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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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 荒れた屋敷は、一歩踏み出す度に埃を舞い上がらせる。湿度が高いのにこれとか、やる気が失せる。

 生地が良かったのだろう、埃だらけではあるものの、無事なカーテンが多い。その為、屋内は見通しが利かない暗さだが。

 精霊灯を出して、目に付く範囲のカーテンを開けていく。


「全く躊躇なしね」

「向こうが手ぶらなのに、精霊灯持って戦うの嫌だし」


 それに、隠密行動ならまだしも招かれたようなものだ。屋敷の侵入に気付かれている時点で、大人しくする理由もない。

 曇天では大して光も入ってこないが、これくらいあれば人間の目でも何とか見えるだろう。


「一番楽なのは、屋敷ごと燃やすことなんだけどなー」

「住宅区でできるわけないだろ」

「吸血鬼が居るかもまだ確認できていないのに」


 俺の案は精霊術を使えるだろう二人に即却下された。言葉から何となく想像できるだろうが、多分二人共焼いたことあるな。


 密閉された空間に精霊は少ない。夜族が塒にしていればもっと少ない。精霊術に特化している"夜狩り"にとって、それは致命的だ。

 その場合によく使われるのが焼き討ちである。夜族から離れてうろうろする精霊達をけしかけ、塒を炎上させるのだ。


 これのいいところは、上手くいけば対峙せずに夜族を仕留めることができるところだ。駆け出し"夜狩り"の殆どはこれで依頼をこなす。

 勿論、焼き殺されず出てくる夜族も居る。消耗していればしめたもの。そうでないにしても、出てきたところを仕留めればいい話だ。


 重要なのは、如何に夜族の優位性を覆せるか、だ。銀武器を使うのも新月を狙うのもその為である。

 わざわざ相手の土俵で戦ってやる意味はない。……もっとも、俺にとってもいい状況ではないが。


 吸血鬼より影響は少ないとはいえ、やはり力が減退しているのは感じる。

 ミナに正体を隠す必要上、堂々と"夜殺し"を使う訳にもいかないしな……まあ、いざとなったらホワイトを目眩ましにすればいいか。

 切り札の存在は匂わせているので、知らない武器が出てきても驚くことはないだろう。


「さて、どこから回る?手分けするか?」

「いや……相手の力がわからない以上、非効率でも固まっていた方がいい」

「……そうね、今回の相手は"尊き血"だもの」

「は?……おい、ミナ。それは確かなのか」


 虚を衝かれたホワイトは一瞬目を丸くし、しかし剣呑に細められた。問い質す声は低い。

 ミナに詰め寄る様子は、悪人面と相まって犯罪臭がする。殴り飛ばしたいと思うが、気持ちはわからなくもないのでどうにか拳を下ろす。


 "尊き血"とは、まあ、一つの区切りみたいなものである。

 年齢と力が比例する吸血鬼にとって、長い年月を生きたということは一種のステータスなのだ。その自慢できる年齢が大体五百年。

 それは、生まれつきの吸血鬼も元人間の吸血鬼も、半吸血鬼でさえも変わらない。もっとも、力で劣る半吸血鬼がそこまで生きることは稀だが。


 ちなみに、"尊き血"は産まれてからの年齢なので、吸血鬼になってから五百年経っていなくとも"尊き血"と呼ばれる。多分この言葉が作られた頃には、生まれつきの吸血鬼以外はすぐ死んだから、とかが理由じゃないかなぁ。


 実は俺も十数年前から"尊き血"と名乗っていいのだが、いちいち自慢するのもダサいので公言していない。

 それでも歴史を少し学べば俺の年齢を想像できる筈なのだが、俺のことをそこらの半吸血鬼と一緒にする吸血鬼が多いのは何故だろう。人間と違って、お前ら俺の名前知ってんだろ?


 まあ、いいか。そういう訳で、"尊き血"と言えば、数百年と言うより余程強さの指針がわかりやすいのだ。

 例えるならそうだな……とりあえず、Aランクが何人か必要レベル?勿論頭には、最低でも、と付くが。


「誰から聞いた」

「……ごめんなさい。情報の提供者は言えないの」

「信用できない。ミナ、情報の是非じゃない、わかるだろう」

「ええ……でも、お願い。信じてクリム。私は吸血鬼を倒したいだけなのよ」


 質問と言うより責める、と言った方が近いホワイトを真っ直ぐ見るミナ。

 ある意味修羅場が目の前で繰り広げられていた。


 ……はあ。静かな空間には、俺の溜め息は大きく響いた。


「なあ、ミナ」

「……何、ショー」

「ミナはその相手のことが言ったことを、信じられるか?」


 視線をホワイトから俺に移したミナは、考え込むように口を引き結んだ。こんな時になんだが、指でなぞりたいくらい、薄い唇は形がいい。


「……ええ、彼は嘘を吐く人間ではないわ。この屋敷には間違いなく、"尊き血"が居る」

「相手が"尊き血"なら、準備が足りないと思うけど」

「けれど、今日を逃したらまた一月近く、その吸血鬼は野放しになる。この機会を逃す訳にはいかないの」

「死ぬかもしれない」

「……ごめんなさい。二人は戻って」


 視線を下げるミナ。

 正直、この件に関してはミナに非がある。可能性の段階でも"尊き血"ということを伝えなかったのは、同じ依頼に携わるものとして許せるものではない。


 ホワイトの言う信用できないとはそういうことだ。相手がどんな夜族であろうと、俺達は命を懸けている。その命に関わることをはっきりさせられない相手は、信用に値しない。


「戻って?それでミナはどうする?」

「……一人でも、戦うわ」

「そうか」


 じゃあとりあえず、どこから回る?

 俺の言葉に、ミナは目を見張った。何か驚くことなんて言ったっけ?


「ショー……あなた、何で……」

「何が?」

「だって……私……」

「あのさ、ミナ。この間も言ったと思うけど、ミナが好きだから来てんだぜ?」


 普段以上にやる気の出ない新月に、わざわざ厄介事に首を突っ込んだのは結局これだ。

 でも何でこんなにミナのことが気になるんだろうな。まだ出会ったばかりなのに。


「好きな人が一人で戦うって言ってんのに、逃げるような奴に見える?そう思ってんなら甘いな」


 俺より少し高い位置にある頬を、掌で包む。あ、手袋外すの忘れた。今日は白手袋なので許して欲しい。


 ミナの青い目に俺が映っている。


「なあ、ミナ。戻って、なんかじゃなく、一緒に来て、と言えばいい。それとも、俺が来るのは嫌?」


 目の前の瞳が揺れた。引いた方がいいかと思ったが、このままでいこう。……いくら何でも、図星の揺れじゃないよな?

 ミナの目をじっと見詰める。"魅力"が使えないので、今の俺に使えるのは真剣さだけだ。


「ミナ」


 長い睫毛が下ろされ、瞳が隠される。扇のようなそれを暫く眺めていると、やがてゆっくり持ち上がった。


「ショー……」

「うん、なあに?」

「……一緒に……来て、くれる?」

「勿論さ、愛しい人」


 泣きそうに歪んだ顔は、すぐに背けられた。流石に、この流れでまじまじと顔を見るような無作法はしない。

 一緒に行くよ。だって、君の笑顔が見たいから。


「……なあ、お前等俺のこと忘れてないよな?」


 …………。




 まずはあいつを始末するか。






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