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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
魔猪
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 亜人の一種、小人。その特徴は、人間を各比率を保ったまま小さくしたような身体である。

 似たような生物に妖精が居るが、あちらは背中に薄い羽根があること、夜族であることから全くの別種と言える。


 身長は小人種の中でもある程度差があり、小指程の小さい者から、背の低い人間と同じくらいの大型の小人も居るらしい。

 寿命の長さは身長に比例し、大きい者ほど人間の寿命に近いとかなんとか。見たことはあるが、話したことはないのでよくわからん。


 確か、身長の近い連中同士でコミュニティを作る習性があるんだったか?

 生息圏は多岐に渡り、森や洞窟、遺跡等といった場所に暮らす者も居れば、人家に勝手に住み着く者も居るという。虫か。


「苦じい……お願いだから、もう少し緩めてくれないだろうか……」

「で、俺に何のメリットが?」

「か弱く幼気な生物に優しくできる人って素敵だと思う」

「……へぇえ?か弱い生物ってのはあれか、力で敵わないからっていきなり精神破壊を狙ってくるような奴か?」

「だから、それは悪かったと思ってるってばー!」


 きーきー叫ぶ小人を、腕を伸ばすことで遠ざけた。目を瞑っていた時は綺麗な人形だったのに、これじゃまるで猿みたいだ。ころころ表情が変わるが。


 亜人である小人は精霊術が使える。しかし、日々の家事や生活に使う程度で、人間のように戦いには使わない。多分、外敵に効くような術を出すと、自分が巻き添えになるからであろう。


 では、力に劣る小人は、外敵に教われた時にどうするのか。

 大人しく食われる?そんな殊勝な精神を持った生物が、大陸の至るところに生息している訳がない。


 答えは、精神感応である。耳長族が精霊術に長けているように、小人は精神感応を得意とするのだ。

 普通、精神感応は夜族に効きにくい。他者の生気を操作する必要があるので、自身の生気操作に慣れている夜族には、人間を相手にするようにはいかない。


 以前、精神感応とは直接精神に干渉する能力と説明した。

 それによって、対象が望んでいないことを無理矢理させることができるのだ。 しかし、俺が記憶操作を行う際に、"魅力"に口八丁手八丁で誑かしたのを覚えているかもしれない。


 最終的に対象が精神を曝け出し、自ら術者に明け渡すことで、精神感応の目的は達成できる。

 不得手な俺はそれを他の手段で補うが、逆に言えば、そこまでしなければ破綻してしまうほど繊細な能力なのだ。


 殴って脅して言うことを聞かせようとすれば暴れられるが、宥め賺して褒め称えて脳味噌がぐずぐずに溶けるくらいに甘やかした方が上手くいくというか、旅人の外套を脱がすなら北風より太陽というか。


 小人のしたことを改めて考えると、引いた筈の汗が滲み出てくる。

 忘れたこと等ない。けれど俺にとって触れられたくなかった記憶だ。

 それを、いとも簡単に。あの時の情景も何もかもをありのままに。


「っ…………」


 こいつは土足で入り込んで。抵抗さえできない俺の、軟弱な中身を剥き出しにして。


 ぎちり。歯と歯が削り合う。噛み締めるのは震えを抑える為。

 そうだ、わかっている。俺は自覚している。自分の現状を理解している。

 自分の意思で、このふざけた小人を縊る。ああ、こんな細い首なら千切れるか。あははははは、何それ超間抜けな死に方。


「あ……が、はっ……」


 ぜーんぜんさあ、力なんて籠めてないのにこんなんだ。流石自称か弱い生物。なんて脆い。


 長く、長く、息を吐く。肺の中にあるもの、俺の中にあるもの、全部全部なくなってしまえばいいのに。

 くらりと頭が揺れたところで、漸く震える手を抑えるのを止められた。


「ごほっ、は……はっ……はー……」


 酸素を求めて吸い込み、失敗して咳き込む小人。その姿が不格好に歪む。

 落とす前に小人を床に下ろした。ぎゅうっと目を瞑って……けれど、瞼の裏には先程の光景が焼き付いている。諦めて目を開けば、ぼろりと熱いものが流れた。

 顎が気持ち悪い。


「……もう、いい。お前、どっか行け」


 最近、自分の感情が制御できないことが多い気がする。歳だろうか。

 "尊き血(ブルー・ブラッド)"になって十数年。元人間の半吸血鬼の享年は平均百前後と考えれば、俺の過ごしてきた年月はそこらの吸血鬼よりも長い。不調にもなるだろう。

 総数から見れば、"尊き血"の吸血鬼も少ないのに、半吸血鬼であれば死んだのも入れて一握り。正直、前例が少なすぎて、原因かどうかもわからないのだ。


「大丈夫がい?こほんごほんげふげふ…………大丈夫かい?」

「寧ろお前が大丈夫かだよ。……悪かったな」


 小人がやったことを許しはしない、決して。

 手加減をしなかったことは……後悔をするつもりはないが。それでも、俺がしたかったことは、冷静になってからの俺がしたいことではないのだ。

 悪かったな、とは思う。そこだけは。


「本当に、壊してしまおうと思った訳じゃないんだ。思いがけないことを言われて、慌ててしまって、つい」

「そんな理由で古傷抉られたくねー……」

「……私は確かにやり過ぎたが、君のあれはなんだ?何故あの流れであの発言が……!?」


 しょぼくれてた筈なのに、また騒ぎ出す小人。俺、そんな問題になるような発言しただろうか。いまいち思い浮かばない。


「そもそもお前が出てこなかったのが悪いんだろうが。俺はちゃんと言った筈だぞ」

「最初から威圧感ばりばりだったけどね!出るつもりでも、様子を見た方がいい気になるじゃないか」

「お前の気持ちなぞ知らん。俺が言ったんだから出てこい」

「俺様!?」


 適当に目を擦る。……あ、しまった。手もまだ石鹸で洗っていない。気付いてげんなりした。


 もうこのまま手袋を洗ってしまおう。どうせ水はそこにあるし。

 水を捨てに行くときに顔も洗えばいいや。それまでの、このなんとも言えない不快感はどうにか我慢しよう。

 鞄から石鹸を取り出す俺に、小人は目を輝かせて近付いてくる。


「いや、悪いねぇ。水浴びはしていたんだが、やはり気になるんだ」

「お前のじゃねぇよ」

「えっ!じゃあ私のこの汚れはどうすれば!?」

「知るか。水を使わなかったのはお前だろうが」


 ハンカチだって用意してやった。ここまでして心の奥を引き摺り出されるなんて、誰が思うか。少なくとも、握り潰すまでの俺の行動はそう悪くなかった筈だぞ。


 文句を言う小人を無視して、石鹸を泡立てる。自分の体なら直接擦り付けてもいいのだが、革にそれは厳禁だと口を酸っぱくして言われれば学習くらいする。

 揉み込むのではなく撫でるように。優しく、優しく。女性を扱うように、と聞いたところで、お前自分の年齢わかってんのかと突っ込んでしまったのは蛇足である。


 桶の中の水が、黒く濁っていく。丁寧に扱っていても色が落ちるのは仕方ない。色墨も持たされているが、最初の真っ黒に比べればやはり褪せてくる。

 まあ、黒とも言えなくなる前にはぼろぼろになるんだけどな。


「それは魔獣の革かい?種類は?」

「……確か、鹿じゃなかったか」


 いつの間にやら桶の縁から覗き込んでいる小人に、答えてやった。

 小人を見ればすぐわかる。まさに興味津々という言葉が相応しい。そういえば小人種は好奇心が旺盛と聞いた気がする。


「この辺りでは魔鹿は見ないなぁ」

「……まあ、魔猪が多いよな。オパリオスの方では魔鹿は多いが」

「オパリオス!もしかして君はオパリオスから来たのかい?いいな、いいなー。私はまだ行ったことがないんだ」

「……そりゃそうだろうけど」


 小人の寿命は大きさに比例する。その上小さければ小さい程、移動に時間がかかるのだから、小人の旅を人間と同じで考えてはいけない。


「まずはサフィルスに行こうと思ってね。森を出てきて二年、漸くその願いが叶いそうだよ」

「小人の二年って長くね?」

「そうだねぇ。私の居た集落では、大体二十五前後で亡くなる者が多かったから……凄い!まだ十八年もあるよ!」


 これならオパリオスにも行けるね!焦げ茶色の目を細めて、満面の笑みを浮かべる小人。


 十八年もあれば、人間なら赤子が大人になる。大人になると言っても、それは成人を迎えたということであって、本当の意味で大人になったとは限らない。

 人間にとっては準備期間のようなものだ。けれど、小人にとっては一生に近い時間。


「そんなに短いんなら、もっと楽しく生きりゃいいのに」


 言ってから、この間レミファさんにも似たようなことを訊いたなと思った。

 焦げ茶色の目が丸くなると、まるで木の実ようだ。大地に落ちて、いつか芽吹く命。


「だから、私は楽しく生きているけれど」


 サフィルスにも行ける。オパリオスにも行ける。行くまでにも色々なところが見れる。こんなに楽しいことが他にあるかい?


「……その理屈で言ったら、屋敷に籠ってただ血を吸うだけの俺達なんか、すっげぇつまらなく思えるんだろうな」

「あ、やっぱり半吸血鬼か。まあそれは、個々人の趣味にもよるんじゃないかなぁ?」


 でも一番私が楽しいことはこれだからね!

 手足をばたばたさせて、これまでにあんな面白いものを見たこんな面白いものを見た、と伝えてくる。この好奇心はサフィルスの学者達にも通じるものがあるな。


 一番楽しいこと。

 頭の中で繰り返して、瞬きをした。


 俺にとって、一番楽しかったこととは、何だろう。故郷に捨てられる前のことか。何も考えずにセレネと暮らしていた頃のことか。

 今の俺にとって、一番楽しいこととは、何だろう。




 色々な顔が思い浮かんでは消え、けれど最後に残るのは唯一人。






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