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「あー……何つーか、その」
どう切り出せばいいのだろう。いや、声を荒げることはあるが、冷静になろうとはしているようだし、普通に言えばいいのか?
しかし、それは俺の態度がどっちつかずなものだったからというのもあるだろうし……。
限りなく可能性がなくなったからといって、絶対の絶対にしていないか?と年を押されると、断言できないのはある。沈静化したとはいえ、"月狂い"の前科持ちだ。
俺がうーうー唸っていると、痺れを切らしたミナが声を上げる。
「何なの?」
「こいつ、餓鬼には手を出さないんだよ」
「あっ、こら!勝手に言うな!」
俺には俺の考えというものがなぁ!と地団駄を踏みたいところだが、自重する。
くそう、見た目重視でナイフなんか使うんじゃなかった。素手で掴んでいれば、そのままがくがく揺らしてやったものを。
「……何を言っているの。ショーは、『子供狩り』なのよ?」
「だから子供は飽きた。……とは考えない訳?」
まあ、本当にそんな理由ではないが。
大人より子供の方が美味い。性経験のない可能性が高い。吸血量が少なくとも満足できる。いいこと尽くしだ。
吸血の過程を楽しむ性格なら、擬似恋愛に耽ったり、恐怖に顔を歪めるまで嬲ったりする奴もいるだろう。あと、単純に趣味嗜好として熟女好きとか。そういった連中は、大人を好む傾向はある。
とはいえ、生気補給として考えた場合、子供が嫌いな吸血鬼は極めて少ないだろう。
元々の血液量が少ないので、うっかり飲み過ぎた時に死ぬ可能性は高い。だが、所詮は獲物だ。生きている間に一気に飲み干すことはあっても、死なないように気を付ける必要はない。
大体、子供に限らず、生かす方が面倒なのだ。死んでもいいと思って捕らえるのと、無駄な損傷を控えて捕らえようとするのでは、狩りの難易度が違う。
無傷で捕らえたとしても、致死量は個人差がある。食い足りなくても、状態によっては牙を抜かなくてはいけない。後のゴタゴタを避けるために、治癒や精神感応で吸血の痕跡を消す。
こう並べると、普段自分がしていることがどれだけ面倒なのか、という話だ。よくもまあ、何百年も続けられている。
子供が嫌いな訳ではないと思う。糞餓鬼共の相手は御免被るが、餌として見れば美味そうだとは思うのだから。
なのに何故襲わないのか。自分がやってきたことへの贖罪……も、多少はあるかもしれない。間違いないのは、喰いたくないなあということ。喰い殺したくはないなあと思う心。
それはきっと、何かきっかけがあれば簡単に壊れてしまうような、誓いにすらならない程に脆いものだ。自分の命を犠牲にしてまで守りたいものではない。
闇と言うには明るすぎる夜。
乳の匂いがする白い生き物を抱えて走った。
落とさないように。潰さないように。ふにゃふにゃとしたその生き物の温度を。
俺は。
「無駄に悪人面な奴ならまだしも、そんな美少年を大人と間違える訳がねぇだろ」
「……喧嘩売ってんのか、半吸血鬼」
「そもそも原因はテメェだろうが色餓鬼。言わば俺は被害者だ」
「嘘吐け!こっちが死にかけてんのに思いっきり吸いやがって!」
「俺は騙されたんですう。だからお前が悪い」
無様に死にかけていた癖に。もう何もできなかった癖に。唯一自由にできた目は、周りの炎以上にぎらぎらと燃えていた。
殺してやると。化け物共皆殺してやると。質量があるのなら、その通りにさえできただろう強い視線。
か弱い人間の癖に、夜族さえも喰らってやろうとでも言うような。
ぞくぞくした。
その身の程知らずな魂を、打ち砕いて叩きのめして喰らい尽くしたら、どうなるのだろう?
その綺麗な紅い目は、それでも俺を睨み続けることができるのだろうか。
……そして手を出したらクソ不味いし、吸われた顔が餓鬼っぽかったと思ったら本当に餓鬼だったし……。
正直に言おう。後悔した。全力で落ち込んだ。そして冷静に考えた結果、俺は悪くないという結論に達した。
餓鬼の癖にあんな目をしたこいつが悪いのだ。絶対。
息を吐く。腕を下ろし、ホワイトの背中を押した。これで一応、俺とミナを遮るものはない。
ナイフもしまい、軽く腕を広げる。全くの無防備だ。俺がミナだったら即斬りかかっているだろうな。
青い目と目を合わせる。
「あのさ、ミナ。そういう訳で、俺は吸血どころか殺した覚えもない」
「……でも、私は」
「そう、ミナは信じてる。だから教えてくれよ」
ミナの信じた理由を。
こちらを真っ直ぐに見詰めるミナの目が伏せられた。仇である筈の俺を前にして、その隙はどうなのだろう、とは思う。
でもそれが、もしかしたら本当のミナなのかもしれない。
こちらにもわかる程、ミナは深く、深く息を吐いた。
「……彼は、絶対に嘘を吐かないわ」
「契約に縛られた生き物だから?」
「……そうよ。悪魔は決して、嘘を吐けない」
最初の悪魔は、契約から産まれたという。
誰が願ったのか、何を望んだのかは色々な説があるが、よく言われるのは、一組の男女が世界と交わした契約で産まれた、というものだ。
そんな由来があるからか、悪魔にとって契約は全てだ。
産まれることも、糧を得ることも、死ぬことさえも、全て契約と密接に関わっているのだ。
そして、悪魔は産まれた時から世界と幾つかの契約をしている。何故そうなのかは知らない。しかし、悪魔が悪魔として存在する上で切り離せないものらしい。
嘘を口にできない。それは、悪魔が世界と交わした契約の一つである。
なので、人間が自身の欲望を満たそうとする時、最も契約することが多い夜族が悪魔だ。
上手くすれば、一番命令に忠実な夜族なのだ。悪魔は、自ら契約を破ることはできない。
だが。
「悪魔は騙すぞ」
そう、悪魔は騙すのだ。
騙して契約をして、代償を得る。そしてそれが悪魔の糧となる。
吸血鬼にとって吸収率がいい媒介は血液だが、悪魔は物質に左右されない。自身が結んだ契約で得た代償なら、血でも肉でも魂でも、何でもよいのだ。
逆に、契約を経なければ、丸々一人喰っても大して腹が膨れないらしいので、羨ましいとも言い切れないが。
とはいえ、誰だって最小限のリスクで最大限の利益を得たい。子供のお使いレベルで魂が欲しい等と言われても、了承するのは自殺志願者だけである。
ならどうするか。妥協をする手もある。人間と契約し、歴史にちょこちょこ出てくるタイプはこれが多い。
しかし、夜族は夜族だ。人間は餌だ。同族以外も割りと餌だ。餌相手に対等であろうとする者が居るか?
事実を巧みに組み合わせて、全くの別の真実を想像させる。相手の揚げ足を取り、自分に有利な契約を結ぶ。
嘘を吐けなくとも、悪魔が騙す方法はいくらでもあるのだ。
「知っているわ」
「なら」
「悪魔は騙す。でも嘘は吐かない」
そう、なんだよな。
嘘は吐かないのだ。少なくとも、本人がそれを事実だと認識していない限り、口にすることはできない。
予想を立てることはできるが、その場合は断定することができない。それならミナも気付くだろう。
……なら、覚えてないだけで、本当に俺が殺したのだろうか。
絶対に有り得ない、なんて、月狂いの俺には言えないのだ。言える訳がない。




