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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
序章
4/161

4

もう予定は口にしませんすみません……。

 死んでしまえ。


 この身を拘束するのは銀の鎖。骨格も肉も無視して何重にも巻き付けられれば、まともに歩けもしない。

 衣類の下も酷いことになっているだろう。銀の持つ波動が、夜族の身を滅ぼそうと苛む。巻き付ける側の手も無事ではなかっただろうに、


 そこまで自分が恐ろしいか。


 嗤い声に気付いたのだろう。若い方の男が、鋭い舌打ちと共に背中を打った。

 勿論その衝撃に耐えられる筈もなく、厚い絨毯の上に顔から沈むことになる。肩を潰す白木の杭がより深く食い込み、殺しきれなかった呻きが室内に響いた。

 痛みで視界に火花が散る。直ぐにでも開き、叫び出しそうな唇を根性で吊り上げる。


 死んでしまえよ、化け物共が。


 滴るような毒を乗せて、甘く、甘く囁けば、室内に殺気が満ちる。先程の男はもう一人の男に抑えられているようだが、こちらも時間の問題だろう。


 ここで終わるのか。

 こんな、見下している相手に束にならないと捕らえることも出来ない連中に。

 復讐も果たせず、こんな、こんなところで。


 罅割れた唇を噛み締めた時。それまで沈黙を保っていた男が静かに立ち上がる。

 僅かに金を溶かしたような白金色の髪が、さらさらと音を立てた気がした。

 新月の夜よりもなお暗い黒と、視線が絡む。

 薄い唇が開かれ。


「それは私の夜の子」




 殺してやるよ、化け物が。







 吸血鬼を作る最も簡単な方法は、血を吸い、血を与えることである。

 しかし、ここで一つ疑問が出てくる。すなわち、最初の吸血鬼はどうやって産まれるのか、という点である。

 結論から言おう。


 吸血鬼はそこらから湧いて産まれる。


 何故産まれるのか、どうやって産まれるのか、詳しいことはわかっていない。ただある夜、誰もいない筈の場所にぽつりと存在しているらしい。

 悪魔や死霊などは世界に溢れる負の感情が生気によって形作られたものと言うし、吸血鬼もその類い、というのが一般的である。

 まあ、産まれる瞬間を見た者はいないし、産まれた直後の吸血鬼は自我が曖昧な為、吸血鬼が産み落としてそのまま……という説も捨てきれないが。


 "月僕の吸血鬼"若しくは"月僕(ナイトメア)"とは、そういった自然発生する吸血鬼の一つだ。

 満月と新月以外の夜に産まれた吸血鬼で、生まれつきの吸血鬼の中で最も個体数が多い。その為、個性豊かで自己主張が激しいのが特徴である。

 ただその方向がなんというか……自分達こそ選ばれた種族である、といった選民思想に偏ることが多い。

 個人同士では衝突することが多いくせに、他者を見下すことに関してはこれ以上ない程に結束するのだ。小物か。

 これで力があればまだ仕方ないと思えるのだが……いや、同じような環境で生きる元人間の吸血鬼に比べれば、余程強い。強いが。


 "守夜の吸血鬼(ナイト)"にとって"月僕の吸血鬼"を相手にするのは、赤子の首を捻るより簡単らしい。


 どんな間違いだよ……!と思わず叫んだ俺達を誰が責められようか。ちなみに実話だ。

 何が言いたいかといえば、上には上がいるということである。


 そんなことをつらつらと考えていたが、いい加減帰っていいだろうか。

 吸血鬼の夜の父自慢は未だに終わる気配がない。月僕の夜の子らしいといえばらしいが。

 もう帰ろう。面倒な気持ちの篭った息を吐き出す。

 俺は踵を返して、爪先で地面を強く蹴った。

 勢いを殺さぬまま太い枝に手をかければ、くるりと枝の上に乗る。多少揺れたが気にせず幹を蹴りつけて隣の枝へ。

 何度か枝を踏みつけ、最後に大きく跳ね上がった。顔のすぐ近くで木の葉ががさがさと鳴る。

 その間、俺が足場にした樹は枝葉を落とされ、吸血鬼の姿は月明かりに晒された。

 森の中で見るより、月の光に照らされた女は美しい。


 扇を持つ白い手が振られる。

 ひゅう、と掠れた音が鳴るのを聞き、俺は広げた翼を羽ばたかせた。

 多少無理な体勢で身を捩った為か布の裂ける音がしたが、細い枝に引っ掻けた時点で諦めている。よって気にしない。

 頬にぴりりとした痛み。


「何処に行く気なのかしら」


 嗤う吸血鬼の唇から牙が覗く。

 獲物を嬲ることに喜悦を覚えるその表情。

 美しいことは認めよう。だが、好みではない。

 俺は大きく息を吸い、深く溜め息を吐いた。


「……闘いを挑むのであれば、名乗れ。その時間くらい待ってやる」

「半吸血鬼如きに、名乗る名はなくてよ」


 うわ救えねぇ。

 肩から力が抜ける。どこぞの"月僕"は相当こいつを甘やかしたらしい。それとも女の覚えが悪いだけか?


「どうせお前は……ここで死ぬのだから!」


 叫び、扇を振る吸血鬼。

 生まれた風の刃が、森を切り裂いた。


 吸血鬼には幾つかの特殊能力がある。

 "魅力"、"精神感応"、"変化"……そして"夜の血"。

 "夜の血"は、体外に流れ出た自らの血と生気を操ることで発動する。血液のままでも操ることはできるが、大体は何らかの武器の形を取らせることが多い。

 扇はあの吸血鬼の"夜の血"。そして風の刃は"夜の血"の能力。"風"もしくは"真空刃"といったところか。

 "夜の血"は、他の能力と違い、個体によって別の効果を表す。女のように攻撃性の高い能力もあれば、癒しといった能力もある。吸血鬼はそれなりに数が多い種族なので、たまに被ることもあるらしい。


「ちょこまかと……ッ!」


 適当にふよふよと避けていれば、痺れを切らしたのか翼を広げる女。お前の狙いが甘いからだろう。どうするんだこの森。

 ばさりばさりと夜空に舞い上がった女は、伸ばした腕に扇を構える。


「この私に狩られることを光栄に思いなさい、半吸血鬼」


 勝利を確信しているのだろう。

 嗚呼、なんて。


 なんて可愛らしいこと。


 裂かれた頬に指を滑らせる。

 手袋を着けたまま爪を立てれば、じくじくと鈍い痛みが広がった。


 さあ、出てこい。


「……そういえば、まだ名乗っていなかったな」

「その必要はなくてよ。半吸血鬼の名前なんて覚えていられないもの」


 俺の体内から流れ出た紅は、掌で形を変える。

 長めの銃身に手に馴染む銃把。銃口から銃把まで黒いボディに咲くのは紅い薔薇。

 鮮やかな血の色をしたそれに、そっと口付ける。


 見知らぬ武器に吸血鬼は眉根を寄せた。しかし大したことはないと思ったのだろう。余裕の表情は崩さない。


 照準は吸血鬼に。指は引き金に。

 これは吸血鬼の闘い。俺は名乗りを挙げよう。


「セレネ・ピュア・ホワイトリリーの眷属、ショー・ピール・ブラッディローズ!昼と夜を彷徨う穢らわしき半吸血鬼!」


 "純粋なる吸血鬼(ピュア)"の称号に、女の顔が凍りつく。

 後悔しても今さら遅い。

 俺がくれてやった好機を潰したのはお前だ。




 さあ、狩りを始めよう。






厨二設定が絶好調です。

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