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階段に進みたくなる足を気力で止め、これからどうするかを考える。
マシューがパセリと呼んでいたし、俺を見て名前を呼んだということは、あの小人は間違いなくあの小人だろう。
本当なら俺の――マシューから借りている、が付くが――部屋に居る筈の小人だ。決してリビングで優雅に食事を楽しむ身分ではない。
二人に見付かったのか、あいつが自分から出たのかはわからないが、バレてしまったからには、ある程度事情を明かす必要はあるだろう。
とはいえ、二人が亜人に対してどういった認識を持っているかで状況は変わってくる。程度の差はあれ、大陸に住む人間の殆どはバース教だ。
二人とも、亜人は味方、という一般的な考えを持っているんじゃないか、とは思うが、短い付き合いなので確証はない。
真の大陸教信者は、夜族・亜人撲滅の為なら人格さえ変えられる。笑顔で刺すは地で行える連中だ。
嫌だなー、面倒臭いなー。あいつを置いて逃げてしまおうか。荷車に乗せてくれるというから、朝までに魔猪が出たら狩ると請け負っただけで、依頼自体は終了しているのだ。別に問題ない。
俺は自分が可愛い。自分と誰かのどちらかが犠牲になれば助かると言うのなら、間違いなく誰かの背中を蹴り飛ばすだろう。
周りには甘い甘いと言われているが、どうでもいい他人に情けをかける程、お人好しでも聖職者でもないつもりだ。甘い、というのも、単純に抜けているだけだと思う。
だからいいのだ。見捨てても。結果奴が殺されたとしても、それは奴の責任であって俺のせいではない。
例え非難する奴が居たとしても、鼻で笑って終わらせる自身がある。だって俺には関係ない。
「…………はあ」
関係ない。けれど後味は悪いだろう。それはきっと美味いものでも食べれば忘れてしまう程度のものかもしれない。
だが、俺は痛いのも苦しいのも、辛いのも悲しいのも嫌いなのだ。仕方ない。
動くか。背にしたドアに体重がかかった瞬間。
「わっひゃ!?」
浮遊感に、俺は尻から落ちた。
う、内開きだった……痛い……。
「えっ!?ショーさんごめん!」
「だ、大丈夫……」
俺がこんな奴を見たら、冒険者の癖に何やってんだよバーカくらいは言うのだが、流石はマシュー。内心はわからないが心配してくれている。
差し出された手は遠慮し、立ち上がって軽く埃を払う。
「どうしたの、ショー。大丈夫?」
テーブルの上から、能天気な声が聞こえる。その前には、小さく切られたパウンドケーキ。
イラっときた。つかつかとテーブルの前まで行き、ケーキに手を伸ばす小人を掴む。
「状況を説明しろ」
納得いかなかったらマジで捨てる。
話はこうだ。
夕食後、読書をしようとフレアさんが本を取りに二階に上がると、俺は井戸に行っている筈なのに音がする。
窓から猫でも入ったのか、部屋には俺の人形がある筈だが、悪戯でもされていないだろうか、とフレアさんは善意で部屋を覗いてくれたらしい。
人形はあった。こちらに背を向けているが、恐らくあの人形と思われるものが。自分より遥かに大きいであろう本を覗く体勢で。
そしてドアが開いたことに気付いた人形は、笑顔で振り返る。
「おかえり!ショー!……って、あれ?」
見詰め合う二人。
その時恋が、
「芽生えてたまるかぁー!何してくれちゃってんのお前!?馬鹿なの潰すぞゴルァ!」
「まあまあ、落ち着きなよ」
「誰のせいだ!」
少々本気で潰そうとする俺の口に、パウンドケーキが差し出される。反射的にもごもごやっていると、今度は反対側から紅茶が。
「色々言いたいことはあるかもしれないけど、まずは一杯。ね?」
あ、それともお酒の方が良かったかな。僕もフレアもあまり飲まないんだけど……と続いたところで、仕方なく小人を下ろす。足が着いた瞬間、慌ててフレアさんの方に逃げる姿を据わった目で追った。
しかし、その間に椅子を引かれては座らない訳にはいかない。前に置かれた紅茶の香りを確かめ、口に含む。美味い。
「落ち着いた?」
「腸は煮えくり返っている」
フレアさんにではない。安全とは言い切れないのに、暢気に本を漁ったり誰かもわからないのに迎えた小人に対して、である。
フレアさん相手に精神感応を仕掛けなかっただけマシなのか。いや、破壊までいくなら問題だが、気のせいだと思わせるくらいなら寧ろやって欲しかった。
「……余計なことまで言ってないだろうな」
「まだ自己紹介だけだよ」
本当だろうか。うっかりだかちゃっかりだか俺のこともバラしてんじゃねぇだろうな。
二人の様子では知らないようにも見えるが、有り得そうだから困る。
「それにしても、よくパセリ君が小人だって気付けたね」
「顔が動いたのが見えたからな」
一応冒険者なんで視力には自信がある、と大したことでもないように言う。遠回しに人間アピールしてますよー。え?遠すぎ?
「言ってくれれば良かったのに」
「亜人嫌いだったら悪いと思って。大陸教?」
「うん。でも夜族は怖いけど、亜人はそうでもないかな」
「サフィルスだとそれほど珍しくないしね。混血もそうだし、アカデミーには亜人の先生が居るらしいわ」
「前に遠目で見たことがあるよ。エルフの先生でね、凄く綺麗でびっくりしてしまった」
「そうなの?私も見てみたかったわ」
……綺麗なのは見た目だから。中身は単なる性悪だから……!
知り合いと思われるのは嫌なので黙っているが、内心では今にも叫びだしたいくらいに地団駄を踏む。世の中は見た目がいい奴に甘い。
「その話は置いておくとして。そうだ、マシュー。帰りに話した死骸の話なんだけど」
「何か思い付いた?」
「期待に添えずに申し訳ないけど、あれ、埋めてもいいか?」
「うん?調べたら僕達で埋めてくるつもりだったけど。どうして?」
「こいつの……友達?だったんだってさ」
疑問符が付くのは仕方ないだろう。個人的には無理矢理小人の足代わりにされた挙げ句、故郷から離れた地で無念の死を遂げた被害猪?だと思うが、話がややこしくなりそうなので友達ということにしておく。
「そうなのかい?パセリ君」
「うん……故郷からずっと一緒だったんだ……」
沈鬱な表情で俯く小人。フレアさんもマシューも、自分のことのように辛そうな顔をしている。
確かに見た目だけなら胸を痛めていい光景かもしれない。しかし、こいつの所業と切り替えの早さを知っている身としては、思わず遠い目になってしまうのも仕方ないだろう。
「ちなみに死因は?」
「何かその前に食べたものが傷んでたらしくて」
「まさかの食あたり!?」
見てわからない筈である。いや、消化器官を見ればわかったのかもしれないが、腐敗した肉と虫でギブだった俺に、排泄物の観察は荷が重すぎる……。
「……ん?なら、なんで牙が折れてたんだ?」
「それは、その前に僕が方向の指示を間違えた時に岩にぶつかって」
「お前が原因じゃねぇか」
どんな勢いでぶつからせたんだよ!というか、魔猪もちょっとは自分で身を……守れなかったのか?精神感応がキマっていて。
……小人の奴隷状態とはいえ、仮にも野生生物が食あたりするもん食うか?あれ、考えれば考える程ヤバい想像しか出てこないぞ?
何も言えなくなった俺に対し、あれ?とマシューが疑問の声を挙げた。おい止めろ。
「それが理由なら、他の雄はどうして皆牙が折れているんだろう?」
予想していたものとは違うことにほっとしたが、確かにそうである。
皆が皆そんな間抜けなことをする訳がないし、諸悪の根元である小人に操られたとしても、こいつのメリットがわからない。
そういえば。昼の話を思い出す。俺達は西の森で何かがあったのではないかと推測した。そしてこいつは、西の森に行っている。
何か知っているかもしれない。小人を見ると、顔を上げた小人と目があった。
「ショー。さっき私は、西の森で二人組の人間にあった話をしたね」
「暴れて最後には火付けした連中だろ?……って、燃えてんのか!あの森!?」
「ああ、それは大丈夫。魔猪達に手伝ってもらって精霊術を掛けて回ったから」
軽く言っているが、精神感応と精霊術の同時展開である。火がどれだけの勢いだったかは知らないが、燃え広がろうとする炎を消すのは、そう簡単なことではない。
……想像していた以上に化物かもしれないこいつ……。
冷や汗を掻く俺の耳に、フレアさんの声が届く。
「じゃあ、その時にぶつけちゃったの?」
「うん、ぶつけちゃった!」
何故笑顔。フレアさんとマシューも、そうなんだーとか笑っている場合じゃなくね?魔猪に乗るときは安全第一でいけよ。勿論テメェのじゃねぇ。魔猪のな!
心の中で色んな言葉がぐるぐると回る。その中で、今、一番言わなくてはいけない言葉はきっと。
今まで精神感応使ってきたお嬢さん方ごめんなさい。
違うことやりたい病が悪化していますが、完結はさせます。
連載中に別小説を書き始めても、見捨てないでやってください……!(切実)




