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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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 "トーレンの惨夜"という事件がある。

 トーレンとは山間の村の名前だ。畑を耕し、山で採集や狩猟を行い、どこにでもあるような特産物を売って金品に換える、まさしくどこにでもあるような平凡な村だった、らしい。

 らしい、と付くのは、俺が知った時には既にこの村は滅んでいたからだ。今から約五百年程前のことである。


 他のものに比べると、人間達から忘れられがちになるこの事件は、簡単に言えば集団吸血死事件だ。

 何故知名度が低いのか。一つは村自体の知名度の問題。そしてもう一つは、被害にあったとされる者の数が六百人弱であったことからだ。


 有名処が、それこそ数千、万単位の中で、これは少ない。数十年も生きている吸血鬼にはこの倍以上も喰っている連中もいるのだ。

 なら何故トーレンが事件として挙がるのかと言われたら、理由はこの一点である。惨夜と付けられたことから想像できるように、この事件はたった一夜の間に行われたという点である。


 年代が近い為、よく引き合いに出される"子供狩り"の被害者は……約一万。その差は、大体十七倍くらいか。

 数だけ見れば、圧倒的に俺の方が人間を殺していると思うだろう。事実であるのは否定しない。ここで気にして欲しいのは、時間だ。


 "子供狩り"は十八年間続いた。十八年で一万というと、平均して一日一人、二人といったところか。

 一万の中には、俺を狩ろうとしてきた"夜狩り"も居ただろうし、途中で逃げられた者も居ただろうから、吸血死させた被害者はもっと少ないだろう。


 それでも、普通の吸血鬼の食事量としては異常だ。ある程度の量を喰えば、暫くは何も喰わずとも生きていけるのだ。

 毎日吸う吸血鬼も居るが、見栄か嗜好か習慣でしかない。だから大した量でもない。死に至る程吸う必要がないのだ。ましてや、一口二口で十分腹が膨れるような子供ならば。


 しかし、生命維持分の余剰が自身の力になるとは言え、吸血鬼であろうと満腹にはなるのだ。食い過ぎれば気持ち悪くなるし、酷ければ体調だって崩す。

 俺がこんな無茶な喰い方ができたのは、"月狂い"を発症していたからに他ならない。

 代謝が極端に上がって、その分を吸収しようとした。喰い過ぎたとしても、使う可能性が高いと判断した肉体は、それを溜め込む能力を発達させた。


 だが、そんなことを知る由もない人間達は、"子供狩り"を複数の吸血鬼による殺戮だと考えた。創作だと主張する者も居る。"トーレンの惨夜"は"子供狩り"の前哨であり、同じものだと言う主張もある。

 あんな、男と、一緒にされて堪るものか。


 ジグガフ・ピール・ブラッディローズ。

 "トーレンの惨夜"を引き起こした張本人。

 初めて会った時は、血統なく、ただのジグガフ・ピールであったらしいあの男。

 俺の――




「僕は嘘なんて吐いてなかったよねぇえ?」


 黙ったままの俺に、悪魔は愉しそうに嗤う。こちらを揺さぶれたと思ったのか、急に態度がデカくなったものだ。下らない。


「そりゃあ"子供狩り"に比べれば、"トーレンの惨夜"なんて大した事件ではないかもしれないけどぉ。一夜で六百人も殺されたら、人間は怖いんでしょぉお?」


 "トーレンの惨夜"が起こったのは、約五百年前。正確な日付はわからないが、俺が半吸血鬼にされる前なのは間違いない。

 だから"尊き血"。ピールであるから半吸血鬼。

 記憶の中の男は、確かに紅い目をしていた。


「ミナが間違えちゃったのも、仕方ないよねぇえ?吸血痕のある半吸血鬼なんて珍しいものぉ」


 後で調べてわかったことだが、あいつの主人は相当クズだったらしい。人間の常識で言えば夜族等皆クズだが、それに輪を掛けて、だ。

 そんな奴と群れる連中も同類であった。散々痛め付けて血を吸って、そうして奴隷にしたことをまるで武勇伝のように酒の席で語ったらしい。思ったより暇潰しにはなったと。

 クズの仲間の知り合いを締め上げたら吐いた。その時にはクズもクズの仲間もとっくに殺されていたので、又聞きにならざるを得なかったのだ。


 ふざけるな、と思った。


 そんな下らない理由のせいで、俺達が巻き添えを食ったのかと。

 当たり前の日常が崩された大本が、"月僕"如きの暇潰し?


 それを聞いても、ブラッディローズに対する同情の念は全く湧き上がらなかった。寧ろ、俺の頭の中を埋め尽くしたのはただ一つ。

 殺す。


 確かに、奴は可哀想な人間だったのだろう。吸血鬼の玩具にされ、奴隷にされ、自由も尊厳も何もかも奪われて、何十年も支配され続けた。

 なら俺はどうだろう。唯一度だけ心から望んだ願いを、その時は世界の中心であったセレネに踏み躙られた。そして、人間だった俺は死んだ。だが、それだけだ。


 セレネは俺に何も望まない。茶や酒を飲んでいる時は妙にこちらを見つめてくることが多いが、無視をしたところで何か行動に訴える訳でもない。


 俺が屋敷に居ても、何十年も旅に出ていても、セレネは何も言わない。それに関しては蝙蝠達の方が煩いくらいだ。

 たまに行くと、やれセレネ様に酌をしろ、やれ早くセレネ様に顔を見せにいかんか、そもそも帰ってくるのが遅い、我々より人間の方がいいのか!エトセトラ。

 とりあえず蝙蝠達に嫌われていることは知っている。だからあまり寄り付かないようにしているのだが、ここ数十年は可愛い猫耳メイド目当てでつい足が伸びてしまう。と、話がズレた。


 人間関係、というか夜族関係にはあまり恵まれていないのだが、奴と比べたら俺はマシなのだろう。

 セレネが生きている限り支配され続けるが、少なくとも、これまでの俺にはある程度の自由があった。自由があったから、俺は唯一人を愛することができた。

 何百年経っても、セレネは許せない。けれど、セレネの気紛れか何かで与えられた自由の中で、俺は幸せになれたのだ。


 そう、俺は幸せだった。だから、不幸だっただろうブラッディローズを、俺は許すべきである。


 訳がない。


 殺す。絶対。

 可哀想?知るか。

 自身を虐げた吸血鬼を殺したのはまあいい。何の罪もなく喰われたトーレンの住人達もどうでもいい。


 だが、奴は俺の幸せを奪った。大人しく、他の獲物を狩っていれば良かったものを。

 俺もあの男も同じ化け物だ。人間の道理で縛れないのだから、化け物らしく無様に死ねばいい。必ず俺が殺す。


「それにしても、凄い偶然だよねぇえ?勘違いで殺そうとした相手は、同じ男に大切な者を奪われた相手だったなんてぇ。悲劇って怖いねぇえ?」

「よく回る舌だな」

「ねえねえ、どういう気持ちぃい?主人の仇と間違われるのってさぁ!」

「そうだな」


 掴んだ手を広げ、そのまま地面に叩き付ける。石畳ならもっと良かったのだが。

 それでも、金の巻き毛と白い肌が土に汚れるのを見れば、多少は楽しい。


「手近なものに当たり散らしたい気分」

「……ねっ、ねぇ……助けてくれないぃい?」


 見た目が汚いからか、先程より憐れみを誘う。よく見れば、少々涙目である。ふぅん?


「……そうだな。ジグガフ・ピール・ブラッディローズを最後にどこで見た」

「ふふ……オパリオスだよぉお?」


 職人の町オパリオス。どうせ次に行くつもりだったのだ。ちょうどいい。

 そういえば。


「何で俺の主人を知っていた?」

「知りたいぃい?」

「別に」


 知っていたからといって、こいつに嫉妬する訳でもない。どうせ俺より彼女のことを知っている筈はないしな。それに。


 頭を掴み直す。目玉を隠してしまえば、唇の動きしか見えない。後頭部を地面にめり込ませるように押し付ければ、形のいい唇が震えた。


「ちょっ、ちょっとま」

「何故?」

「何故って、だっ、だって僕教えっ……!」

「だから、今度は俺が契約を果たしてやるよ」


 身を屈めて、悪魔の耳に唇を寄せる。こんなところまで綺麗に作ってある耳に、甘く聞こえるよう囁いた。

 言っただろう?


「『楽に死なせてやる』って、さ」


 闇夜に悲鳴が響く。







 俺の"夜殺し"は優しい。軽く指を引くだけで夜族を仕留められるのだから。






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