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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
魔猪
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「お嫁に来てください」

「もうマシューのお嫁さんだから、ごめんね?」

「フレア……!」


 らぶらぶっぷりを見せ付ける二人を横目に、俺はパンを噛み千切った。オーブンで温め直されてパンは、小麦の香りがふわりと広がる。




 マシューの家に戻ると、テーブルの上には温かい食事が並べられていた。俺達が戻って来たのを聞いて用意してくれたとか。まさに良妻。


 サラダにスープにパンにメイン。フレアさんが『俺の為』に作ってくれたと思うと嬉しさもひとしおである。え?マシューのついで?何それ潰したポテト?

 メインは勿論魔猪だが、それがステーキであることが嬉かった。


 別にフレアさんが手抜きをした訳でなく、「脂が甘いと塩胡椒だけで焼いたのが好き」と言ったのを覚えていてくれたらしい。リクエストのつもりではなかったので、少し悪いなと思う。

 しかしさすがフレアさん、手作りのハーブソースとジンジャーマスタードをテーブルに置き、味に変化が出るような工夫もしっかりされているところが素晴らしい。


「いっただっきまーす!」


 手を合わせてフォークとナイフを取る。

 厚めに切られた肉を切れば、表面はかりっと焼かれた脂と極々僅かにピンクの肉。焼くだけでもこんな絶妙とか、フレアさん何者。

 あーんと口を開けて魔猪を迎え入れた。


 初めに感じたのは、豚とは違う臭み。野生の動物は基本何でも食べるから、管理された家畜と比べるとどうしても癖がある味になる。雑食なら特にだ。

 だがやっぱり脂は甘い。余計な脂が付いていないのと、胡椒が利いているので、後味は意外と悪くない。

 しっかり火の通った肉は、歯応えを残しながらも柔らかな食感で、噛む度に細胞と細胞の隙間から解れるように千切れていく。

 美味い。


 そして冒頭の台詞に繋がるのである。




 塩胡椒が利いているので、味と言えるものは小麦味!のような素朴なパンと良く合う。

 個人的には長米種でもいいのでライスをかっ込みたいのだが、米が主食でない地域で無理は言わない。この辺りでは、炒めるか味付けて炊くかだろうし。

 考えていたら白米が食いたくなってきた。今度は東の方に行くか。海を越えてもいいなぁ。


 用意されたソースも絶品だった。焼く前に味を付けるよりはやはり一体感に劣るが、ハーブソースは爽やかな香りが肉の濃い旨味をすっきりとさせてくれるし、ジンジャーマスタードはそれぞれが主張しているのに最終的には物凄く合う……こ、これが調和……!と震える。

 まあ、色々と味の説明をしてみたが、俺は料理人でも料理研究家でもない。何が言いたいかって、美味いと言うことだけで。


「お嫁に来てください」

「もう僕の奥さんだから、ごめんね?」

「マシュー……!」


 俺はスープを啜った。メインに合わせて薄味だが、野菜の旨味が良く出ている。優しい味だ。




「ごちそうさまでした。美味しかった」

「とても美味しかったよ、フレア」

「うふふ、ありがとう」


 食後に紅茶を飲みながら、鳩尾から膨らんだ腹を擦る。美味すぎてパンが進んでしまったのが原因だろう。

 夜族は最悪生気さえあれば生きられるので、カロリーで体調が左右されることは少ないが、偏食や暴食ばかりしていれば勿論太る。

 燃費が悪いのがせめてもの救いなのだが、何故か太る奴が居るんだよな……動けよ、本気で。


「手伝うことあるー?」

「大丈夫よ、ありがとう。ゆっくりしてて」

「ん、わかった。何かあったら声掛けて」


 片付けをしているフレアさんに一応声は掛けたが、多分呼ばれることはない。キッチンは女性の城なので、下手に手を出すくらいなら何もしない方がいいと思っている。頼まれたら喜んで手伝うが。


「マシュー」

「ん?どうしたんだい、ショーさん」


 俺の呼び掛けに、紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れていたマシューが顔を上げる。俺もそうすれば良かったかなー。無糖のストレートも、甘いミルクティーも好みである。


「森を見て思ったんだけどな。何で魔猪が村まで出てきたのかがわからん。木の実も茸も普通にあったぞ」

「ああ、それは僕達も不思議だったんだ。魔猪が来るまで森にも入ってたけど、今年も例年と同じくらいだったし」


 森に住む生物が、わざわざ人間の村を襲う理由は、餌が足りないからだ。なのに、森には豊富に食料がある。

 それならば縄張りか?


「森を削ったとか?」

「うーん、確かにこの家を建てる時に木を切ったけど……その時には魔猪は出てこなかったなぁ」

「魔猪が急に増えて、縄張りが必要になったとも考えられるが……まだ仔魔猪だったしなぁ」


 魔獣退治が専門ではないので、正直魔猪の生態に自信はない。でもまあ、基本的には獣なので、ある程度想像できる部分もある。


「え!親を殺したの!?」

「殺してねぇよ!?仔魔猪が着いてきてないのも、餌を持ち帰ろうとしてないのも確認したよ!?」


 いくら詳しくないからといっても、そんなヘマはしない。親を狩るとしたら仔を狙う時であって、生き抜く術を持たない仔魔猪だけを、森に放置するなんて有り得ない。


「それならいいんだけど……今日ショーさんが狩った魔猪、三頭とも雌だったからさ」

「え?立派な牙生えてたけど?」

「魔猪は雌も結構発達するからねぇ。でも雄はもっと大きいよ」


 続けられた言葉に変な汗を掻いた。もしかして授乳中の親、殺したか?やっべぇええええ!


「乳が張ってなかったから、産まなかった雌だったんだね」

「本当?本当?嘘じゃない?」

「嘘じゃないって。昨日の雄は牙が折れてたから、勘違いしても仕方ないし」


 それにちゃんと親仔が残ってるなら大丈夫だよ、と言われ、とりあえず安心した。

 旅の途中で魔猪を仕留めたことはあるが、仕事としては初めてだったのはある。結果的には問題なかったとはいえ、反省しよう。

 ちょっと魔猪の生態調べるか……と考えたところで疑問が一つ。


「なあ、繁殖期にただの雌ってそんないっぱい残るもんなのか?」

「まあ、魔獣だろうと子供は授かり物だからねぇ」

「俺、雄だから一頭でうろうろしてると思ったんだ。折れてたかは覚えてねぇけど、あんな牙の奴ばっかだったぜ」

「……それだと少し気になるな。雄は見なかった?」

「明らかに牙がデカい奴は居た。でも一頭しか見なかったから、あいつがボスなだけかと」


 顎に手をやり、何かを考え始めるマシュー。考えが纏まるまでは邪魔をしない方がいいか。

 温くなった紅茶を飲み干し、ポットを持ってキッチンに向かう。俺に気付いたフレアさんは、笑顔で迎えてくれた。


「お話、終わった?」

「んーん、ちょっと問題発生中。お代わり貰ってもいい?」

「勿論。沸かし直すからちょっと待ってて」


 別にこのままでもいいのだが、まあマシューも飲むだろうし、お言葉に甘えよう。手ぶらで戻ると、マシューはまだうんうん唸っていた。


 俺の仕事は退治だ。狩れと言われたから狩るのであって、原因究明は仕事内容に入っていない。寧ろ、原因がわからない方が仕事が増えるというか。

 だが、マシューもフレアさんも嫌いではないのだ。面倒まで行ったらやる気はなくなるが、暇潰しくらいなら付き合うのもやぶさかではない。


 席に着くと、声が掛けられた。


「予想なんだけど、今日の魔猪達は別の場所から来たんじゃないかな」

「まあ、それが自然だよな」

「仔が居ないのは、繁殖期に前の住処を追われたから。雄が少ないのは、追われた原因に立ち向かったから」

「魔猪にそれだけの知能があるかは別として、その前の住処に思い当たる場所は?」

「森から、西に三日くらい行った大きな森」


 頭の中で周辺の地図を思い浮かべる。村の南西に今日俺が魔猪狩りに勤しんだ森があり、更に西に行けばもっと大きな森がある。

 だが森自体は西側に広がっているので、わざわざ東の小さな森に逃げてくるとは思えないが。


「西の森で何かあったのか?」

「うーん、それが僕達は向こうの森には行かないからわからないんだ」


 ぱちり。予想外だ。近くの森でも十分かもしれないが、これだけ大きい森ならたまには採集くらいに行きそうだけどなー。

 顔に出ていたのか、マシューは苦笑しながら言った。


「夜族が出るんだよ」

「へー、獣人?死霊(ゴースト)?まさかの悪魔?」

白骨兵(スケルトン)


 力が抜けた。白骨兵、白骨兵ねぇ……。

 見た目はあんなんだが、あいつら程人畜無害な夜族は居ないというのに。

 慣れれば意外と可愛いのに、人間は見る目がないよなー。……まあ、俺も骨に抱き付かれる趣味はねぇが。


「付き合い方さえ間違えなければ、全く危険はねぇぞ?」

「ショーさんならそうかもしれないけどね」

「魔猪も一人で退治できちゃうものね」


 お盆を持ったフレアさんが続けた。ポットと、それに木苺が盛られた器が乗っている。とりあえずミルクティーは止めとこう。


「普通は何人も集まって退治するものなんでしょう?」

「慣れてる冒険者ならそうでもない」


 一撃必殺で仕留められれば、なかなかにぼろい商売になる。人間が突撃されたら、肉の袋になるんだろうけどな。あ、牙が刺さって中身が出るか。


「どちらかというと、素材を回収する為に人数を増やす感じかなー。解体できる奴とか、精霊術で氷出せるとか」

「お肉は鮮度が命だものね」


 にこにこ笑うフレアさん。魔獣退治も主婦目線で見るとそんなもんなんですね。


「でも、そうだな。何が起こるかわからないし、西の森には行かない方がいい」

「そうだね。行くとしても冒険者と一緒かな」

「まだ可能性でしかないし、まずはあっちから来た冒険者に話を聞けばいい。ギルドに回してもいいが、アカデミーに垂れ込むという手もあるし」


 上手く行けば、大した出費もなしに万事解決する可能性もある。全員が全員、研究欲に取り付かれているとは思わないが、知的好奇心が普通より強いのは間違いないだろう。

 生物学か夜族研究か。ああ、でも精霊の動きが関係していたら精霊学か?

 精霊が魔獣に影響を与えるのか訊いてみるかなー……鼻で笑われるのがはっきり想像できた。止めておこう。


 外で子供の騒ぐ声が聞こえる。


「どうしたのかしら?」


 窓を開けて身を乗り出すフレアさん。エプロンの下の胸が窓枠で潰されている。着痩せするタイプか。

 フレアさんの隣に立って俺も覗いた。あ、いや、胸ではなくて。子供達が五、六人集まって何かを取り合っていた。


「俺が拾ったの!」

「先に見つけたのは僕だよ!」

「男の子が持ってたってしょうがないでしょー!」

「リンちゃんはいっぱいお人形持ってるじゃない!」

「……人形?」


 人形を拾った……んだよな、多分。いやでも、村で落ちてた人形なんて誰かのだろ。正直に大人に渡せや。

 鼻の頭に瘡蓋があるわんぱく小僧が握っているのが、その人形か。子供の拳三つ分に届かないくらいだろう。


 へぇ、結構綺麗な人形だな。

 人形にしては大きさ以外デフォルメされていないが、あまり不自然さは感じない。目を閉じているのが珍しいと言えば珍しいが、白い服でも着せれば、女神とかやれそうだ。

 まあ、その前には洗わないといけないだろうが。折角綺麗なのに、額も頬も泥だらけ……あ。


「おーい!そこの坊っちゃんお嬢ちゃん方!」

「ショーさん?」


 俺の声に、驚いてこちらを見る子供達。ちょいちょいと手招きをすれば、先程まで喧嘩をしていた癖に仲良くこちらに来る。うむ、素直でよろしい。


「なぁに?冒険者のお兄ちゃん?」


 くりっとした目が可愛らしい少女が首を傾げた。あと十五年後が楽しみである。まあ、それはいいとして。

 お子様共の注意が引き付けられたことを確認し、俺はにっこり笑って言った。


「それ、俺の人形」




 死にたくなけりゃもう少し死んだ振りしてろ。あ、人形の振りか。






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