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和やかな雰囲気の居間で、明らかに俺だけが異物だが、話を戻そう。
「二人組の特徴は?」
「ええと、どちらも男性で、一人は私と同じくらいで、もう一人は十歳より少し上くらいの……」
「ちょっと待て。今計算するから」
こいつ幾つって言ってたっけ。ええと、残り寿命が十八年で、見た目は綺麗なのでわかりづらいが恐らく二十代。
大雑把に計算して四倍でいいか。どうせ他人から見た本人の年齢は、あまり当てにならない。
「お前とお前の親より少し若いくらいの認識でいいか?」
「そうだね。青年と中年だったよ」
「最初からそう言えよ本気で」
思わず小人に伸びかけた手は、マシューが紅茶のお代わりを注ぐことで止められた。
不快感と共に飲み込んでも、美味いものは美味い。眉間を解し、顎で先を促す。
「どちらも黒い外套を着ていたよ。さっき話していた印は、逃げているときに外套の隙間から見えたんだ」
「容姿で気付いたこと」
「炎の明かりだから、違っているかもしれないけど、若い方は黒髪で、おじさんは白髪混じりの茶髪かなぁ。二人とも、太っても痩せてもいなかったよ」
普通である。いや、特徴的な赤毛や緑髪だとは思っていなかったが、だからこそ面倒臭い。
黒髪の青年と茶髪の中年なんぞ珍しくない。偶像を持っているところを見れば一発だが、普段から堂々と持つような奴はぶっ壊れ聖女くらいなものである。
連中に至っては見れば予想できるくらいに似たり寄ったりなので、寧ろなくてもいいくらいなのだが。思うに、聖女を選ぶ奴の趣味が反映されているのではないかと睨んでいる。
「パセリ君、印って?」
「短い棒の下から、斜めに日本棒が出ているような形の、ええと、首を刎」
「限りなく省略された、短い天秤みたいなやつだよな?」
黙れと小人を睨み、こんなん、と掌に指で書いて見せる。そんな物騒な意味が認知されていると思うなよ。
聞かせたくない、というよりは、何故意味を知っていると問われる方が困る。少々強引ではあったが、まあ、良しとしよう。
二人とも暫く考え込み……フレアさんがあっ、と声を出した。
「それ、修道女さんが着けていた首飾りじゃないかしら」
思わず遠い目をした。
「そうだったかな?」
「そうよ。バース教の象徴と違う形だったから気になったのよね」
「宗派が違うのかな?」
違うのは宗派ではなく所属です。連中は布教じゃなくて殺戮を行う集団である。
大陸教は、夜族の殲滅を唱えてはいるが、手段はあくまで祈るであり、実力行使ではない。まあ、夜族を殺してもお咎めなしどころか良くやったと言われる辺り、表に出していないだけだが。
とにかく、今日来た連中――少なくとも女は、間違いなく断罪者だ。それでも十分に面倒だが、聖女だったらもっと厄介である。
それを確かめる為に、俺は口を開いた。
「同じ印というのが気になるな。巡回修道士達のことを教えてくれないか?」
「うーん、修道士さんの一人は黒髪だったけど、それだけじゃね……」
「他の二人は?」
「もう一人の修道士さんは金髪で、ショーさんと同じか少し下くらいかしら。明るくて元気がある子だったわ」
「修道女さんは本当に綺麗な人だったよ。銀に見えたけれど、あれは金髪かな」
「修道服だったから違うってわかったけど、まるでお伽噺に出てくる霜雪族みたいなの。それくらい、肌も服も真っ白で綺麗だったわ」
白い修道服……全くもってわかりやすいな。まあ、逃げも隠れもしないのは、それだけの実力と狂気、じゃなかった、信仰心があるからだろう。
とりあえず確信した。聖女だ。あとは、森を焼いたという黒髪の男と金髪の馬鹿餓鬼か。サフィルスに戻ったら注意しないと。
「まあ、もしかしたら、の話だけどな。でも、本当に森を焼いた連中なら危ないし」
「そうだね……気を付けるのに越したことはないか」
「いやー、物騒な世の中だね」
この場で一番物騒な奴が何をほざく。と口に出さなかった俺は本当に偉いと思う。
とりあえず、聞いたことを整理するか。
巡回修道士達は、断罪者と見て間違いない。西の森に居たという二人組も、恐らく断罪者と思われる。ああ、そうそう、魔猪達の牙が折れたのはその時で……あ?
「そういえば、今近くの森に居るのは西の森の魔猪なのか?」
牙を折られたのは西の森の魔猪。しかし何故か近くの森に居る。マシューも気付いたらしい。
「理由を知っているかい?」
「私が連れてきたんだ。火は消したんだけど、やはり食料も減ってしまったし、また彼等が来るかもしれない。そう思ったら、放っておけなくて」
「こっちの森に連れてきた、と」
友達を亡くした直後で、同じ魔猪を放っておけない気持ちはわからなくもない。
しかし、だ。森の大きさや、より人里に近付くことに対して考えなかったのだろうか。現に、魔猪達は食料か縄張りを求めて村まで出てきてしまい、依頼が出され、俺に狩られた。
悪いのは手を出した奴だとしても、今回の件の原因は、紛れもなくこいつだ。
善意が悲劇を引き起こすなんてことはいくらでもある。そこで反省するも開き直るでもいいが、なかったことにはしてはいけないと思うんだけどな。だが。
「……まあ、何だ。努力は認めよう」
「うん?ありがとう?それで、魔猪達を移せたのは良かったんだけど、僕の友達がちょっと凄いことになっていて」
「ちょっと?」
小人基準であれはちょっとなのだろうか。俺は知り合いがあんなぐちゃぐちゃのどろどろになっていたら、流石に引く。
「魔猪達じゃ無理だと思って、人手を借りに来たら、うっかりご飯を食べ忘れて落ちちゃった」
「大変だったのねぇ」
眉を下げて小人を撫でるフレアさん。羨ましい光景なのだが、素直に心のハンカチをギリギリできないのは、小人の台詞が引っ掛かるからである。
二人は、小人が精神感応を使えることを知らないのだろう。副音声で『精神感応で人間を拐いに来たよ☆』と聞こえたのは、多分俺だけだ。
「魔猪の件、解決しちゃったね」
「あー……原因がわかったしな。少なくともこちら側からすると、数を減らせば解決、だな」
小人が連れてきたのだから、小人に戻させればいい。
もっとも俺が、ええと、六頭?も退治しているので、減らす必要があるかも疑問だが。小人がどれだけ連れてきたかにもよる。
「調査の必要がなくなったってことは、魔猪の死骸は放置だよな」
「そうだね……可哀想だけど、せめて繁殖期が終わるまでは、無理に森の奥に入るのは避けたい」
「なら俺が埋めに行くのは?」
「大丈夫だけど……一人で埋められるの?魔猪だよ?」
「まあ、それは考えがある」
実際は特にないが、俺が居るなら手伝おうかと言われても困る。気持ちは有り難いが、人間に合わせると大変なこともあるのだ。
夜中。
窓からするりと抜け出した俺は、そのまま村を出た。
昼間はいい天気だったのに、今は曇り空だ。分厚い雲に覆われた月は、人間の目にはわからない程の薄明かりである。
人目を忍ぶにはお誂え向きの天気に、口端を上げる。
村の周辺に魔猪は居ない。夜行性の別魔獣の姿も見えないので、少なくとも暫くは問題も起きないだろう。
誰にも見られていないことを確認し、俺は翼を広げた。
一応、空からも確認し、森へ向かう。
「もういい?」
「静かにできるならな」
我慢できない、といった風に、ポケットから顔を出す小人。身を乗り出すのはいいが、落ちても助けんぞ。
「飛んでる!」
「そりゃ飛んでるからな。鳥に乗ったことはないのか?」
「あるけど、しがみついてないと危ないからね。それにポケットだから暖かい!」
まあ、常に風が吹きさらすのだから、寒いのも道理である。というか、俺も今顔面が寒い。
それは小人も同じ筈なのだが、はしゃぐ小人は感覚が麻痺しているのか、特に堪えた様子はない。
「凄いよショー!空を飛べるなんて羨ましいなぁ!」
「そうか?便利ではあるが、これはこれで結構疲れるぞ」
「でも、どこにだって飛んで行けるじゃないか!」
私も飛べたら行きたいところに行けるのになぁ。サフィルス、オパリオス、セレニテス……。
指折り数える小人はまるで子供のようだ。
どこにだって飛んで行けると、そう思っていた頃が俺にもあった。実際、飛んで行けたのだ。
高所の恐怖も、見知らぬ土地への不安も、何も恐ろしく等なかった。だって彼女が居たから。
今の俺は知っている。空を駆ける翼でも、大地を踏みしめる足でも、辿り着けない場所があることを。
動いて不安定な小人を、ポケットの上から押さえる。
礼の言葉には、唇を歪めて答えた。
どこまでも行きたいと思うのならば、お前はきっとどこまでも行けるのだろう。
俺が行きたいところは、もうなくなってしまったけれど。




