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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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 気を取り直して、屋敷の探索を続ける。

 居間、寝室、書斎、客室、食堂……いや待て、これだけ探して何故居ない。

 自分から扉を開けたのだから、会いたくないという訳ではないと思うのだが……おちょくってんのか?


「どう思う?」

「時間稼ぎ……なら、そもそも招かないか」

「痺れを切らした俺達が、個別の行動を取るのを待っている……にしては、何もなさ過ぎだろ」


 分断させるつもりなら、あちこちで問題を起こして行かざるを得ない状況を作らなければならない。

 吸血鬼なら下働きとして人間やら蝙蝠やらを半吸血鬼にしていることが多いので、手足には事欠かない筈なのだが。


「ああ、でも、生活してる様子はないんだよな」


 吸血だけ行っていれば生きていけるが、吸血鬼になる前の習慣に縛られている者や、上流階級の人間を真似する者も多い。

 例えば寝室のベッドメイク、例えば厨房の使用。そのどちらも、埃やら蜘蛛の巣やらが主張していた。

 人間の習慣には興味ない連中も居るが、ここまで汚い塒を放置するだろうか。


「つか、普段どこで寝てんだろうな。……あ?」


 すぱん!


「……どうしたの?」

「いや、蚊が」


 手袋と袖の僅かな隙間に止まるとか、器用な奴である。蚊を視認した俺は、高速で叩き潰した。

 しかし遅かったようだ。


「くっそ吸われてやがる……」


 手袋を見れば、白い生地に一つだけ目立つ紅い点。原因は間違いなく、ぴくぴくと足を動かす蚊の残骸だろう。

 吸われたことに気付くと、途端に痒くなってきた。夜族の体質ならすぐ治まるが、人間の頃に経験した痛痒感は如何ともし難い。吸われたら痒いと頭が理解しているからな。


「もしかして、吸血鬼の半吸血鬼か?」

「へ?……あー、どうだろう。違うんじゃね?」


 あまり虫を半吸血鬼にしたという話を聞いたことはないが、その可能性もあったのか。同族の感覚はなかったが、小さすぎてわからなかっただけかもしれない。

 もう血が付いてしまったので、汚れることは諦めた。生地にこびりついた残骸を摘まみ、止めを刺すように磨り潰す。

 灰にはならなかったので、普通の蚊だったようである。半吸血鬼を狙うとは、目の付け所がいいのか悪いのか……。


「話は戻るんだけど、ここの吸血鬼、昼間はどこで寝てると思う?」

「……どこか、隠し部屋があるのかもしれないわね」

「でかい屋敷とはいえ、部屋と部屋の隙間にある空間は限界がある。外から見た高さと二階の天井にはそれ程差はない。ということは」


 全員の視線が床に落ちる。




「暗いから足元、気を付けて」

「ありがとう」


 今度は隠し扉を見付ける為に屋敷を回り直した。書斎の絨毯をひっぺがし、地下への扉を見付けた時には、手袋が埃まみれになっていたのは言うまでもない。

 流石にこの状況では手を差し出せないので、注意だけに留める。


 階段はまっすぐではないのか、先が見えない。それに意外と長い。

 入り口近くの壁にはランプが掛けられているが、扉をを開けているとはいえ、密閉された空間で火は使いたくない。

 精霊灯の僅かな明かりを頼りに、夜目が利く俺、ミナ、ホワイトの順で階段を下りていく。


「あっ……!」

「ミナ?大丈夫――――っ!!」


 迸り掛けた悲鳴を押し殺す。ミナを突き飛ばす形になってしまい、今度は後ろ側に体勢を崩したミナをホワイトが支えた。

 それを何とか確認し、ミナを支えた筈の右手を握り締める。痛みは増したが、飛び掛けた意識が戻ってきた。


「ごめん、ミナ……怪我は」

「え、ええ、大丈夫よ。私こそ、ごめんなさい」

「暗いのはわかっている筈だろ。気を付けろ」

「クリムも、ごめんなさい……」


 ミナを責める赤毛を殴りたいが、生憎その余裕がない。心臓が脈打つ度に、背中をじっとりと嫌な汗が伝う。掌が、熱い。


「紅薔薇?どうした」

「いや……ミナ、何か骨押しちゃったみたいだけど、本当に大丈夫だった?」

「……ああ、骨じゃないわよ。これ」


 そう言ってミナが取り出したのは、鎖にの付いた丸い塊。

 ロケット、か?いや、重要なのはそれではない。俺にとって問題なのは、それが銀……それも恐らく純銀であることだ。


 眉を顰めて俺を見るホワイトと目が合った。俺が銀に触ったことに気付いたらしい。

 確かに俺の不手際だったが、ムカつく。


「それ……ロケット?」

「ええ。……弟の写真が入っているの」


 姉馬鹿よね。なんて笑われても、事情を知っている身としては笑えない。

 普段なら知らない振りくらいはできるが、じんじんと痛む掌が、俺の余裕を削いでいく。

 あまり……いい傾向では、ない。


「クリムは知っているのだけど、私、弟を吸血鬼に殺されているの」

「……そう、なの、か」

「今夜倒す"尊き血"が……その仇なの」

「…………え?」


 仇。

 驚いてホワイトを見る。奴も知らなかったらしく、ミナを驚いて見ていた。


「仇は"尊き血"だったのか……!?……いや、そもそも何故断言できる?」

「彼が教えてくれたの」

「彼って……情報をくれた……?」


 吸血鬼の情報を持っていたのは、まあ、そういうこともあるかもしれない。不審な依頼の吸血鬼とミナの仇が同じ?現実には時々恐ろしいくらいの偶然も起こる。


「ミナ、本当だとしても、何でそいつがそんなこと知っているんだ。お前とそいつはどういう関係だ」

「……それは言えないわ。でも彼は嘘を吐かない」

「だから何故そう言える!?」


 怪しいのはわかっていた。それでも来たのは、まだ何とかできると思っていたからだ。しかし、幾らなんでも、ここまで出来過ぎているのはおかしい。


 退いた方がいい。退くべきだ。新月とはいえ、相手は"尊き血"。

 ミナが居る以上、本気も出せなければ皮を剥いで肉を抉れない。銀の傷は周辺の肉を除去しなければ、悪化することはあっても自然治癒は有り得ない。


 ミナの実力がわからないし、相手が仇ということで冷静ではない。まともに戦えるのはホワイトのみ。こちらの戦力は、実質的には二人以下。

 駄目だ。強行しても無駄死にする未来しか想像できない。


「……退こう、ミナ。俺達だけじゃ」

「やっと見付けたのよ!?五年、五年探してっ、やっと……!」

「ミナ、自分が冷静じゃないことくらいわかってるだろう」

「なら、あなたは冷静で居られたの、クリム!冷静に、仇の吸血鬼を狩れたの?」

「それは……」


 口籠るホワイト。これは奴に分が悪い。激情のまま突っ込んでいったホワイトは、仇を打つどころか、実際死んでいてもおかしくなかったのだ。

 今ここに居るのは、生まれも含めて、夜族さえも巻き込む悪運の結果だ。実力ではない。


「ミナ……仇討ちは手伝う。だが、今日は止めた方がいい。今度の新月、万全の準備を」

「その日まで居ると保障できる?それまでに人が襲われないと保障できる?ショー、あなた逃げるの?」


 感情が高ぶっている為か、普段の余裕がない。予想もせずミナに責められ、俺は言葉を失ってしまった。

 その間に、ミナは俺を壁に押し付け先に行ってしまった。

 は、と気付く。


「ホワイト!」

「わかってる!」


 今のミナを一人で行かせてはいけない。放っておける程、どうでもよくも嫌いにもなれて居ないのだ。


「やばいと思ったらミナ連れて出ろ」

「ああ」


 俺の夜の血を知っているので話が早い。

 今の内に掌を傷付ける。走りながらなので、上手く抉れない。

 舌打ち。それでも先程よりは大分マシになった。取り敢えずはいけるだろう。


 光が見えた。あれが隠し部屋か。

 速度を緩めることなく駆け込んだところで、


「ああああああああああ!!」


 断末魔の悲鳴が響いた。


 細身の身体から生えるのは、銀の刃。

 やがて刃が抜かれ、倒れる身体は床に着く前に灰になった。


「ミナ…………」


 俺の呼び掛けに、ミナは剣を握ったまま振り返った。




 傷一つなく、艶やかに微笑む女は美しい。






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