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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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 あまり美味くも食いでもない血を量で誤魔化し、一応腹が膨れた俺は古本屋で立ち読みしていた。

 図書館でも良かったのだが……勿論、古代図書館ではない。大衆的な娯楽も置いてある、一般の図書館だ。サフィルスには図書館が多い。

 入館料はそれほど高くないが、朝から居ても昼から居ても同じなら、少しでも長く居たいのが人情と言うものである。ケチ臭い?経済観念が庶民派と言ってくれ。


 別に買ってもいいのだが、旅に本は邪魔だ。街を出る前に売る手間がなぁ。

 かといって、借りたら借りたで返せなくなったことがあったので、貸本屋も敷居が高い。弁償ができる本だったのがせめてもの救いだったが、弁償さえすれば許される、というものでもないと思う。


 なので、色々な本をぱらぱら捲っては、これではないなと首を傾げつつ棚に戻している。きっと店主はこういった小芝居には慣れていることだろう。


 適当に視線を巡らせていると、一冊の本が目に入った。

 黒い地には、銀文字でこう書かれている。『血塗れの吸血鬼』……血塗れなら赤文字の方が良くね?


 内容は吸血鬼が暴れて最終的には"夜狩り"に殺される、というものらしい。

 ありきたりと言えばありきたりの三流小説だ。寧ろ四流以下かもしれない。

 特に吸血鬼描写が酷い。何で巷の噂全部取り入れているのに、何で一般人が恐れ戦いてんの?日光浴びたら灰になるのに、満月の夜に戦いを挑む人間達って脳味噌溶けてんの?


 ここまで来ると、知らなかったのではなく、わざとやってる感が強いが、これは読み物としてないわー。夜族がもっと身近だった昔で出したら失笑もの……逆にウケそうだな。

 身近と言っても、仲が良かったという訳ではなくて……いや、一部ではそういう場所もあったらしいが、夜族が派手に暴れていた時代の話である。


 "獣人の狂い月"、"トーレンの惨夜"、"子供狩り"、"悪魔公の花嫁探し"等々、現在の歴史上、夜族が起こした大事件の殆どは何百年も昔の物ばかりだ。今も詳しい状況を知っているのは、夜族と長命な亜人だけだ。

 人間達は、与えられた理不尽に恐怖し、本当の意味で何が起こっていたのかはわかっていなかっただろう。夜族が自分達を殺そうとしている、それだけ理解していれば良かったのもある。


 手紙に書いてあった吸血鬼は、そんな時代も生きてきたのだろうか。

 やんちゃするのは大抵若い吸血鬼だが、昔を懐かしんで自由に欲望を満たす奴も、まあ居る。力と経験がある分、厄介さは段違いだが。


 相手が力ある吸血鬼とは書いてあったが、何をして現在に至ったのかがわからない。私怨か、それとも俺がサフィルスから離れている間に暴れていたのか。

 後者だとすれば、街に緊張感がない。これは、"夜狩り"ギルドに顔を出せば一発なのでいいとする。


 それに、どうやって特定したのかも疑問だらけだ。何百年も生きているとかそれ自己申告だろ、どうやって訊いたんだ?と思うし、塒の場所だってそうだ。

 そこまでできる実力はあるのに、外見等他の情報は寄越さないところ等、呆れてものも言えない。


 店主の咳払いが聞こえる。流石に長居しすぎたようだ。

 日も暮れてきたし、夕食でも食いに行くか。生気は足りているので、今度は味覚を満たそう。




「あら?ショーも来ていたの?」


 聞き覚えのある声に、片手を上げる。咀嚼中なので返事ができないのは勘弁してほしい。

 相席してもいい?という言葉には、手振りと笑顔で答えた。だが赤毛、テメェは駄目だ。

 もぐもぐもぐ。ごっくん。


「やあ、ミナ。こんなところで会えるなんて偶然、いや、もしかしたら運命なのかも」

「そもそもこの場所教えたのはこいつだろ……ッ!」


 勝手に座った癖に余計なことを言う赤毛の脚を蹴り飛ばした。悶絶する様子を見ると、相手が赤毛でも飯が美味くなる気がする。


「ふふ、仲がいいのね」

「俺とミナが?でももっと仲良くなりたいな!」

「私はサイダーを頼もうかしら。クリムはどうする?」


 くそう、振られてしまった。しかし、若い娘相手とは違うので、これはこれで楽しい。大人の余裕でごろんごろん転がされたい。

 天気が悪かったので、この間に比べれば客が少ない。酒の入ったグラスはすぐに来た。


「俺とミナの再会にかんぱぁい」

「お前な……」


 呆れた顔をする悪人面は無視。そんなやり取りをミナはにこにこ見ている。ちゃっかり海老を摘まんでいるところは、少女のようで可愛らしい。ギャップ萌え。

 次に、俺の前にある皿を見て、首を傾げる。だから可愛いって。


「あら?こんなメニューあったかしら」

「今日のおすすめボアジンジャー。多分昨日俺が蹴りまくった連中」

「何してんだお前」

「ぼろ儲け?」


 マシュー宅で魔猪はたくさん食べたが、ライスとの組み合わせはなかったので、つい。粘りけが弱くとも、やっぱり米は美味い。主食の王様だって絶対。


「Aランクなのに、魔獣退治もするの?」

「冒険者ランクはCだからな。それに、村人は魔獣が売れて万歳、俺は財布が暖まって万歳。皆幸せになるんだから、ランクとかどうでも良くね?」

「……そう、かもね。でもあまり下位ランクの依頼を請けすぎると嫌われるから、気を付けるのよ?」

「はーい!心配してくれてありがとな」


 にっこり笑って首を傾ける。中々庇護欲を擽る角度だと思うのだが、ミナは苦笑していた。


「そういや、何で二人は一緒に?」

「うーん、ちょっと気になることがあって」

「ミナ、もしかするとこいつにも来ているんじゃないか?」

「え?……でも、そうね。確かにショーなら……」

「えっ?何が?」


 二人で納得しないで欲しい。一応俺も話題の筈なのだが、何だろうこのアウェー感。何この二人の世界。

 ボアジンジャーを口に入れる。出された時は、弾ける脂の甘さに生姜が利いて美味かったのだが、もう冷め始めている。脂っけー……味きちー……しかし頼んだからには残さん。

 俺が肉と共に米を掻き込んでいると、赤毛が話を振ってきた。


「紅薔薇。お前、手紙は届いたか」

「ふふふん?…………手紙?」


 口を開かずに問い返したら呆れた顔をされたので、急いで飲み込んだ。歯茎に違和感があったので、口を隠して問い返す。

 とはいうものの、今思い浮かぶ手紙はあれしかないだろう。


「依頼書……なんだろうが。それにしては怪しすぎるんだよな」

「本当にねぇ。ショーは知らない?赤い薔薇の蝋封がされた、吸血鬼退治の手紙よ」

「ああ、確かそんなの来てたな。で?何が怪しかったんだ?」


 今の俺の言い方だと、手紙は知っているが内容は知らないととも取れる。ミナもそう受け取ったのか、顔をきょとんとさせた。


「お前、いつ手紙を受け取ったんだ?」

「今日こっちに戻ってきてからだが?寝て起きてまた寝ようとしたら宿の従業員に」

「怠惰……」

「うっせー。一昨日から纏まった睡眠取ってなかったんだよ」


 不眠不休でも身体は動くが、精神の疲労は如何ともし難い。俺自身眠ることが好きなので、暇があるのなら眠っていたい。


「おい赤毛、内容を簡潔に纏めろ」

「はあ…………三日後の夜、ある屋敷に居る吸血鬼を退治して欲しい。前金は金貨一枚。依頼人は不明」

「そりゃまた随分と……つか、何で俺らに?」

「高ランク"夜狩り"だからと書いてあったけれど……」


 俺に届いたものと中身は同じようだな。別に忘れていたから訊いた訳ではない。ちょっとした確認だ。

 とりあえず、あの手紙が俺にのみ宛てられた訳ではないということはわかった。なら、俺関係の厄介事である可能性は少ないだろう。胡散臭いことには変わりないが。


「で?請けんの?」

「そのことについて話そうと思ったんだよな」

「正直遠慮したいのだけど、前金が入っていたから……」

「返したくても依頼人がわからない。送り付けられたものとはいえ、後味悪いよな」


 同じくだ。三日後、指定された場所に行かなければ何らかのアクションが返ってくるかもしれないが、確実とは言えない。その場合、こちらに残るのは金貨と罪悪感である。


 そんなこと知るか、と言える性格なら寧ろ良かったのだが、高ランクになるような奴はそうまでして金に執着しない。普通に依頼を受けていれば、一般人が一生暮らせる分くらいは稼げるのだ。


 それをわかっている上で金貨を入れてきたと言うのなら、相当性格が悪い。


 三人の間に沈黙が落ちた。溜め息を吐く変わりに、オレンジの果汁を飲む。


「……依頼、請けようかしら」


 ぽつり、とミナが呟いた。


「本気か?」

「長命の吸血鬼が街に居るというのは、一般人にとっては脅威よ」

「それはそうだが……」

「何の罪もない人が傷つけられるなんておかしいわ。私は、そんな人を出したくないから"夜狩り"になったの。クリム、貴方もそうでしょう?」

「……俺は、お前みたいに強くはなかったさ」


 ホワイトがミナの弟について知っていたように、お互いある程度の事情は知っているのだろう。俺だって多少は知っているが、これは、俺が立ち入っていい話ではない。


「この吸血鬼が、どういった奴なのかはわからないだろ。この街は、問題を起こさなければ夜族でさえも学ぶことができる」

「そうね。でも、そんな夜族を見たことがある?頭では受け入れられないのもあるでしょう。でもそれ以上に、人間を襲わない夜族なんて居ないからじゃないの?」


 まあ、正論だな。アカデミーに居る夜族とは、実際には混血が多いだろう。

 ただ、夜族が居ない訳でもないようだ。上手く隠していたが、研究員の服装をしていた吸血鬼と擦れ違ったことがある。

 向こうも俺に気付いた筈だが、普通に会釈を交わして終わった。多分、向こうも元人間なんじゃないかな。


「勿論、三日後までにできるだけの情報は集めるわ。行って誰も居なかったら諦める。でも本当に夜族が居るのなら」


 私は狩るわ。だって"夜狩り"だもの。


 こちらを見る目は強い。

 それは、自身が定め、他人には決して曲げることのできない決意だ。

 綺麗だ。とても美しい。けれど、強い光は危うくもある。


 ジョッキの中身を飲み干す。次は何にしようか。だが、その前に。


「じゃあ俺も行くよ」

「ショー」

「一人より二人の方が可能性が高い、だろ?それに……」


 俺はミナが好きだからな。

 笑って言えば、ミナの顔が泣きそうに歪んだ。あ、これはぐらっときたのではないだろうか。もう一押しだ、俺。

 笑顔を作ろうとして失敗したミナは俯く。表情がわからなくなったところで、ありがとう、と呟く言葉が聞こえた。




 どうせなら笑顔で言って欲しい。その為なら、少しぐらい頑張るとするか。






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