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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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「……形だけ取り繕えば満足とか、お手軽な奴だな」

「でもさぁ、同じ色なら僕の方がかっこいいよねぇえ?僕、ジニーより背高いし」

「喧嘩売ってんのかテメェ!」


 どうせ俺はジニーより低かったさ!拳一つ分以上低かったさ!

 だからといって、背中から抱き着いた時に「おんぶ?」はないと思うんだ。流石に暫く動けなかった。前から抱き着いた時の場合は割愛する。


 だが一応言わせてもらうが、俺はそこまで小さくはない。彼女の脚が長過ぎるのであって、俺は平均より高いのだ。高いったら高い。


「変化でいくらでも変えられる外見でかっこいいもくそもあるか」

「お前は変化が下手だもんねぇ」

「はっ!俺はありのまんまでジニーに愛されてたんだからいいんだよ」


 あの手この手を使ってもその他大勢だった、どこぞの誰かさんと違ってなぁあ?

 腰に手を当て顎を上げる。某木苺男の言葉を信じている訳ではないが、身長如きで向こうに優越感を持たせるのは不愉快だからな。


「ありのまま、ねぇえ?」


 俺の言葉に、悪魔は唇に指を当てて呟いた。何事かを考えていたかと思えば、紛い物の紅と視線が絡む。

 その姿がぶれる。"夜殺し"を構えるより動いた方が幾分有利。後退りながら、真っ直ぐ目を狙う指先を払う。


 もう片方の手が、脇で拳を作っているのが見えた。腹か。腕が伸びきる前に"夜殺し"の銃身に当ててしまおう。左手を捻りながら上げようとしたところで。


 開かれた長い指が、軽々と俺の手首を掴んだ。


 舌打ち。振り払おうとしたものの、回りきった指は簡単には外れそうもない。なら、このまま引き倒して……足に力を入れた瞬間に、払った手がまたもや俺を狙う。


 その手を今度は俺が掴んだが、位置が悪い。ただでさえ、指が短い俺には指を肉に埋めるという方法しかとれないのに、中指と薬指が骨の上にある。

 ほぼ残り三本で掴んでいるようなものだ。また舌打ち。


「あーあ、捕まっちゃったねぇ」


 どっちの意味だよ、と思ったが、どちらにせよ事実だ。俺の方は簡単に外されてしまうような状況であるが。


 左手は、抜けない訳ではない。ただそれに集中すれば、悪魔の左手やら脚やらが飛んでくるのがオチだろう。先に蹴りを入れるにしても、その直前に体勢を崩されてしまえば意味がない。


 これだけ密着していたら、身体能力に大きな差がなければ崩せない。なら、悪魔の行動を予測し、そこを狙う。


 掴まれた手を引かれる。上体を持っていかれない為にもこちらも掴んだ手を引くが、悪魔はそれに対して思うことはないらしい。

 ……ここ、か?いや、攻撃とも違うような気がする。とはいえ、気が抜ける訳ではない。


 引かれまいとする左腕の力を、少しだけ抜く。それでも対抗するための負荷は変わらないのだから、向こうとしても思いきり引くつもりはないようだ。

 俺の手首を掴んだまま、悪魔は右腕を上げようとする。少しでも銃口をずらせればそのお綺麗な顔面に穴を空けられるのだが、そちらの力は抜くつもりはないらしい。


 顔の高さまで上げられた手は、そのまま横に動かされ――


「きっ、きもい」

「酷いなぁ」


 手の甲から、腕を伝って、肩まで痺れるような不快感。何だこれ、精神攻撃か。

 元凶の悪魔はからからと笑っている。変わらず、俺の手を頬に当てたまま。


「うーん、ジニーの物でも興奮しないなぁ」

「ったりめぇだクソが!」


 きもい。きもい。きもい。間違いなくシャツの下までびっしり鳥肌が立っているだろう。


「お前もう二度とジニーの名前口にすんな!つかジニーのこと考えんな!」

「えぇえ?結局興奮してないのに酷くないぃい?」

「その発想が出ること自体おかしいんだよ!変態変態変態!」


 確かに、先程俺は似たようなことをやったかもしれない。

 しかし、それはほぼこいつへの嫌がらせであるし、対象がどちらも自分だったからだ。他人の手を代わりにしよう等思わない。


 ねぇ、ジニー。

 君、何やらかしてこんな変態の好かれたの。何でそれがわかった瞬間にさっさとこの変態始末しなかったの。


 叫び続ける内に頬からは離されたが、いまだに手は掴まれたままだ。今すぐ手を洗いたい。無理なら土でもいいから擦り付けたい。助けてジニー。


「やっぱりお前じゃ駄目だなぁ」

「寧ろやる前に気付けよ!阿呆か!?」

「煩いなぁ」


 ずい、と顔が近付いてきて、慌てて仰け反ってから気付く。やば、倒される……!

 実際には、倒されるどころか握った手が支えになった。それでも、多少腰が引けたままだ。吐いた息がかかりそうなくらい、顔が近い。


「てめ」

「ジニーの目はあんなに綺麗だったのにぃ」


 悪魔の目に、俺が映っている。

 その目は、血のような紅だ。

 俺と同じ、汚らわしい色。


「お前の目は何でこんなに汚いんだろうねぇえ?」

「……混血を半吸血鬼と一緒にしてどうするよ」


 違う。本当はそんなこと関係ない。

 混血も半吸血鬼も、目が紅いのは血の色だからだ。美味い不味いや生気の質に違いはあれど、流れる血に違いはない。


 ジニーが特別だっただけだ。

 俺と、この悪魔にとって。


「でも、そうだなぁ」


 目の前の紅が弓形に細まった。

 唇から覗く八重歯は、牙と言うには短い。

 何だ、形も取り繕えていないじゃないか。


「ジニーを見続けた目なら、少しは美味しいかもねぇえ?」


 だから黙れ変態。

 こいつの口から、これ以上のジニーの名前が出るなんて嫌だ。ここで、殺す。

 お互いが相手の息を読もうと固まったところで、




 曇天の下、仄かな光が見えた。




 膝を折り曲げ、悪魔の腹を蹴り付ける。後方に跳ぼうとして身体には、当たりこそしたものの、衝撃は殆どなかっただろう。

 そして、手応えだか足応えだかがなかった俺は、踏ん張りきれず後ろに倒れる。どうしようもない隙を消したのは、俺と悪魔の間を通り過ぎる火の矢だった。


 一瞬、状況把握に止まったがすぐに"夜頃"の照準を、悪魔に合わせて引き金を引いた。

 乾いた音と共に放たれた弾丸は、残念だがその身体を貫くことはなかった。だが、最初よりも開いた距離に、"夜殺し"を構える理由は大きい。


「邪魔が、入っちゃったねぇ」

「全くだ。呼んでもいないのに勝手に来て、いきなり精霊術とか空気読めって感じだが」


 空気が読めない赤毛が近付いてくる。一応悪魔を狙ったようであったし、とりあえず二対一としよう。


「多少は役に立つことも……あるかもしれないし、ないことは多い」

「彼が新しい主人ぃい?」

「んな訳あるか」


 思ってもいない癖に、白々しい。


「俺の主人は唯一人だ。紛い物になんて騙されない。他なんて要らない」

「……だ、そうだよぉお?可哀想にねぇ」

「……煩ぇよ」


 阿呆が。あれ程悪魔の前で口を開くなと言ったのに。

 赤毛が墓穴を掘る前に消す必要が出てきた。面倒臭さに息を吐く。……多少、余裕が出てきたことは、認めなくもない。


 照準を胸に固定する。"夜殺し"は、掠るだけでも夜族にある程度のダメージを与えられる。即死できなかったとしても、どこかしらに当たる可能性が高い胴体を狙うのが、それなりに正しい使い方だ。まあ。


 次は、外さないけどな。


「何か言い残すことは?」

「そうだねぇ……ああ、そうだぁ。最後に一つぅ」


 にこにこ、と。その皮の下から滲み、滴るような悪意を込めて、悪魔は笑った。




「早く戻った方が、いいんじゃないぃい?」




 火球が悪魔を襲う。その身体は炎に包まれた。

 闇夜に浮かぶ炎は、赤々と辺りを照らす。




 そして炎が消えたあとには、人影も砂粒も、角の一本も残ってはいなかったのだ。






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