が大きい。

 棚に遮られ、間の通路しか照らせなくとも、見えるだけで大分行動が回復した。

 特に、足元が見えるようになったのは助かった。どこぞの誰かのせいで本が散乱しているのである。下手すれば転んでいたな。


 視界を確保したことで、部屋の隅に移動する。では、対応策その二開始。

 わかりやすく伝えると、壁際に沿って、左見ながら走るだけとも言う。ほんの僅かな違和感も見逃すな。頑張れ俺の視神経。


 だだだっ、と足音荒く走り、突き当たったところで、左向け左でまた直進。何かこの動き覚えがある気が……。


「凄いやショー!あの子の背中に乗ってるみたいだ!」

「喧嘩売ってんのか」


 目が多いに越したことはないだろう、と肩に掴まらせた小人が、余計なことを言う。お前の友達ってあれだろ。どう見ても豚な魔獣だろ。


 ただ走っているだけだが、その間にも精霊術が飛んでくる。小人に視線を向けた。だが、やはり狙いは付けにくいらしい。何本かの槍は床に突き刺さり、


 つるんっ。


「あう」


 凍った床で見事にすっ転んだ俺は、天井を見上げた。慌てて立ち上がろうとして着いた掌が、


「いだだだだっ」


 床と張り付いた。やばい。小人が見付からない。普通にやばい。

 その期待を裏切るまいと、空気が一瞬動いた。さあ、と血の気が引く音がする。


 俺を切り刻む筈であったろう風の刃。それを止めた氷の壁は、幾つもの罅で白く濁り、その場に砕け散った。


 ようやく視界に入った緑色は、結構高い位置に居る。覚悟を決めて床から掌を剥がせば、布を裂いたような音と灼けるような痛み。それを無視して、自由になった手を伸ばした。


「ぎゃー血塗れー!?でもありがとー!」

「血塗れ言うな暴れるなクソ痛ぇ。でも助かった。あとすっ飛ばして悪い」


 べちゃりと音を立てて落ちた小人は、墜落の危機にあったにも関わらず、元気である。正直叩き落としたいくらい痛いのだが、事実助かったので我慢するマジ痛い泣きそう。


 これは、本気で手段を選んではいられないかもしれない。

 先程から何とか小人の精霊術が間に合っているが、こいつの精霊術は歌で発動する。つまり、視認してから歌うのでは遅いのだ。


 最初の槍から歌わせていたから間に合った――そして小人のチョイスが良かった――訳で、どれか一つ間違っていたら、俺は首ちょんぱになっていた可能性もある。っぶねぇええ!!


「僕が治してあげられれば良かったんだけど……」

「こんなん舐めときゃ治る」


 実際、銀でも炎でもない怪我なので放っておいても治るのだ。先程風に裂かれた腕は、表面を擦れば傷一つない皮膚が現れるだろう。

 小人を肩に乗せ直し、掌を舐める。舌先が触れた瞬間、火熨斗を当てたように熱を持つ傷口に泣きかけたが、これで治るなら安いもんだ……痛い。超痛い。


 決めた。

 本気で潰す。


「パセリ。俺が合図をしたら」


 声を出さずに唇を動かす。止めのように立てた指を当てれば、微妙な顔をする小人。


「私はいいけど……いいの?」

「いい。俺が許す」


 バレればソシ・レを含めた色々な連中に怒られそうだが、全部断罪者のせいにしてしまえばいい。どうせ、目撃者は居ないのだ。にひ。


「すっごく悪い顔してるね!流石人でなし!」

「夜族と言え夜族と」


 人外と言う意味で間違いではないが、何か嫌だ。自分が言うのは別にいいが、他人に言われると何かむかつく。種族的なもの以外に、人間性を否定された気分になるからだろうか。

 つか、こいつにだけは言われたくない。亜人も狭義の意味なら人外だし、こいつの所業は間違いなく人でなしのそれである。今現在役に立っているからって、許すと思うなよ。


「……まあ、それは後にするとして。行くぞ」

「何か含みがあるけど、りょーかーい!」


 対応策その三。入口に向かってダッシュ。この部屋を出てしまえば、俺を殺したい断罪者は追わざるを得ない。身を隠すことのできない廊下で、奴はどうやって戦うんだろうな。


「ショー!」

「わかってる」


 勿論、それを避けたい相手はここで俺を仕留めようとする筈だ。先程と同じように氷で足を止めるつもりか?

 だが、一度防がれた手をそのまま使いはしないだろう。さてさて、どう来るのかな。


 こちらを狙う氷の槍。躱せば躱す程、安全に動ける場所が少なくなる。もっとも、これくらいなら簡単に飛び越えられるが。

 俺だって馬鹿ではないのだから、そう何度も何度も転びはしない。向こうもそう思っているのだ。なら、期待に添うのが人情というものだろう。


 それこそ、もう一歩も歩けないくらい氷塊と凍りついた床に覆われた様子に、唇を吊り上げる。ああ、急いでこの場から逃げなければ。

 ぐ、と足を力を入れる。




 つるー。




 期待に添うのが人情だが、俺は夜族である。期待を裏切ってこそ、だろう?




 間抜けな格好で滑った俺は、本棚に盛大な頭突きをかました。






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