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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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 急に一日のユニークが増え始めてびくびくしてます。お気に入り登録も十件に。嬉しいのですが少し怖いような……

 ですが、訪問頂いた皆様、ありがとうございます!

 ご期待に添えるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。


 どうすればいいのかな、この状況。

 変わらず剣先を向けられながら考える。


 いや、実際は考えるまでもない。殺すしかないだろう。

 ミナは退かない。精神感応も使えない。正体がバレている以上、周囲に漏らされる前に始末するしかない。


「で、協力者は何人だ?」

「……そんなの居ないわ」

「嘘吐け。半吸血鬼とは言え"尊き血"相手に、一人で来る訳ないだろう。階段を上がったら"夜狩り"が待ち受けてんのか」

「期待を裏切って残念だけど、あなたのことを知っている者は誰も居ないわ。そしてこれからも知る者は居ない」


 ミナの言を信じるなら、ここで口を封じれば全て丸く収まるのか。信用できるかは別として。


「へえ?また嘘吐くんだ?」

「……嘘じゃないわ」

「嘘だよ。嘘ばっかり。どうせ、最初に会った時から俺のこと知ってたんだろ。……ああ、ホワイトもグルか」

「違うわ!クリムは関係ない!」


 一瞬ホワイトに視線を向ければ、すぐに否定の言葉が返ってきた。

 別に、本気でそう思って言った訳ではない。ミナがどう反応するかを見たかっただけだ。


「……仇は知っていたわ。でも、それがあなただとは思ってなかった。あの日あなた達に会ったのは、本当に、偶然なのよ」

「あは、こんなに信用できない言葉、始めて聞いた!」

「……そうね。それでも……あの日の食事は、楽しかったのよ」


 伏せられた瞳に、吊り上げた唇が下がった。

 俺を裏切った女なんて、ヒステリックに髪を振り乱して、言いたいことだけ言って、圧倒的な力で無様に死ねばいいのだ。そう思ったのに。

 これも嘘なら別にいい。けれど、もしこれが本当なら。嗤って引きずり出したものがこれなら。……何だよ、それ。ふざけるなよ。


 顔を上げたミナは、まっすぐこちらを見る。その顔には、激情も、沈鬱な表情もない。

 あるのはただ、俺を見透かそうとする目だけだ。


「どうして、弟を、クインシーを殺したの」


 クインシー、ね。

 五年前というと、別人としてギルドに登録し直した頃だ。


 実は昔もギルドに入って居たのだが、その時は放置していて、気付いた時には二十年以上経っていたのだ。

 流石に諦めて登録し直したが、それまで多少積んでいた実績は全てリセット。地道にギルドランクを上げていた頃である。


 冒険者ランクは強引に上げたが、"夜狩り"ランクは夜族を相手にしないといけないので、そう簡単にはいかない。

 なのであの頃の俺は、来る日も来る日も白骨兵を砕いて砕いて砕きまくってた筈なのだが……。


 人間達に襲われた覚えはある。野党であったり、断罪者共であったり、俺が根刮ぎ白骨兵退治の依頼を持っていくので、仕事が減った"夜狩り"等だ。返り討ちにしてやった。

 しかし、基本正当防衛だと思っているし、最後の連中なら生かして返した。吸血痕があったと言うなら前者なのだろうが……全く覚えてない。


 昔から、他人の顔と名前を覚えるのは苦手なのだ。他人に興味がないからと言われた時には、正直目から鱗が落ちた気分であった。

 例え名乗られていても、相当印象深い出来事がなければ、俺の記憶に残っている訳がない。……何が言いたいかと言えば、質問に答えることも、殺してないとも言えないと言うことだ。


「紅薔薇……お前、本当にミナの弟を殺したのか」

「覚えてない」


 嘘を吐いたところで、ミナが信じるとは思えない。それなら、はぐらかして激昂させるか、正直に話すかだ。

 ……ここで後者を選ぶとは、自分で思っていた以上に、俺はミナのことが好きだったのだろうか。


「…………そう」


 しかし、わざと怒らせようとしなくても、興奮させるのに十分な言葉であった。

 ミナもそれはわかっている筈なのに、その瞳は凪いだまま。


「……でも、私は彼を信じるわ。ショー」


 剣を持った手を僅かに引く。納めるためではない、次の行動に移す為。


「いくわよ」


 薄い金色の髪が揺れた。




 こちらに向けられる剣を、短剣とナイフで捌く。


 高ランク"夜狩り"の持つ武器である。きっと純銀。そうでなくとも、腕の一本でも落とされたらまずい。

 どれだけ化け物染みた再生力があるとはいえ、夜族を生物だ。血が流れすぎれば死ぬ。腕くらいなら頑張れば生やせるが、心臓を潰されたり、首を落とされたりすれば死ぬ。


 これまで戦ってきた人間の"夜狩り"の中でも、間違いなくミナは強い分類だ。剣だけなら、ホワイトより強いんじゃないか?

 精霊術を使ってこないのが、あまり得意でないからならいいが、切り札として取っているのであればまずい。

 その可能性がある以上、迂闊に距離を開けることもできない。もっとも、その距離を開けることも難しいのだが。


「この程度なの?」

「半吸血鬼に無茶……言うなっ!」


 降り下ろされた剣を止め、その隙にこちらの胴体を狙ってきたもう一本を払った。

 腕が開いて空いた足を蹴り飛ばそうとすれば、僅かに下がることで躱される。舌打ち。やはりリーチの差というのは大きい。


 空振った脚に体勢を崩したと取ったのか、切断しようと刃が走る。

 勢いを殺さないまま脚を振り抜き、俺は入れ替えた軸足、その厚い靴底で剣を滑らせた。そしてミナが手を離す暇を与えず、靴底に引っ掛けた刀身を思いっきり踏みつける。


 がきん、と硬質な音が地下室に響いた。済んでのところで手を離されたらしく、肩は持っていけなかったが、石の床に叩き付けられた銀剣は折れ、先程の半分程になっている。

 残り一本。距離を詰めたかったが、牽制しつつ退かれて失敗する。


 あっぶねぇえええええ!良く動いた俺の脚!

 素材が魔獣なので、ブーツの上からなら切断までいかなかっただろうが、薄く鞣した革に銀の波動は防ぎ切れなかっただろう。持つべきものは厚い金属底だな!


 短く息を吸う。できればのんびり深呼吸でもしたいのだが、そんな暇は与えてくれないだろう。それでも、頭に酸素が回ったことで余裕が出てきた、気がする。


 思っていた以上に、新月の影響が出ているな。いや、新月に限らず、状況が悪過ぎる。地下室は狭くはないものの、戦闘には足りない。

 適当に抉った右手が、また痛み出した。こんなことになるとわかっていたら、もう少しちゃんと肉を落としたというのに……後悔先に立たずである。


 絶体絶命の大ピンチ。言葉は軽いが、強がりであるのは自覚している。

 今この場において、俺は狩られるべき獲物。――獲物?




 誰がだ。俺がか。

 どれだけ足掻こうとも、圧倒的な力に蹂躙され、絶望し……そして恍惚に逃避して、まるっきり意味もなく死んでいく生き物?


「ふ、ふふ……あっ、はぁ……!」


 首が疼く。


 "月狂い"と恐れられて、半吸血鬼と侮られて。命を、血を肉を狙われる度に、殺して、喰って、屍と灰と骨を積み上げてきた俺を?

 狩るのだと、殺すのだと、そんなことができると思っているのだろうか。


 ――人間如きが。




「お前は、美味そうだ」


 にっこり笑う俺に、女は眉を寄せた。

 普段は何だって食べるが、俺は美味いものを知っている。記憶はなくとも、十八年における美食生活は俺の舌を丸々と肥えさせた。

 歳が過ぎているのは仕方ない。産まれたばかりの赤子や生まれる前の胎児と比べる方が酷だろう。


 五年。俺の生きてきた刻からすれば僅かな時間かもしれないが、人間にとっては長いだろう時間だ。

 その間、変化を恐れ、復讐に囚われてきた心。それはきっと、老いることを拒んだ命。


「弟と同じように喰ってあげる」


 荒れた唇を、舌でなぞる。




 その血はきっと、滴る蜜より甘い。






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