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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
序章
6/161

6

 なんなんだよ。


 そう思ったら視界が滲んだ。ただでさえ暗いし眼鏡もないしで見えないのに、これでは何も見えない。


「なんなんだよぉ……!」


 ぼろぼろぼろ。涙も鼻水も止まらない。泣いたらどうにかなるのかよ。泣くな馬鹿。バカバカバーカ!!バカとか言うなバカー!

 暗い。何度も鼻を啜ってるのに全然収まらない。意味がわからない。

 何だかもうどうしようもなかった。どうしようもなくて、気付くとあーとかうーとかにゃーとかわーとか叫んでいた。胸が苦しい。苦しい。

 えぐえぐと泣いて、時々噎せて、何もできなくて、何も変わらない筈だったのに。


 発光体が落ちてきた。


 涙の膜で幾つにも分裂するそれは目に煩い。

 何だかわからないものを睨みつける。そうしている間にも涙が溜まり、発光体は余計キラキラするようになった。むかつく。

 止まっていた発光体がゆっくりと近付いてくる。流石に手の届きそうな位置までくれば、それが人だということはわかった。自分より背が高い。しかも多分美形。嫌味か畜生。

 多分美形の多分腕が伸びる。真っ白なそれは、真っ直ぐ自分に向かい。

 頬に触れた。足が出た。吹っ飛んだ。ざまあみろ。

 腹を抱えて笑った。




 嗚呼、涙が出る。







 吸血鬼は血を与えることで相手を吸血鬼化させる。とは言うものの、全ての生物にその効果がある訳ではない。

 結論から言えば、夜族を吸血鬼にすることができない。当たり前と思うかもしれないが。

 夜族は生命活動の殆どを生気に依存する。その為、生気の乏しい死骸より生体を好んで捕食、吸収するようになっているのだ。

 夜族は生気を求めて生体を襲う。ではその生体が『血肉で血族を増やす種』であった場合は?


 これが先程の話と繋がる。吸血鬼化は元の吸血鬼の生気に反応し、その性質を変化させられることである。

 しかし相手が夜族であれば、生気が相手を変化させる前に吸収され、そのまま本人の生気として取り入れられるのだ。


 それは元人間の半吸血鬼も、例外ではない。


「が……あ、が……ごぁ……ッ」


 叫びか喘ぎか、もしくは嘆きか。喉奥まで差し込んだ異物は、言葉と共に呼吸も奪う。

 硝子のように澄む蒼い目。先程から視線どころか焦点も合わない。いい感じに大人しくはなったが、それはそれでつまらない。

 だらりと垂れた翼の付け根を引っ掻く。神経が集まり、翼以上に敏感な場所への刺激に、女は一度身体を震わせ……けれどそれだけだ。


 撃ち抜いた右手の指先は、既に崩れ始めている。"夜殺し"で再生が阻害されている以上に、生気の枯渇で肉体を保つことができないのだ。

 最後の一口を大きく吸い、飲み下す。くたりと力の抜けきった身体。支えた腕を外せば、そのまま倒れるだろう。

 遊びすぎた。かもしれない。

 牙を抜き、いつものように吸血痕を癒す。そして、傷一つない首筋に口付けを落として上体を起こした。


「ごきげんよう。お嬢さん」


 森に乾いた音が響く。

 灰は形を失い、風に流されて行った。


「さて、と」


 俺はずっとこちらを見ていた野暮天に向き直る。どうでもよすぎて放置していた、女吸血鬼の獲物だ。

 短剣を持つ手が震えている。そんなに恐ろしいのであれば、さっさと逃げればよかっただろうに。"魅力"の効果も、俺が女を撃ち落とした頃には解けかかっていたように思ったが。


「何でこんな場所に居たんだ?」

「おっ……俺は"夜狩り(ハンター)"だ!ここ、ここの狼共を始末すりゃ報償金が……!」


 ……まあ予想はしてたが、こいつもテンプレ過ぎるだろ。


 "夜狩り"とは文字通り夜族を狩り、その報償金で生計を立てる職業である。"夜狩り"ギルドは世界各地に支部があり、元騎士から旅人まで、広く門扉を開いている。まあ、そのせいで破落戸同然の素人も多々混ざっているが。

 この男もそうだ。俺が女に投げたのは、その辺に落ちていた男の短剣である。銀鍍金の。


 純銀は脆くて高くておまけに手入れが難しい為、人間相手の護身用には向かない。しかし夜族に対する効果は絶大である。

 しなやかで強靭な人狼の毛皮を貫くには、名刀一振りなんかより、純銀のナイフ一本の方がよっぽど簡単だ。

 ランクが高い"夜狩り"は、純銀の武器と普通の武器、両方を使い分けるのが常識だというのにこの男……。

 呆れてものも言えない。


「……まあ、いい。近くの村まで、道案内くらいはしてやろうか」

「ふざけんなよ。誰が夜族なんぞに借りを作るか」

「そうか。なら俺は行く」


 見え見えの強がりだろうが、俺は一応声をかけた。

 俺は男に背を向けると、そのまま夜空に飛び立った。


 仲間を呼ぶ狼の遠吠え。

 あれだけ派手に血の匂いをばらまいたんだ。相当餓えているのだろう。

 それでも今まで姿を見せなかったのは、単に俺達の戦闘に巻き込まれたくなかったから。

 敵が居なくなれば、ほれこの通り。

 一人残った哀れな獲物に逃げ場はない。


 自分が狩ろうとしているものの習性くらい知っておけ。

 ある意味身体で覚えているだろうが。


 くれてやった好機を潰したのは俺以外。

 どいつもこいつも、俺の優しさがわからない連中ばかりだ。

 狼の遠吠えが聞こえる。しかも近い。出遅れた奴だろうか。

 俺ではない、と狩り場から離れるように飛んだが、何故かこちらに向かってくる。だから俺じゃないって。

 翼を大きく羽ばたかせて、スピードを上げた。遠ざかる遠吠えは、どこか悲しそうであった。ちゃんと合流できるといいな。

 ふと空を見上げる。


 満月。

 まぁるい、月。


 死に行く光を浴び、生き抜く光を地表に降らすもの。

 例え一人きりになっても、どんな暗闇でも。




 何百年経とうとも、空に浮かぶ月は変わらない。




序章はこれで終了です。

これから説明文の量を減ら……せるといいなぁ……。

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