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階段を上がる音が聞こえる。
目は開いたものの、ぼうっとしながらその音を聞いていたが、ベッドから起き上がった。
目を擦ると、少々引きつった感覚と共に目脂が落ちる。ガチ寝してたわ……。
こんこんこん、と部屋のドアが叩かれた。
「ショーさん、ご飯できたから下りてきてね」
「今行く」
手櫛で髪を適当に整える。ドアを開ける前にちらっと机の上を見ると、膨らんだタオルがあるだけだ。
「お待たせ」
「あら……ふふ、ショーさん、寝てたのね」
「え?あ、ごめん。でも何で」
「ここ」
跡がついているわ。微笑んで頬をつつくフレアさんが可愛い。顔が赤くなっているかもしれないが、きっと恥ずかしがっていると思われている筈。
リビングまで下りると、マシューは既に座っていた。
「お帰り、マシュー」
「ただいま。……あれ?もしかして寝てた?」
「う……優雅に昼寝しててすみません……」
「気にしてないよ。ショーさん、昨日から動いてばかりで、あまり寝てないじゃないか」
昼から移動して夜は魔猪を狩って、朝から休憩を挟んで夕方まで魔猪狩り。普通の人間なら疲れもするだろう。
確かに昼の活動は辛かったが、戻ってくるまでは大した問題でもなかったのだ。寧ろ、日が沈むに連れて体調は良くなっていたのだが。
天井を睨み付ける。原因がぐーすか寝てると思うと、ムカついてきた。
「寝る子は育つと言うしね。ショーさんも……どうしたの?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
「はいはーい。お料理並べるから手伝ってくれる?」
「手伝うー!」
「ショーさんって凄いのに子供みたいだよね」
夕食は魔猪の煮込みだった。たっぷりの香草や野菜を加えたソースが、魔猪の臭みを消すと共に、魔猪の味に負けず引き立てている。
時間をかけて煮込まれた肉は、ほろほろと崩れるように柔らかい。まさに絶品。うま!
食事が終わった後、桶を片付けると告げて部屋に戻った。入る前にドアを一度叩いたのは保険である。変な格好でうろついていたら潰す。
しっかりドアを閉めてから、室内に視線を向ける。夕食前に見た状態と変わっていないようなので、まだタオルの中か?
「飯持って来たぞ」
「本当かい!」
「……おい野菜野郎、テメェ何してやがった」
ぴょこりと小人が出てきたのは、俺の鞄からであった。盗られて取り返しのつかないものは入っていないが、漁られて嬉しい訳がない。
「いやー、お腹がぺこぺこで。何か食べ物がないかと……って、痛い痛い痛い!いきなり何だい!?」
「今の自分の発言考えてみろよ」
答えはそこにある、と答えて指の力を強めた。ぐえ、と小人が呻く。野菜野郎より蛙の方がいいか、小さいし。
最後にぎゅっぎゅっと締めてから、机の上に置く。心なしかぐったりしていたが、その横に丸まったハンカチを置くと、プレゼントを見た子供のように突進した。
「木苺に……パンだね!ちょっと潰れてるけど!」
「文句言うなや」
「文句?とんでもない!成る程、これがパンかー」
……うん?何か言い方が変だな。
小人を見ると、腹が減ったと言う割には、パンの欠片を回しながら見ている、というか観察している?
「……何してんだ?」
「うん?観察してるよ」
「いや食えよ」
「食べるよ?でもその前に観察しないと、なくなってしまうじゃないか!」
「んん?間違いなく話が噛み合ってないことしかわからんぞ?」
お互いにクエスチョンマークを浮かべながら、顔を見合わせる。いや、俺は至極正当なことしか言っていないと思うが。
あー、でも。何かこれ覚えがある気がする。その時は、こちらを見下す絶対零度の視線だったが。
「お前パン見たことねぇの?」
「私は森の出身だからね。小麦も見たことがない」
「ああ、そうか」
人間が居ないところで小麦が作られている筈もない。作れたとしてもこいつらのサイズでは、収穫することも、挽いて粉にすることもできないだろう。
更にパンを作るには発酵をさせなければいけないし……こいつら酵母持ってんの?
飴とかも食ったことねぇんだろうな。そのままでは大きすぎるが、砕いてやれば食えるか。
先入観ではあるが、こいつなら眉間に皺寄せて水で流し込むようなことはしないだろう。精製された甘味に慣れてないからといって、即不味いと言い放つような食わせ甲斐のない奴は何人も要らん。
要するに、今、俺は異文化コミュニケーションをしているのだ。
覚えがある筈だ。百年程前、ソシ・レ相手にやったし、何百年も昔にも同じことをしている。
この時に大切なのは、言語が通じるからといって、同じ認識があると思ってはいけないということだ。
気になるところは、面倒臭くともどんどん訊いて理解しておかないと、後でとんでもない形で帰ってくるのは思い知っている。
「小人の生態は知らんが、小麦は食えるのか?」
「種族的には問題ないよ。人間の町に住む仲間は、パンも麺も食べている筈だし」
「……パンはともかく、麺の盗み食いて」
残飯を漁っているのだろうか。それとも茹でたて?乾麺を持っていっても、それを茹でる方法はないだろうし……。
ああ、でも。材料だけ盗んで自分で作っているのかもしれない。小人の手打ち麺とか、髪の毛より細い麺ができそうである。ちょっと食べてみたい。
観察は済んだのか、パンの欠片を千切る小人。俺から見れば一口サイズの欠片も、小人にとっては大きすぎるらしい。
そりゃまあ、千切った時には気付かなかったが、顔と同じくらいの大きさでは仕方ないことではある。寧ろパンくずでも良かったのか?……一丁前に文句言いそうだな。
「もしかしてお前が倒れてたのって腹減り?」
「水には困らなかったけれど、食事はね。お腹が空きすぎて、精神感応が解けてしまったんだ」
「精神感応って……」
「私一人では、町に着く前に生き倒れてしまうよ。だからちょっと動物達の協力を」
無理矢理言うことを聞かせるのは協力とは言わん。気付いていたが、やっぱりとんでもねぇ生き物だなこいつ。
俺の表情から読み取ったのか、小人は慌てて手を振り叫んだ。
「ほ、本当だよ!故郷の森で仲の良かった子と一緒にこの近くまで来たんだ!」
「精神感応使っておいて仲がいいとか。つか、解けたら落とされたんだろ?間違いなく恨んでんじゃねぇか」
「……その子は、近くの森で会ったばかりの子だから」
感情を押し殺したような声で俯く小人。それまでとは違う雰囲気に、何を言っていいのかわからなくなった。
近くの森というと、俺が魔猪を狩った森でいいのだろうか。もしかしたら西の森かもしれないが、とりあえず場所については置いておく。
故郷の森から一応仲良しと来た筈なのに、会ったばかりの動物を使役していた。なら、最初の奴はどこに居る?
尋ねようとしたところで、小人が顔を上げた。
「ショー、お願いがあるんだ」
「……叶えるかはともかく、言ってみろ」
「私の友達を埋葬してほしい」
私には彼を埋めてあげることはできないから。
そう呟く小人の、人形みたいに小さな手は、拳を作って震えている。
どんなに精神感応が得意でも、精霊術に長けていようと、ちっぽけな手には何も守れやしないのだ。
永い刻を刻んでも、強靭な肉体を持っていても、誰も救えやしないように。
自分の掌を眺めて……隠すように指を折った。
子供のような手は変わらない。例えどれだけ血に塗れても。




