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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
アカデミー
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 精霊術って、結構できること多いのな。

 使えない俺からしてみれば、それ反則だろと思う。


 遮蔽物があるとはいえ、広く、音のない空間だ。初めから内緒話ができるとは思ってはいなかったが、筒抜けになるということはわかった。自分の声を届けられるのに、俺達の声を拾えない訳でもないだろう。

 俺が大声出せば相手の鼓膜破れるかなー、とか思わなくもないが、断罪者の声が降ってきてるということでその可能性は薄そうだ。拡大、縮小ではなく、空気に指向性を持たせているのだろう。


 どう考えても、それって面倒だよな。そして、面倒なことを普通にやる奴を敵に回すと碌なことがない。


「おい、こいつは見るからに亜人だが、俺のどの辺りが化け物だ。どう見ても善良な一般人だろ」

「それは無茶があるよ!ショー!」


 余計なことをいう小人を可愛がる。勿論、反社会的思想がかっこいいと思うお年頃の意味でだ。

 大人しくなった小人を懐にしまう。それにしても、まったく失敬な奴だ。

 定住はしていないから住民税は払っていないが、食い道楽着道楽が効を奏して経済を回しているぞ。飛んでると、たまに通行税を払い忘れるが。


「は、いくら人間の真似が上手かろうと、精霊は騙せない。お前は化け物だ」

「そうはっきり言われると元人間としては傷付くんだが?」

「望んで化け物になった化け物がほざくな」


 もうやだ断罪者。やっぱり話が通じねーよー……。色々思うところはあるが、突っ込むのは止めておこう。

 そうだ、笑いながら刺してくる奴よりは精神衛生的にいい。疲れるのには変わりないが。


 さて。入口で聞いた声とは違う、間違いようのない男の声だ。やはりこの部屋に居たのは別人だったか。

 あー、でも、空気の振動を操れるということは、声も変えられるということか?それに、物音を消していれば他に仲間が居る可能性も……。

 面倒だ。可能性がどんどん出てきて、しかもそれを捨てきる訳にいかない現状が面倒だ。


 あらゆる可能性を考慮する必要はあるが、ある程度絞るか。

 俺が来る前から小人はこいつと一緒に居るようなので、別人でいい。途中で入ってきたなら、流石に小人だって気付く。どれくらい対峙しているかは知らないが、他に誰か居て小人が無事な理由が想像付かないので、相手は一人とする。


 性格悪い奴だと、そう思わせてからの、とか普通にやるが、そればかりに気を取られると普通に戦えない。

 とりあえずこの認識でいこう。必要があれば、適宜修正で。

 胸の前に手を当てながら、声を張り上げる。


「望んで化け物になった?冗談だろ。俺は被害者だっつーの」

「ならば死ね。化け物になりながら、それでも生き永らえようとする腐った性根が、既に人間ではない証だ」


 口の端が引き攣った。下手したらこいつソシ・レ以上の毒吐き野郎なんじゃないだろうか。

 つか、被害者と言っているのに、結論が即死ねとか、本当に断罪者って奴等は……!まずは同情だろう普通!俺だから慣れているが、一般人だったら傷口開かれて塩胡椒詰められたようなものである。


「……下らないおしゃべりはここまでだ。お前達化け物共は、神の慈悲も受けることなく」


 ぴき、ぱきり。精霊灯の光に照らされて、きらきら光る氷の槍。

 それが、本棚を背にする俺を中心に、半球状に具現化した。

 囲まれたし、と呟く自分の声は固い。背中を流れる汗が冷たいのは、恐らく気温のせいだけでは、ない。


「ここで死ね」


 無数の槍が、俺達を貫こうと震えた瞬間。


 立ち上った炎の壁が、槍をただの水に変えた。


 湿気を伴った熱気はきつい。きついが。


「良くやったパセリ!強いて言うならもう少し威力考えろよとは思ったが、ちょっと周りが焦げただけだ。偉いぞ」

「もごごー?もがもがもご!」


 何言ってるのか、全然わからん。首元を引っ張って、外套とシャツの間を広げてやったら、ぴょこりと緑頭が出てきた。


「上手く言ったのなら良かったよー!見えないから、別の物まで燃やすかと思ったけど、意外となんとかなるもんだね!」

「さらっと爆弾落としてんじゃねぇぞ野菜頭」


 この場合の別の物って、どうせイコール俺だろ。俺が燃える時はテメェが消し炭になる時だ覚えておけ、と緑色の髪をぐりぐり回しながら伝えれば、すみませんでしたー!と返ってきた。本当に、返事だけはいい小人である。


 軽く靴底を鳴らして、本棚に跳び乗る。障害物がなくなった為に四方の壁まで見えるが、やはり見える範囲には居ない。まあ、死角も増えるので仕方ないと言えば仕方ないが。

 だが、あれだけ正確な精霊術を使ったのだ。少なくとも、あの時点ではこちらを視認していた筈である。


 精霊術には集中力が必要だ。望む通りに事象を具現化させるのであれば、それだけ明確なイメージを持って術を行使する必要がある。

 先程パセリが言った、見えないという状況。一応釘は刺したが、実際あそこまで上手くいったのはかなり運が良かったのだ。


 人間も亜人も、外部からの情報は殆ど視覚に頼っている。それが奪われれば、他の感覚や脳を働かせて補うしかないが、ただ見た時よりもずっと質の低い情報にしかならないだろう。

 そんな状態で行う精霊術とは、例えるなら……そうだな。大陸では知名度の低い、福笑いという遊びのようなものか。


 福笑いとは、顔の輪郭が描かれた紙に、目隠しをしたまま目や鼻等のパーツの紙を乗せる遊びだ。この目隠しが福笑いを遊びにするアイテムである。

 そのままならセンスの違いはあれど人間の顔ができるのに対し、目隠しをすると、耳が頭から離れる、目が額に生える、口の中に鼻がある等のどんな拷問を受けたのかと言わんばかりの恐怖絵図が完成するのだ。


 しかし、それこそが福笑いの楽しみ方で。まともな顔を作っても意味がない。どれだけ不気味で、どれだけ笑える顔を作れるかが福笑いの醍醐味で……え?違う?でも俺はそう教わったぞ。


 話はずれたが、つまりそれくらい視覚が重要ということだ。なので対応策その一。

 精霊灯を消して、外套の内側にしまう。唯一の明かりがなくなり、室内は闇に閉ざされた。

 棚から降り、記憶と掌の感触を便りに跳んで移動する。可能な限り音を立てないよう気を付けてはいたが、まあ、そちらは期待していない。

 向こうがこちらの位置を見失えばいい。それで明かりでも出したらこちらのものだ。ほんの僅かでも居場所を晒すなら、俺のこの目は、決して獲物を逃さない。


 息を吸って、吐く。僅かな音でも殺そうとして荒げるよりは、規則正しくした方が空間には馴染みやすい。


 吸う。吐く。とくり。とくり。とく。とく。

 呼吸音、俺の鼓動、パセリの鼓動。

 遠く、小さく、聞こえる音は断罪者か。けれど場所は特定できない。別にいいが。


 まどろっこしいのは嫌いだが、狩りと思えば多少は楽しい。短気は損気。焦らず、じっくり、手間隙掛けて。

 さあ、痺れを切らして掛かっておいで?


 むずむずと湧き出る狩猟本能に、声を出さずに笑った。


 ふ、と。

 空気が。


「――――っ!?」


 一瞬の違和感。けれど、身体は反射的に床を蹴っていた。

 腕に、ちり、とした痛み。高く鳴った靴底は、それ以上に大きな何か――恐らく本棚と本が崩れる音に掻き消された。

 胸元で不安げに動き出したパセリを、上から軽く叩いて大人しくさせる。状況が掴めるまでは、現状維持だ。


 音が終わる前に足を止める。あれだけの音が響いていたのだ、流石に足音は追えまい。

 触らなくてもわかる。皮が切られた。腕の怪我は大したものではないが、外套ごと持っていかれたのは少々問題である。

 決め手はデザインであったし、結局扱いは雑だが……この外套、実は魔獣製なのだ。俺のブーツもそうだが、冒険者の防具にも使われる、魔獣である。


 風の精霊術は速さと鋭さに優れる。だが、氷や石といった実体を持たない為に、威力に劣る部分もある。

 固い物や肌を傷付ける分には申し分ないのだが、布のような形を変えやすい物は断ち切り難いのだ。恐らく風に捲れた繊維が、風の刃を受け流してしまうからだろう。


 俺の外套は旅使いもするので、強度もあるがとてもしなやかな作りになっている。それこそ、三下の剣なら外套一着で捌ききれるくらい、防御力は高い。

 それなのに、だ。あっさり断ち切られた挙げ句、鋭さを殺がれただろう刃に傷まで負わされた。どんだけ威力があるんだよ、という話である。


 氷で攻撃していたから、そちらが得意なのかと思ったが……でも、そうだな。攻撃として使ってなかっただけで、やっていることは確かに高度だった。一番得意なのは風か。


 吐きそうになった溜め息を押し殺す。自分ができないものというのは、どうしてこうも厄介なのだろう。

 常識的に考えれば制限だらけの筈なのに、理論的に考えれば何でもできる。その間は術者の技量によって決定し、俺にはその見通しを立てる為の感覚が欠けているのだ。


 とはいえ、苦手だろうが何だろうが、やらなくてはいけないのだからやるしかないのだ。逃がしてもらえる訳がないし、逃げるつもりもないのだから。




 敵の姿は、まだ見えない。






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