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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
序章
5/161

5

軽く暴力表現ありです。


 死んだか。


 身の程も弁えず、先に手を出したのは赤目の男。

 入念な準備を行い、幾重にも罠を仕掛け、万一にも失敗がないようありとあらゆる状況を想像したにも関わらず、この有り様だ。

 聖水は尽きた。銀の刃は折れてその辺りに転がっている。そして炎は、唯一の獲物を逃がさんと勢いを増していた。


 ぱちりぱちり。木の燃える音。


 このままでは自分も巻き込まれるだろう。そう思い、踵を返したところで……夜族の聴覚はその声を拾い上げた。


「……してっ……ぁ…る……」


 振り向けば、こちらを射貫く赤。

 憤怒に染まり、炎に照らされてギラギラと輝く、赤。


 綺麗だな、と思った。強く、美しい、赤い目。

 切れた唇が言葉を紡ぐ。


「こ、ろしてやる……!」


 化け物共め……!


 ぱちりぱちり。瞬きをする。


 その下の肉ごといくつも穴の空いた黒い衣服。少しずつ色が濃くなっていくそれに、男の命が尽きていくことがわかる。

 聖水も銀の刃も炎も、もう何一つでさえ男を守るものにはならない。

 ぼろぼろで、死に向かうみっともない姿だ。それでも。


「血を寄越せ」




 その赤は好みだったのだ。







 "純粋なる吸血鬼"は満月の夜に産まれる。

 産まれるのは千年に二、三人。自然発生する吸血鬼の中で最も尊く、最も強い、月の愛し子。

 何百年も生きた吸血鬼でも、実際に顔を合わせたことがないというのも珍しくないという、至高の存在。

 誇りある吸血鬼ならば、一目で畏れ、敬い、焦がれる。別格なのだ。"純粋なる吸血鬼"とは。

 その怒りをもし買ったのならば。


「もっとも、俺が死んだところで、セレネは眉一つ動かさないだろうがな」


 何せ半吸血鬼だ。あれは俺の夜の父ではない。俺はあれの夜の子ではない。

 俺の呟きに、吸血鬼は安堵を隠しもせずに息を吐いた。頭は足りなくても、流石に"純粋なる吸血鬼"を敵に回すつもりはないらしい。


「そう。そうよね。"純粋なる吸血鬼"だもの、奴隷一匹殺したところでなんの問題もないわよね」

「まあ、そうだな」


 割りと初めから思っていたが、この女、口調がころころ変わるな。口調も服装も似合わない訳ではないが違和感がある。よく居る吸血鬼デビューしてしまったクチか。

 周りに箱入り娘や箱入り親父が居るからか、無理して頑張ってる奴を見ると何だか可哀想になってくる。


「ふふふ……お遊びはこれまでよ」


 俺は眉間を揉んだ。吸血鬼は性質から能力から名前まで厨二設定の塊なのに、これ以上変な設定増やすなよ頼むから。

 先程の名乗りだって、そんな決まりがあると知らなかったら、いや知った後も本当はやりたくなかった。

 勿論理由は名前にある。


 吸血鬼の名前は呼び名・性質・血統で構成される。

 自然発生する吸血鬼の場合は、性質を称号と言うこともある。

 "月僕"ならナイトメアが称号になるし、俺は場合はピールがそれに当たる。ちなみに元人間は性質なしとなる。


 そこまではまあいい。問題は血統だ。

 誰が決めたか知らないが、何故か血統は一語+植物の名前で付けるのが定番らしい。どんな罰ゲームだ。

 基本的には夜の父もしくは母と同じ血統を名乗ることになるが、親によっては新しい血統、更に稀だが新しい呼び名を付けることもある。

 俺のブラッディローズも大概だが、ラズベリー・スイートスイートピーという冗談みたいな名前を付けられた男に比べればマシである。

 腹抱えるくらいならまだしも、本人を目の前に指差して笑うなんてことが本当にあるとは思わなかった。そんな経験は後にも先にもあの時だけである。


「余所見をしている余裕があるのかしら?」


 余所事考える余裕もある、とは流石に口に出さなかった。

 女は空いている指先を口元まで持っていき、艶やかな牙で切り裂いた。

 流れる鮮血は、けれど重力に逆らい女の掌の上で形を変える。


「私の"疾風の舞"を防いだ者はいなくてよ」


 目眩がした。


 翼が風を掴み損ね、体勢が崩れる。慌てて高度を戻したが、早鐘を打つ心臓はなかなか収まりそうにない。

 今聞こえたものは何だ。技名?技名なのか?しかも疾風の舞?疾風の舞ってお前。

 この胸の奥から込み上げる気持ちは、どうすれば。

 俺の様子を見て、女は嗤う。


「今さら後悔しても遅」


 ぱあん。


「くてよ」

 

 乾いた音と共に扇が弾け飛ぶ。宙に舞った羽は四方八方に散らばり、やがて血に戻って森に降り注いだ。

 女は不思議そうに自身の手を見ている。

 阿呆か。


 「一体何が」


 ぱあん。


 雨が降る。

 紅い、紅い、血の雨が。


 煙は出ない。薬莢も出ない。

 装弾することはない。撃鉄を起こす必要もない。

 銃のような形をし、銃のように弾を撃ち出し、けれど俺の武器は銃ではない。

 俺の血は、銃などではない。


「っ、あぁああああ!?」


 森に女の悲鳴が響く。

 肩ごと翼を貫いた弾は、皮膜を破り神経を傷付けた。片翼では体勢を整えられなかった女は、出鱈目な軌道で落ちていった。


 肌理細かな肌も繊細なドレスも、枝葉に裂かれれば見る影もない。

 しまい損ねた翼は、墜落した際に折れたのだろう。通常なら有り得ない形で皮膜が弛んでいる。

 葉が絡まる巻き毛の隙間から覗くのは、苦痛に歪む顔。

 よく見えないので前髪を掴んで持ち上げた。ぶつりという音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


「隙だらけの相手を攻撃してはいけない、なんて」

「あ……あ、ぅ……」

「そんなお約束。誰が決めた?」


 好機なんて何度もくれてやっただろうに。

 女の血と土で汚れた顔に、恐怖が浮かんだ。

 先程よりは少し、好みかな。


「な……なに、何、なに……!?」

「俺の武器か?それなら銃という飛び道具だ。……ああ、それとも俺の"夜の血"か?俺の血は」


 "夜殺し"だ。


 人間の考える吸血鬼の弱点はほとんど出鱈目だ。好き嫌いや個人差はあるものの、にんにくは食べるし聖歌も歌えるし、十字架の装飾品は若い連中に人気だ。聖水を浴びたり日光に当たれば確かに皮膚が灼けるものの、防ぎやすい類いである。

 だが、噂には真実も混じる。吸血鬼だけでなく、夜族全般に当てはまる弱点。


 一つは火。炎とは浄化である。ありとあらゆる生物の老いを、死をもって止める。 そしてもう一つは銀。金属としては酷く脆いそれは、生気を吸収し、変質させる力を持っている。人間であれば生命活動においてそれほど生気に依存していない為、日常生活で使用しても特に問題はない。

 しかし、人間に比べ強大な力を持つ夜族は、存在するだけでも生気を必要とする。夜族にとって、生気を奪われることとは命を奪われることに等しいのだ。その為、人間は銀を夜族から身を守る防具や武器として使う。

 夜族も人間も動物も植物も、差別なく区別なく等しく終わらせる火と比べ、銀をこう呼ぶこともある。


 夜族のみを殺す力。

 即ち"夜殺し"。


「そんな……そんなっ……!」


 女の顔が絶望に染まる。銀で傷付けられた傷は、そう簡単に治らない。

 そして、手負いのままでも逃げられるほど、俺は優しくない。

 ただ唇を震わせている女が、何かに気付いたように目を見開いた。


「っ……私はアレクサンドル・ナイトメア・ブルー」

「聞こえないな」


 名乗りを挙げようとした口に銃を突っ込む。その際遮る何かを折った気がするが、きっと気のせいだろう。

 頬の傷に唇を寄せる。舌で舐めとった血は、思っていたより美味かった。




 でもまあ、好みではない。






主人公のチート出ました。

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