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「ミナ、お前、悪魔とどんな取引をしたんだ。何を代償にした?」
ホワイトの言葉に視線を向けるミナ。
悪魔との取引――つまり、契約は重い。向こうはそれが生業であり、生命活動だ。あの手この手で陥れようとしてくる。
心の隙間に入り込み、傷でも見付けようものならそれを抉る。
例え古傷になっていたとしても、元々の傷以上に広げられるのが優秀な悪魔なというのが、知り合い……というのは全力で否定したい顔見知りの悪魔の言だ。
もしかして、あいつなのだろうか。それなら俺について詳しいのも、まあ、頷ける。この嫌がらせ染みた真似も、事実俺への嫌がらせだと思えば。
吸血鬼を使ったのは、誰よりも俺に信じさせる為。吸血鬼が仇であるミナが、自分から用意するとは考え難いし。
なら。二人に意識を向ける。きっと取引はロクなものではない。
一般的な悪魔と話をしたこと等殆どないが、奴の性格が普通から大きく外れているだろうことは確信している。
「……契約は、クインシーを殺した仇の情報よ。代償は私の命と肉体」
「それは」
「勿論、それだけなら私は既に殺されているでしょうね。だから私は期限を決めたの」
どれだけ身を隠すのが上手くても、契約がある以上、人間は悪魔から逃げ切れない。だが、それは悪魔も同じだ。存在そのものが契約に縛られる悪魔は、寧ろ人間より制限される部分もある。
「仇を討てても討てなくても、期限は一年。その間、私が狩る夜族の血肉と魂は、全て彼の餌とすることでね」
……上手いやり方だな。それなら、契約の範囲に含まれる。
Aランクまでいったくらいなのだから、ミナは優秀な"夜狩り"だ。何もしなくても餌は献上される。期限が決められているから、契約不完了で逃げられる心配もない。悪魔としては、これ以上ないくらいの上客だろう。
ミナの性格からして、目立つ夜族を放ってはおかないだろうし、いざとなれば、そこらの夜族を唆して襲わせればいい。成る程、ボロい商売だ。
ミナにとっても、そう悪い条件ではない。一年と期限が付いたからには、一年経たなければ悪魔はミナを喰うことができない。例え、その前にミナが殺されたとしても、だ。
勿論、一年後に魂も肉体もなくなってしまえば、どちらにしても喰うことはできない。一年後の所有権は放棄は覆せないが、代償の保存は契約の範疇に入れられないからな。
不可能なことを、悪魔が契約に取り入れることはできない。これも悪魔の生まれ持つ制約の一つだ。
まあ、そんなもの許したら、契約ではなく一方的な支配になるので当たり前と言えば当たり前だが。
そんな訳で、ミナが捧げる獲物で十分ならそうでもないが、最終的にミナを喰いたいと思うのであれば、多少はミナを守るために動かざるを得ないのだ。
そして、期限を設けることには、もう一つメリットがある。行動によって契約が完了しないということは、その間に契約を破棄することできるということだ。
悪魔から契約を破棄することはできないが、人間からはできる。
人間でありながら悪魔を魅力する者、悪魔以上に滑らかに動く舌で言いくるめる者も稀に居るのだ。もっとも、この場合は悪魔から言質を引き出すことが不可欠であるが。
なので、悪魔との契約破棄と言えば、大体決まっている。最もシンプルな方法、即ち、悪魔の殺害である。
まあ、正確に言うと契約自体は残るんだけどな。しかし、代償を取り立てる側がいなければ、なくなったと同じようなものだ。
なら、何故皆その方法を取らないかと言えば、単純に悪魔に勝てないからだ。悪魔だって、自分を殺せる相手に、そんな人間優位の契約なんて結ばない。
なら、今回のミナの場合はどうだろうか。
相手はミナを軽く殺せる強者か。もしくは、ミナに興味を持った快楽主義の悪魔か。
前者であれば、どれくらいの強さだ。例えば、俺が本気を出したら殺せるレベルか。知った顔の悪魔なら、殺せなくはないと思う。あれは悪魔の中では強い方と聞くし……いけるか?
「ミナ。期限はあとどれくらい残っている?」
「……どういう意味?」
「ホワイト。お前悪魔と戦ったことは?」
「悪魔を連れた精霊術士とやり合ったことはあるが……どうするつもりだ?」
「微妙……とりあえずミナの契約を破棄させる。いいか?悪魔が出たら何も話すなよ。返事もするな」
多分、俺一人の方が余裕なのだろうが、知り合いの命が懸かっているのに、こいつが手を出さないとも思えない。
それなら、最悪の状況を作り出される前に釘を刺しておく方がまだマシだろう。
「ショー、あなた何言って」
「仇討ちの機会は今度の新月にくれてやると言っている。命までくれてやるつもりはないけどな」
「な」
口を開いたまま、言葉を失うミナ。
……何を考えているんだろうな、俺は。
あとどれだけ残っているかは知らないが、少なくとも一年逃げ続ければミナは勝手に自滅する。そうでなくとも、"夜狩り"一人、殺すことなんて訳ない。
なら、どうしてこんなことをしようとしているのか。恩を売れば諦めると思って?んな馬鹿な。夜族よりはマシかもしれないが、人間をそこまで真っ白な生き物ではない。
……復讐をして。復讐をして、仇を討てたのに……死ぬのは勿体ないじゃないか。
悲しくて悲しくて、そのまま生きるには苦しかったから復讐しようと思ったんじゃないのか。悲しみから逃げるのなら、死んだ方がよっぽど早いし楽だった筈だろう。
殺してでも生きたかった理由があるから、生きてるんじゃないのか。
「何なの、ショー。あなた、何なのよっ……!」
「知ってる筈だろ、ミナ。俺は"尊き血"で、"子供狩り"で大量の餓鬼共を殺した張本人」
「首に吸血痕のある半吸血鬼!『血塗れの薔薇』……!」
あ。
『彼が教えてくれたの。弟を殺したのは"尊き血"で、昔、大事件を引き起こした犯人。そして――』
『――首に吸血痕のある半吸血鬼』
「あ」
知ってる。
「は、はっ……」
黒い髪に紅い目。
「はははは……!」
そうだ、俺は知ってる。
力ずくで曲げられた視界。すぐ目の前の首には――
「あははははははははは!!」
――二つの窪み。
「お、おい……?」
「ショー……?」
「……なあ、ミナ」
哄笑を止めた。口の端は、吊り上げたまま。けれど、頭の中は冴えている。
「やっぱりお前に仇は討たさねぇよ」
殺す。
俺が殺す。ぶっ殺す。殺す。殺す、殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
あれは。
「俺の獲物だ」
まあ、冷静とは言い難いがな。あはは。




