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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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 楽しい時間はすぐに過ぎるものだ。

 店を出て宿に向かう道は、月に照らされて明るい。


 兎も魔鶏も美味かった。特に魔鶏はこの間食い損ねた恨みが最高のスパイスと……って、この言い方だと逆に不味く聞こえるか。

 海老もたくさん食べたし、酒も飲んだし、ちょーいい気持ちである。


「お前、酒弱かったんだな……」

「顔真っ赤だけど大丈夫?」

「平気。頭がふらふらするだけだから」


 二人揃ってそれ平気じゃないだろと言いたげな目をするのは止めて欲しい。

 酔っ払いは酔ってないと主張するものだが、俺は酔ってる自覚があるので酔っ払いではない。違うったら違う。


 昔、夜族なのに酔うのか、と思ったことがあるのだが結果はこの通りである。身体能力も再生力も毒耐性も高い癖に、肝臓は弱いとはこれ如何に。

 実際は肝臓云々ではなく、アルコールが分解される際に体内の生気と反応してバランスが崩れることが原因らしい。ホルムアルデヒド関係ないのか。


 しかし、アルコールの反応に関しては、銀や生気に直接作用する毒物とは性質が違い、個人の生気に質によって差が現れるという。この辺りは人間と同じだ。

 元々そういった体質だったのか、半吸血鬼になった為そういう体質になったのか。人間時代は甘酒くらいしか飲んだことのない俺にはわからない。


 なので、基本的には酒を飲まないのだが、ミナの飲んでいた酒が梨の酒と聞いて好奇心が刺激されたのである。

 しかし酒は酒であった。匂いが甘い分、漂うこれじゃない感。いやまあ、あの店では酒なやつを出しているだけで、ジュースみたいなものもあるらしいが。


 一口飲んで眉を顰めた俺に、飲もうかと手を差し出されたが、頼んだからには飲みきるのが俺の信条である。

 一気に干して水を頼んだ。人間ではないのでどれだけ有効かはわからないが、飲んだ酒以上に水分を摂ることにしている。

 うっかり吐くまで飲んでしまった後でも、意識を失ったり二日酔いになったことはないので、多少は効果あるんじゃないかなぁ。


 種類を変えつつも酒しか飲まなかった二人は、きっと鉄の肝臓をしているのだろう。ミナはうっすら頬が赤くなっていて俺の目を楽しませてくれていたが、ホワイトの方は全く変化がない。

 酔っ払いは迷惑だが、酔わない奴は酒飲む意味なくね?水で良くね?酒飲みに言うと、酒の美味さがわからん奴は黙れと言われる。酷い。


 そういえば。酒飲みで思い出した。セレネもたまに飲んでるな。

 ワインが多いが、喉が灼けるような蒸留酒や東の島国の米酒等の貰い物の時もある。ハウスメイドが趣味で浸けたマタタビ酒を飲んでいた時は、何とも微妙な気分にさせられたものだ。


 それでいて、あいつも見た目に変化がないのだ。顔は赤くならない、呂律が回らない訳でもない。

 好きで飲むにしては頬一つ緩まない。そもそも、あいつに味覚なんて繊細な感覚があるのだろうか。

 いつも以上に抜けた言動が出てくるので、酔わないという訳でもないようだが……それが好きで飲んでんのか?味よりかは納得できる理由である。


「宿まで着いていった方がいいかしら」

「送るのは俺。ミナをエスコートすんのー」

「寧ろお守りされてんだろ」

「禿げろ」


 たった一言されど一言。悪意とは単純であればある程破壊力を増す。今年二十二才の小僧は何も言えずに固まった。

 とは言ったものの、髪質的に禿げなさそうである。誰よりもあいつの髪を掴んだり毟ったりしている俺が言うんだ、間違いない。


「私の部屋で休んでく?」

「俺、お持ち帰りされちゃうの?わーい!」


 上目遣いで覗き込み、にへらと笑う。苦笑を返したミナは、俺の帽子をこつんと叩いた。うへへ。


 俺は酔っている。それは間違いない。

 自分では見えないが、顔は真っ赤になっているらしいし、耳まで熱い。時々ふらりと視界が揺れる。

 だが意識はいつもと変わらない。多少不具合はあるが、手も足も自分の意思のままに動かせるし、何を言っているかもわかっている。


 まあ、羞恥心が麻痺しているのは認めよう。さもなければ、こんな酔っ払いみたいな言動、実行に移せる訳がない。

 酔っ払いだと思われているから、多少アホなくらいなら許される。折角免罪符があるのだから、酔った振りでもして楽しまないと。

 俺にとって酒を飲む楽しみなんぞそんなものである。


「心配してくれてありがとー。でも俺強いから大丈夫だよ」

「ふふ、Aランクが言うと説得力があるわね」

「いえーぃ、Aランクー」

「見た目だけなら、ちょっと変な男の子みたいなのにね」


 あれ?何か余計な言葉が付いたぞ?

 唇を尖らしてむくれていたら、冷たい指先に頬をつつかれた。と思ったら摘ままれていた。何故。


「わ、何これもちもち!肌綺麗だと思ってたけど、ここまでとは!」

「とりあえず離してください……」

「東の島国出身?やっぱり人種?それとも若さ?ずるーい!」

「いえ……自分、黄色い猿なんで……」


 肉体年齢は硝子の十代であるが、実年齢は言ってはいけないレベルである。

 むにむにむにむに。いやもう、本当に勘弁してください。ほっぺた餅とか餓鬼じゃん。


「こうしてると、昔を思い出すわ」

「昔?」

「ええ、弟が小さい頃もこうやってむにむにと」

「喜んでた?」


 うーん、と片手を口に当てて考え……ミナはにっこり笑って言った。


「嫌がってた」

「だよね!」


 とりあえず右手を離そうか。自分から触る分にはいいのだが、布越しでなく触られるのはあまり好きではない。


「はーなーしーてー!」

「まあまあ」

「いや、まあまあ、じゃなくって!」


 今更気付いたが、これ実はミナも酔ってんじゃね?すっごい嬉しそうなんですけど。

 弟といくつ離れているかは知らないが、小さい頃とか言っていたし、今はそれなりに大きくなっているのだろう。

 弟にやれないのはわかるが、だからといって俺にされても困る。


「酷いやおねーちゃーん!」


 酔った女を力づくでどうこうする訳にもいかないし、かといって酔っ払いには話は通じないし……どうしよう?

 ゆっくり息を吐く。とりあえず何か言おうと口を開いたところで。


「ごめんね」


 指が離れていった。

 目は優しげに細められ、口許は柔らかな曲線を描く。

 こちらを見ながら笑うミナ。胸の奥がざわざわする。


「ミナ、」

「私も少し酔ってるみたい。今日は早く寝ることにするわ」


 俺の言葉を遮るようにミナは言う。もう宿は近いからここでいいわ。

 引き留める間もなく、足を早めて歩いていった。一度だけ振り向いた顔に浮かんでいたのは笑顔。


「……おやすみ」

「ええ、おやすみなさい。お腹出して寝ちゃ駄目よ」

「それはホワイトに言ってくれ」

「出さねぇよ!」


 先程まで空気であった赤毛が叫ぶ。お前時間を考えろよ。

 ミナの小さな笑い声が聞こえた。




 人気のない道を、今度は二人で歩く。


「いつまで着いてくるんだストーカー」

「誰が犯罪者だ!俺もこっちなんだよ」


 まだ頬は熱いが、視界の揺れも収まりすっかり酔いも醒めた。今の俺には赤毛の一人や二人ボコるのは余裕である。

 とりあえず赤毛を掴んで派手に揺らすと、酔いが回ったのかその場に蹲った。


「酒ばっか飲んでるからだバーカ」

「テメェ自分の行動省み」


 言葉は最後まで続けられず、口を押さえて下を向く。相当辛いのか、若干涙目である。

 うーん、いいな、このアングル。潤んで目で抑え気味の悪人面が、俺の前に跪いているように見える。写真に残せないのが残念だ。

 折角だし頭を踏んでやろうかとも思ったのだが、そのまま吐かれると俺にも被害が出るので自重する。


 この時間になると飲食店も閉まり始め、酒場が幾つか開いているだけだ。夕方にはあちこちで聞こえた生活音も、明日の朝になるまでは大人しいのだろう。

 とくとくとく。早鐘を打つホワイトの鼓動が聞こえる。


「……弟、かあ。姉ちゃんがあれなら相当顔良さそうだな。……くそ、美形か」


 弟が基準になっているとしたら、年下キャラは分が悪いかもしれない。

 何か他にいいものは……後輩ポジ?あんまり変わらない?


「いやまてよ、逆に弟とは全然違う路線で攻めれば……」

「……ブラッディ、ローズ」

「あ?」


 墓場から這い出てきそうな声を挙げたホワイト。辛いなら無理すんなよ。俺の半径三メートル以内で吐いたら沈める。


「あいつに……ミナに、半吸血鬼、だってこと……知られるなよ」

「"夜狩り"相手にバラす訳ねぇだろ。寧ろお前が吐きそうで怖ぇよ。今なら二重の意味で」

「あいつは……」


 そこまで言ってまた口を押さえる。いや、そういうあざとい溜めいらねぇから。

 吐いても大丈夫そうなゴミ樽はないだろうか。明日の朝、家人はとてつもなく不快になるだろうが、このまま道に吐かせるのもなぁ。


「おい。ちょっと樽探してくるから大人しく」

「……は、弟を」


 殺されている。吸血鬼に。


 言い切った後、とうとう口も押さえられずに俯いたホワイトを尻目に、俺は内心で言葉を繰り返した。

 殺されている。吸血鬼に。よくある話だ。あまりにありふれすぎていて、誰が殺されたなんてその内忘れてしまうくらいに。

 けれど、残された者の記憶は色褪せない。




 褪せるくらいなら原色を重ねたいのだ。例え元の色がわからなくなっても。






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