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ユニーク1000人突破しました!
何度も足を運んで頂き、ありがとうございます。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。
意識が浮上した。
目を開けば、変色した壁紙が見える。じっと見ていると、何だか人の顔に見えてくるのが不思議だ。
「あー……だり」
体温が移ったベッドは、湿気と相まって不快だ。すっかり目が覚めてしまった。
しかし、起き上がるのも面倒臭い。左に、右に、ごろごろと寝返りを打って、寝心地のいい位置を探す。
眠る前は窓を打つ雨音が聞こえていたものだが、今は静かだ。弱くなったか、止んでいたら嬉しいのだが。
「は……ふぅ……」
欠伸を噛み殺す。窓を見ればまだ明るい。それならば動いた方が建設的なのだが、どうもやる気が出ない。金に余裕があるのも一因だろう。
小人は居ないようだ。いつから出掛けているかは知らないが、まあ見付かるようなヘマはしないと……思いたい。何かあったら見捨てよう、うん。
「腹、減ったな」
天井を眺めながら、ぽつりと呟く。
美味いものを味わいたいでも、胃に詰め込めたい衝動でもなく、ただ生きる為の糧が欲しい。
我慢できないほどではないし、今すぐ喰わなくとも死にはしない。けれど喰いたい。
餌を探しに行こうか。でも面倒臭い。
これが例えばセレネならば、というか生まれつきの吸血鬼ならば、吸血の邪魔をされたならともかく、喰いたいと思った時に面倒だとは思わないだろう。
獲物を探すのも狩るのも、その手段に過ぎない。過程を楽しむことはあっても、生命維持活動にそれ以上の意味は持たないのだ。
生きる為に必要だとはわかっている。甘美な味が口内に広がり、生気が身体の隅々までに染み渡る感覚も嫌いではない。
ただ、腹が満ちるとふと冷静になる瞬間がある。それはきっと、人間だった俺の滓みたいなものだ。
人の生き血を啜ってまで生きたいのかと。そんなものを美味いと感じるお前は化け物だと。
それが、良心だか罪悪感だか、はたまた未練だかは知らないが。
深く溜め息を吐く。天気が悪いからか本当にやる気が出ない。だるいなぁ、だるい。
もう一眠りするかな。暗くなってから起き出せばいいや、と目を閉じる。廊下を歩く規則的な音は、寧ろ耳に優しくもあった。
こんこんこん。
「失礼します。お客様、いらっしゃいますか?」
聞き慣れた従業員の声に、閉じた瞼を上げる。
意識が浮上すれば、ベッドから跳ね起きることはない。普通に起きて、髪と襟を整え、ブーツを履いた。
ナイフを確認するのは、扉までの短い距離で十分だ。外の様子を伺いつつ、返事をする。
「何か?」
「ショー様にお手紙が届いておりまして」
「手紙?」
宿を取ったのはさっきだが、サフィルスに居る間はこの宿を贔屓にしていた。
なので、場所を知られていることは問題ではないが、それなら同じくサフィルスに居るか居た筈である。わざわざ手紙にする理由がない。
「誰からだ?」
「受け取ったのはうちの下働きでして……若い女性であったとは聞きましたが、詳しくは」
下働きっていうと、たまにチョロチョロしている小僧か?まだ小さい癖に、早く仕事を覚えようとする姿勢に感心して、飴をやった覚えがある。
「挟んでおいてくれるか?昼寝をしていて髪がぐしゃぐしゃなんだ」
「まあ……」
小さく笑う声が聞こえる。大体顔を合わせると口説いているので、多分いつもの冗談だと思ったのだろう。
では、という言葉と共に、手紙の先が差し込まれた。遠ざかる気配。足音が階段を下りるものに変わったところで、鍵を上げて素早く手紙を引き抜いた。……あれ?重い。
ベッドに座り、手紙を眺める。湿気で多少柔らかくなっているのはご愛敬として、染み一つない真っ白な封筒だ。
そこに浮かぶ色は二色だけ。『ショー様』と書かれている宛名と、蝋封の赤だけだ。封筒には差出人の名前はない。
蝋封を割り、中の便箋を出す。封筒と同じく飾り気のない真っ白な便箋。まあ、こちらは文字が多いが。
もう一枚は……サフィルスの地図だな。北の居住区側に一ヶ所、印が付いている。
そして便箋を抜いた筈なのにずっしりと重い封筒、中身は金貨が一枚……よく破けなかったな。
手紙の内容は、一言で言えば夜族退治の依頼だ。
北の居住区に吸血鬼が出る。何百年も生きている吸血鬼らしいので、高ランク"夜狩り"である俺に依頼をしたい。三日後の夜に印の場所に来て欲しい。同封した金貨は前金で、残りは依頼終了後に支払う。
結論。胡散臭いことこの上ない。寧ろ怪しさを文字にしたのならこうなるのではないだろうか。
何故お前が退治したいのか、どうやって俺のことを知ったのか、受けるとも言ってないのに大金送り付ける奴が居るか。
突っ込みどころは多々あるが、まずはこれだな。信じさせたいなら差出人くらい書けよ、偽名でもいいから。
それにしても、たかだか"夜狩り"風情に印璽を押した蝋封など、随分気障な真似をするものだ。
蝋の色は、真っ赤と言うには暗い赤。そして、その蝋に咲かせられたのは薔薇だ。赤い、薔薇。
いや、俺が紅薔薇等と呼ばれていることから選んだのであれば、気障というより嫌がらせか。悪意を感じる。
ベッドに身体を倒し、手紙を見直す。三日後の夜、か。
夜は夜族の領域だ。なので"夜狩り"は日の出ている間に夜族を襲いたいのだが、夜族も昼の戦闘を避けたがるので、結局夜になることが多い。
夜族退治を行う際、"夜狩り"が最も避けるのは満月の夜の戦闘である。
月の生気は、夜族の生気を活性化させるからだ。逆に、月が欠けるにつれて徐々に夜族の力は落ち着いていき、新月の夜が最も低くなる。夜族退治にはうってつけなのだ。
今一番近い新月が、三日後。"夜狩り"が動くのであれば、日時は間違いなく最善であろう。
魂はともかく、吸血鬼は肉体的な老化というものがないに等しい。その魂でさえ元々腐っているようなものだから、他人の生気を取り込むくらいで、そう簡単には老いないし。
喰ったら喰った分だけ吸血鬼は育つ。燃費が悪い為、それは微々たるものだが、それでも長い年数を掛けて数をこなせば別だ。
吸血鬼の年齢は、そのまま力の強さと考えていい。勿論、同じ土俵に立っている連中でな。そこらの吸血鬼と"純粋なる吸血鬼"を比べてはいけない。
っと、思考がズレ始めてきたな。
「どうするかなー……」
行くか行くまいか。行きたくない理由は、胡散臭いから。それに尽きる。突っ込みだけで疲れそうなので、その詳細に関しては勘弁して欲しい。
なら行く理由は?既に金を渡されているから、胡散臭いのが気持ち悪いから、喧嘩を売られているから。まあ、こんなところだろうな。
考えて、考えて、結論はまだ出てこない。
あちこちに視線をやっても、勿論何か発見がある訳でもなく、時間だけが過ぎていく。
ふう、仕方ない。俺は息を吐いて、ベッドから起き上がった。外套をハンガーから外す。
とりあえず、腹拵えしてから考えよう。




