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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜狩り
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「ここがサフィルス!凄い大きい広ーい!」

「口塞ぐのと息の根止めるのとどっちがいい?」


 大人しく人形の振りをするパセリ。俺的にはどちらでも良かったのだが、本人がそうしたいのならまあ、いいだろう。

 騒いだならきゅっとすればいいだけだし。水の滴るフードを、深く被り直す。




 昨夜、夜闇に紛れて村を抜け出した俺達は、二人で魔猪を埋めた。殆ど俺が働いていたのは言うまでもない。


 辛かった……何が辛かったって勿論腐肉と腐臭である。虫落としも兼ねてパセリが軽く炙ってくれなければ泣いてたんじゃないだろうか。

 ただ、どうせならそのまま灰にして欲しかった。いやまあ、そうしたくなかったから人手が必要だったのはわかってるよ?わかってるけどさ……。


 横着して木を一本引き抜いたが、お陰で深い穴を掘ることができたと思う。

 しかし、俺の身長三倍程度の穴でさえ臭いが消せないと知ったときは、流石に膝からくずおれた。

 曇天の下で手袋と外套をざぶざぶ洗濯したが、今思い返しても悲壮感漂っていたに違いない。


 その後村に戻り、朝何食わぬ顔で最後のフレアさんの朝食を食べながら、魔猪を埋葬してくると告げた。

 マシューは手伝えず申し訳なさそうな顔をしていたが、魔猪を出荷がある以上、寄り道――それも腐乱死骸に近付く訳にもいかない。まあ、それがわかっているから、夜中の内に埋めてきたのだが。


 後は、近くの森へ行ったと見せかけつつ、頃合いを見てサフィルスに向かえば完璧であった。

 こちらは一応徒歩であるのに対し、向こうは荷が多いとはいえロバだ。

 普通に進めば、追い付くことはないのだが、問題が起きた。雨が降ってきたのである。


 朝は何とかもっていたが、ぽつぽつとした滴が落ち、やがて糸のような雨になり始めた辺りで諦めた。

 天気で視界が悪いとはいえ、一応マシュー達と鉢合わせしないように気を付けながら、猛ダッシュしたのである。


 結果、徒歩である筈なのに、恐らくマシュー達より早く着いてしまった俺達は、少なくともおやつの時間くらいまではあまり目立たないようにしなくてはいけないのに、こいつときたら。

 マシュー達に見付からないようにするだけでなく、断罪者共に見付かってもアウトという自覚がない。


 道中で、西の森を焼いた二人組のことを訊いた。とはいえ、その前に聞いたことと殆ど変わらないが、土人形と炎を出したのはおっさんの方ということはわかった。

 若い方が使えないとは決め付けるのは早計だろう。話を聞く限り、性格の問題と捉えた方が無難だな。

 敵としてなら、直情的なアホより頭を使う奴の方が嫌いだ。



「聞き覚えのある声が聞こえたら、言え。但し、叫ぶのも顔を出すのも禁止だ」

「わかった!」

「わかってないってことはわかった」


 濡れた外套の中から聞こえる声は、くぐもり、雨音に消されるだろう。かといって、勘のいい奴が気付かないとは限らない。

 外套の上から強めに押さたら、初めは暴れていたが、やがて大人しくなった。湿度と体温が籠ってるからな。間違いなく不快指数は高い。


 とりあえず宿を取ってしまおう。部屋の中なら、人目を気にしなくていいし、何よりこの外套を早く脱ぎたい。

 依頼前に泊まっていた場所が空いていればいいんだが……?見覚えのある後ろ姿が、視界の端に映った。


 外套を着ているが、ミナ……だよな。あの麗しいラインは間違いない。

 町中なのに何故フードを被っているのだろう。俺みたいに外から来ているならわかるが、宿で傘を借りなかったのだろうか?


 路地に消えていくその背中に、声を掛けようかと思ったが、俺も傘は持っていないし、小人を持ち歩いたまま迂闊なことはしたくない。

 まずは宿を目指そう。靴底が水溜まりを揺らす。




「折角サフィルスに来たのに……」


 机の上でぐちぐち言う小人の上にハンカチを落とし、俺はチョーカーを外した。

 ずっとフードを被っていた髪より、風向きで雨が吹き込んできた首の方が酷い。乱暴に拭って、そのまま首に掛けた。

 ズボンが腿に張り付いていて気持ち悪い。宿に入る前に軽く水気を払った外套は、部屋の隅で滴を落としている。


 小人がハンカチ相手にもがいていたので、鞄から替えの服を出して着替えた。しかし、しっとりしていて気分が落ち込む。濡れてはいない分マシと思うべきか。

 漸くハンカチから抜け出せた小人に、声を掛ける。


「昨日みたいに乾かせるか?」

「部屋の中だからね……あ、でも」


 窓際に置かれていた鉢に視線を向けたので、近くに置いてやった。


「外套も」


 言われた通りにすると、小人は歌い出した。

 外套から水が滴るスピードが速くなる。それは床に落ちず、宙に浮き、大きな水球となった。

 やがて水が滴らなくなると、水球は震えながら鉢の上に移動し、ばしゃりと落ちた。


 外套に触れてみれば、成る程、先程よりも軽いし、触れても水音はしない。が。


「手袋と外套乾かした時みたいに、もうちょっとからっからに」

「狭いから無理。外は雨降ってるから無理」

「ちっ、微妙に使えねぇな……まあ、いい。こっちもな」


 脱いだ服を示せば、舌打ちしといて!?と抗議の声が上がる。部屋代を出しているのは俺なのだから、少しは働け。


 小人の歌声を聞きながら、これからのことを考える。

 断罪者が居るのなら、サフィルスから出た方がいいだろう。触らぬ神に祟りなし、だ。

 アカデミーの件は気にならなくもないが、ソシ・レの様子からすると、これ以上関わろうとしたらまた怒られそうな気がする。


 人間社会のことなんて全く知らなかった子供が、組織の一員として責任を果たそうとしている。

 あれも大人になったということか。何だか感慨深いような、寂しいような……爺婆の心境だろうか。


 出る前に、一応忠告だけはしておくか。そこで前より怒ったとしても、すぐに街を出るのなら関係ないしな。


 とりあえず次の場所はオパリオスだな。捨てたい。とにかく今の革手袋を早く捨てたい。


「そういや、お前これからどうすんの?サフィルスには着いたが」

「うん?……とりあえず、仲間を探そうと思って」


 まあ、これだけ大きな街なら居るだろうが。それに、忘れがちだがアカデミーは亜人にも門扉を開いている。他の人間の街に比べれば、亜人にとって住みやすい街なのだ。比べれば、な。


「近い内に俺はサフィルスを出る。それまでは俺の部屋に居てもいいが、その後のことは自分でどうにかしろよ」

「うん、そこまでは甘えられないもの」

「そして何より、俺に迷惑を掛けるなよ」

「わかった!」


 どうしてこいつの返事はこうも不安にさせるのだろう。

 とりあえずきゅっとしておいたが、どうせすぐに復活するのだろう。気にしない。

 しかし、暇だな。もう暫くは大人しくしておいた方が無難なのだが、全くすることがない。

 寝るか。よく考えれば、今は夜族らしい夜族の就寝時間に当たる。そのことに思い当たれば、途端に眠くなってきた。


「俺は寝る。繰り返すが、俺に迷惑を掛けんなよ」

「はーい!」




 信用できねぇ……。






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