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「パトリック・セリヌンティウス・ナットクッカー・アーネスト・セオドル」
「何それ呪文?」
「我々小人族は、先祖を大切にするのだよ」
しつこく名前を訊かれたので、まずテメェが名乗れと言ったらこれだ。
長々と続けられても覚える気はない。というか、セリヌンティウスに全部持ってかれて他の記憶がない。
「唯でさえ短い命を、長い名前で消費するって無駄じゃね?」
「皆、私をパセリと呼ぶ」
「野菜か」
いや、寧ろ省略しておいてどこが先祖を大事にしてるのか突っ込んだ方が良かったのだろうか。
俺の言葉に、小人は眉を跳ねさせたと思えば抗議の声を上げる。
「失敬な!パセリはハーブだよ!」
「却下。パセリがハーブならニラもハーブか?俺は認めんぞ」
パセリの栄養価舐めるなよ。彩り扱いしている奴は見る目がない。
……いや、こいつを褒めているのではなくて、野菜のパセリだからな。よくフライなんかに付いてきていらない子って言われているやつな。
「それで、君の名前は?」
「名乗れとは言ったが、名乗るとは言っていない」
「酷い!私を弄んだんだね!」
言い方がうざい。表情もうざい。行動もうざい。
両手と膝を着いて、うっ、うっ、と泣き真似をしている。正直、だから?と思った。
そもそも何で俺はこいつを相手にしているのだろう。第一印象……は、悪くなかったが、動いているこいつの印象は最悪である。
窓から放り投げるか。いやしかし、俺の人形発言を訂正してからでないと、気のいい村人達に返される気がする。
想像にげんなりしていると、泣き真似に飽きたのか裾を掴んで引っ張ってくる。伸びるから止めろ。
「ねぇねぇ、いいでしょー?教えておくれよー」
「うざい、離せ」
「教えてくれたら離すからー」
ああ、苛つく。隠しもせずに舌打ちをすれば、動きは止まったものの、裾を掴む手はそのままだ。
鋭く息を吐いて、また舌打ちをする。
「ショー」
「あれ?吸血鬼じゃないの?」
「ちっ……ショー・ピール・ブラッディローズだ。名乗ったぞ」
だから離せ、と視線を向ければ、大人しく手を離した。離した手を顎に持っていくと、何やら考え込んでいるようだ。
今の内に片付けるか。濯いだ水で適当に泡を切ると、ハンカチで手を拭く。タオルは渡されたが、染みを作るのは申し訳ない。
石鹸をしまおうとして――三本の指先で泡立てる。革の染料で多少暗い泡になったが、特に問題はないだろう。
「……ん?わっ」
「動くと目に入るぞ」
先程から殆ど動かない緑色の頭に、泡を擦り付ける。指の腹で円を描くように掻き回せば、髪が泡に巻き込まれて頭の上に乗っかった。少々面白い。
「もう一回汲んでくるから、他も洗っとけ」
「えっ……わ、わかったよ。優しくしてね!」
「手が滑った」
顔に泡を擦り込む。ぎゃー!と上がった叫び声に気分が浮上したのを感じ、桶を持って部屋を出る。
村の井戸で顔とハンカチを洗い、水を汲んで戻ってくると、小人はしくしく泣いていた。
なんだ。
「涙が出るなら、もっと遅くて良かったか」
「良くない……ううっ、目が痛い……」
しくしくしくしく、喧しい。一応洗ったらしい身体を、むんずと掴んで桶に沈める。
ぷくぷくと気泡が上がってきたかと思えば、浅瀬に嵌まった魚のようにばたばたと動き出した。手を離す。
「酷いじゃないか!死ぬかと思ったよっ!」
「死んでないじゃないか。大丈夫大丈夫」
こちらを見上げて文句を言う頭に水を掛ける。意表を突かれた筈なのに、ちゃっかり髪の根本の泡を落とそうとする辺り、イイ性格をしている。
「ちょっと私を手に乗せておくれよ。ああ、桶の上でね」
指図には苛っときたが、何をするのか気になったので言われた通りにする。
小人は掌の上で立ち上がると、胸に手を当てて歌い出した。
小人の固有言語なのか、歌の意味はわからないが、歌う理由はわかった。
少し高めの声が旋律を奏でる度に、ふよりと宙に水球が現れる。水球は形を変え、動き、ぱしゃぱしゃと小人の頭に落ちる。
泡混じりの水を洗い流し、掌に収まりきらなかった水は溢れて桶の中に。
「随分派手な濯ぎだな」
背景さえ気にしなければ、幻想的な画とも言える。しかし、このサイズだから微笑ましく見れるが、人間サイズで考えるとなかなかに恐ろしい。
まあ、歌を集中する手段に使っているので、途中で黙らせればいいのが救いだろうか。
「ふう、さっぱりした。あ、もう下ろしてくれていいよ」
「よし、歯ァ食い縛れ」
「桶に落とさないでよ!?精霊術使った意味ないよ!?」
落とされまいと指を掴んできたので、渋々タオルの上に下ろした。タオル地を被ると、何やらもぞもぞ動いている。
ひょこり。ふかふかの繊維の間から、緑色の頭が覗いた。
「見ないでね?」
「……いい加減気色悪いことばっか言ってっと、吸うぞ」
「ちょっ!私非童貞だからおいしくないよ!?」
「カミングアウトきもい」
こんなちっこいの吸ったところで、味見にもならない。そもそも、牙を刺した時点で死にそうである。
「服が乾くまで、私寝てるねー」
「いっそのこと永眠しろ。いや、タオルは返すからどっかで埋まれ」
「酷いー……」
既に半分寝てるんじゃないかと思われる声を最後に、緑はタオルの中に消えていった。
中に居るのがわかっているので、思わずタオルを潰したくなったが自重する。折角静かになったのに、寝た子を起こす必要はない。
……何か、無駄に疲れたな。
魔猪狩りで楽に稼ぐ一日だった筈なのに、頭使ったり精神的に攻撃されたりと踏んだり蹴ったりである。
依頼内容的にはもう終わっているようなものだが、明日の朝、荷車に乗せていってくれるということで、今日も村で一泊だ。
もし夜中に魔猪が来るようであれば、そいつも狩るつもりだが。
夕飯にはまだ時間があるし、少しだけ眠った方がいいかもしれない。
ベッドに横になって、目を瞑る。
そういえば、あいつ男だったのか。




