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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
アカデミー
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 見付からん。

 先程からアカデミーの敷地内をうろついているのに、居るのは学生と非正規職員ばかりだ。

 駄目元で訊いてみても、返ってくるのはやはり、わからない、という言葉。別に簡単に見付かるとは思っていなかったが、こう手掛かりも掴めないと段々面倒臭くなってくる。


 一応、管理棟にも行ってみたのだが、「本日の受付業務は終了しました。また明日いらしてください」と無表情眼鏡美人にすっぱり切られてしまったので、収穫はなしである。

 "魅力"を掛けようかとも思ったのだが、護衛と思われるマッチョな警備が居たので断念した。美人と二人きりとか、何あいつの仕事羨ましい。


 急ぎではあっても大したことのない仕事なら、研究院で待つという選択肢もある。問題は、今のところその仕事の重要さがわからないところだ。普通ではない、というのはあくまでも俺の予想であり、確定ではない。


 そんなことを古代図書館の周りを歩きながら考える。つか、空から見るよりもずっとでかいなここ。歩くとその無駄な大きさがよくわかる。


 入り口は幾つかあるが、その殆どは他と繋がっている訳ではない。その為、分野の大きく違う書物を調べる時には、一度外に出てその分野の入り口から入り直さなくてはいけない、という不親切設計だ。


 何でそんな形にしたんだよ……と思ったものだが、これはこれで利点があるらしい。部屋と部屋を隔てる壁は、特殊な素材と精霊技術を使用して、延焼を防ぐ効果があるのだ。


 図書館というからには、勿論貯蔵されているものは書物である。そして、紙であれ木簡であれ、火に弱い。

 それらに比べれば、羊皮紙は燃えにくいが、消火中に水でも掛かったらおじゃんであるのは変わらない。


 注意を払っても火が出てしまったら、燃え広がる前に消すのは当たり前だ。そして、万が一消火に失敗した時に、その被害が際限なく広がるよりは、一部を捨ててでも他を守るという考えも理解できる。


 あとは、単純に避難の問題か。入り口までの距離が近ければ近い程、脱出できる可能性が高まる。慌てている時には簡単なことにさえ頭が回らないものなのだ。

 そんな状態で、何番目の棚を曲がってあの階段を上って……なんてやらせるよりは、いいから壁沿いに走れ!という方が、単純でわかりやすいしなー。


 何で俺がこんなに詳しいかと言うと、知り合いから聞いたことがあるのだ。ちなみにソシ・レではない。

 あいつら今頃何して……愚問だった。本の虫が、読書以外をしている訳がない。


「…………うん?」


 降りだしそうで降らない、生温い風が、よく知るにおいを運んできた。今日はもう腹いっぱいなんだけどな、なんて思ったところで、あるものは仕方ない。

 げんなりしながらにおいの元に向かえば、図書館の入り口に人が二人倒れていた。


 服装からして、アカデミーの教員と職員だろう。外傷は殆どないが、身体の下には血溜まりがあった。間違いなく死んでいる。

 これを見たからソシ・レが呼び出されたのか、呼び出された後に殺されたのかはわからないが、とりあえず。こんな目立つところに放置してやるなよ。


 いや、だって何かあったと知らせるようなものだろう?俺が犯人なら、多少急いでいても隠す。そして職員なら、こんな野晒しにはしねぇって。


 まあ、突っ込みはこれくらいにするとして。死体の懐を漁る。その時に見えた傷は小さい。見事に心臓を一突きしているということだ。

 なぁんか、どこかで聞いたことのある話。なんて、ふざけるのには少々物騒な状況ではあるが。


「そう思わねぇ?」


 手を動かしながら、図書館の中に向かって声を掛けた。返事はない。


「何だ。信仰心厚い断罪者かと思ったら、神も信じないちんけな盗賊だったか」

「それは聞き捨てならないな」


 高いが、掠れ具合から恐らく男の声。明らかな挑発に返してきた割には、冷静さが伺える。

 正直、断罪者と言ったのは可能性の一つで、疑問でも不審でも、何か反応が返ってくれば上出来だと思っていたのだが……こうあっさり正体を明かされると、少々困惑する。


「そういう君こそ、手癖が悪いようだけど。一体何者かな?」

「断罪者志望の大陸教信者ですう、って言ったら?」

「赤い目に生まれたことを恨むんだね、かな」


 模範的な回答をどうも。赤目じゃなくても、毛深かったり同好が裂けてたりしても駄目な癖に。断罪者共からすれば、混血は夜族と同じなのだ。


「へえ?なら、俺が恨みたくなるようにしてくれるってことか」

「まあね。でも、今は忙しいから」


 また後でね。

 言葉の終わりと共に、炎の矢が飛んできた。


 舌打ちをしながら、横に跳ぶ。真っ直ぐ飛んだ矢は少しずつその勢いを失い、離れた壁にぶつかって小さな焦げ跡を残した。

 入り口の方に意識を向けるが、気配は遠ざかっている。追おうと扉を潜ろうとし……慌てて仰け反った。


 途中であった死体漁りを再開する。目当ての物を見付けて、懐に入れる。窃盗?ちょっと借りるだけだっつの。


 入り口の前に立って、深呼吸をする。大丈夫、行ける筈だ。よし、行くぞ。

 覚悟を決めて足を踏み出す。何の違和感もなかった。……あれ?侵入者を排除する仕組みは?


 死体からパクったげふごふ、拝借した教員証が利いてるのだろうが、それにしても……なんか、あるだろ、普通。見えない膜を破ったようなとか。耳鳴りがするとか。

 釈然としない気持ちを抱えつつ、俺は古代図書館に足を踏み入れたのである。




 本。本。本。

 背丈の何倍も高い本棚が、壁のように並ぶ。さらにその中には、形、色とりどりの本が行儀良く納まっていた。


 乾いた紙に古びたインクの匂い。古い本独特の、埃っぽく鼻を擽るような匂い。

 こんな状況でなければ、目に付いた本を開いてその匂いを思いっきり嗅ぎたい。日に焼け紙魚に食われて色を変えたページに指を滑らせたい。新しい本なら、規則正しく刷られて並ぶ活字を視界いっぱいに埋めたい。


 いや、余所事考えている暇はないから。いくら魅力的な空間とはいえ、本当にそんな状況じゃないから。後ろ髪引かれる思いを振り切り、断罪者を探す。

 物音。しない。におい。わからん。本人が怪我でもしていれば辿れるが、そうでないのなら、獣人ではない俺には無理である。


 床には靴らしき跡も残っているが、最後に掃除されたのがいつかわからないので、判断しようがない。だがまあ、それっぽいのを辿りつつ、しらみ潰しに探すしかないのだろう。


「俺、こういうの苦手なんだけどな」


 他人の粗を探すのは得意だが、決まった一つの物を探すのは苦手だ。

 多分、感度の問題なのだと思う。全体から自分に必要な情報を得ることに関しては向いているが、一つの物を探そうとして全体を見ると周りがぼやけるというか。


 多分、他人に興味ない性格が、こういうところに表れている気がする。


「だからといって、そのままじゃいけないんだろうな」


 彼女だけで良かった。そしてそれは、今も同じだ。

 それでも俺の世界は、五百年前と比べてしまえば確実に広がっているのだ。

 だから、無視してしまえばいいのにこんなところに居る。他人なんて放っておけばいいのにな。


 目を閉じて、大きく、息を吐く。

 そしてそれ以上に大きく息を吸って。




 よし、と小さく呟いた。頑張りたい内は頑張ろう。






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