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「初めまして、ミナ・マリーよ。よろしくね」
「俺はショー。初めまして。マリー、さん?」
「ミナでいいわよ」
「ではお言葉に甘えて。よろしく、ミナ」
散々蚊帳の外に置かれた俺が不貞腐れ始めた頃、乱入者――ミナ・マリーは俺に視線を向けた。
美人である。
ぱっちりとした猫目と意志の強そうな眉。
ともすればキツくなりそうなパーツだが、顔に浮かぶ笑みが、寧ろ面倒見の良い姉御肌、といった雰囲気にしている。
自分の見せ方がわかっている振る舞いだな。それが嫌みでないところに脱帽する。少なくとも俺には真似できない。
背も高くスレンダーではあるが、出るところは出ているし、特に長い脚が素晴らしい……!
何だこのライン。くびれから腰、腰から膝にかけての線がこう、なんというか。筋肉が付いていながらも適度に脂肪が乗ってかつ太過ぎず、みたいな?
脚というものは、ただ細ければいいと言うものではない。重要なのはバランスである。
足首はブーツでわからないが、ふくらはぎは盛り上がり過ぎずに何ともいえない曲線を描いている。膝の形も良さそうだ。
そして何より、あの腿……ああ、指を沈めたい膝じゃないけど膝枕して欲しい。
その際はズボンではなくスカートでお願いします。敢えてロング丈で。
「私の脚に何か付いてる?」
「え?……ああ、俺としたことが失礼。女性に対して不躾な真似を」
「ふふ、穴が空いちゃうかと思ったわ」
女性とは自身に向けられる視線に敏感なものである。野郎のチラ見は女のガン見と言われる訳だ……。
内心の動揺を隠して、言葉を返す。
「済まない。お詫びに一緒に食事でもどうかな。夕食は?」
「これからよ。私はこっちに来たばかりだけど、いい店を知っているわ」
「ならそこにしよう。奢らせてくれる?」
「あら、たくさん頼んじゃおうかしら」
「どうぞ?食べるのが好きな人は好きだな」
但しデブは除く。性格が良ければ気にしないが、俺の場合まともな奴より肥え腐った豚野郎との遭遇率の方が高いので、偏見は強い。
今回の実入りはなかったが、財布の中身がない訳ではない。
冒険者たるもの、何があっても大丈夫なように、小金貨の五、六枚は常に持っている。全てはこういった時に見栄を張る為。
「……何を勝手に決めている」
「まだ居たのか。帰っていいぞ、寧ろ帰れ」
「ずっと居たわ!おいミナ!俺はこいつと大事な話が」
「俺にはない。行こう、ミナ」
後半は対女の子用笑顔でミナに。彼女の方が俺より背が高いので、少々上目遣いになってしまうのが悔しい。
かといって野郎相手のように顎を上げるのも態度が悪いし……よし、年下キャラで攻めよう。
「折角だし、皆で行かない?勿論クリムは自分で払うのよ?」
「俺は行くとはいっ……!」
「そんなこと言わずに行こうぜー」
ミナの誘いを拒否しようとする赤毛の手首を掴む。割りと強めに握れば見事に顔を引き攣らせた。勿論俺は笑顔である。
お邪魔虫が居るのは非常に、ひっじょーに不本意ではあるが、美人の望みを叶える為ならやぶさかでない。
「行くだろ、ホワイト?」
ぎりぎりぎりぎり。回りきらない指でも、血管を押さえるのには十分だ。
「すみませーん、グリーンサラダ大盛にポトフ、海老のフリットに仔兎のパイ包み焼きに魔鶏のハーブ焼きと、パエリアオムライストマトスパゲッティピクルス盛り合わせ。デザートは後でいいや、飲み物はとりあえず葡萄水をジョッキでお願いしまーす」
ウェイトレスの接客笑顔が固まった。
ここの制服可愛いな、露出が少なくて清潔感がある。わかってるな店主。
「あ、これメモです。ミナは何頼む?」
「ええと、それ全部食べるの?」
「折角だし色々食べたいなーと思って。残さないよ?」
色々な種類の料理を食べたいが、これ以上は胃袋に入らないだろう。頼んだ物は食べきる、食べきれない物は頼まないが信条である。
「私はペリーを。料理は……テーブルに乗りきらないわね」
「あ、ごめん。じゃあやっぱりさっきの」
「三人で分ければいいじゃない。海老は私も食べたかったし。クリムは?」
「あー……じゃあエールで」
店内は賑わっており、どの給仕も忙しく動き回っていた。
料理が来るのには時間がかかりそうである。あ、あれ美味そう。テーブル空いたら頼んでいいか訊いてみよう。
飲み物は思ったより早く来たので、まずは乾杯をする。
「では俺とミナの出会いに乾杯」
「俺を無視するな」
「ふふ、仲がいいのね。なら出会いと再会に」
「そうだな。では出会いと再会に」
「お前……もういい、出会いと再会に」
「「「乾杯」」」
からん、とグラスが鳴る。
葡萄水で喉を湿らす。大衆向けの飯屋だからか少々薄いが、食事と合わせるにはいいだろう。
ちゃんと冷えているのも嬉しい。サフィルスは冷蔵技術も進んでいるので、食事を楽しむのにはいい街である。
「ショーとクリムは、どういった関係なの?」
「どういったって……」
関係、ね。無関係と答えたいところだが、流石にそれはミナに失礼だろう。
半吸血鬼であることは言えないので、契約云々は不可。結果的にホワイトの命を救ったというのも、こいつのプライバシーに関わってくるので、まあ俺から言わんでもいいだろう。
なかなか上手い言い回しがないな。もう知り合いでいいか。
「こいつも"夜狩り"なんだよ。それで何度か顔を会わせている」
口を開きかけたところ、先に赤毛が答えた。お前、何俺とミナの会話に入ってきてんの?
「……もしかして、紅薔薇?」
ホワイトにしか言われたことのない呼び方をされるとは、この赤毛、どんな話したんだ……と思ったところで、何かこの間不愉快な出来事があった気がする。
何だっけ……確か、クリムゾンロー、
「ってぇ!」
「クリム?」
突然叫んだ赤毛を無視して、ジョッキを傾ける。むかむかした気分は残っているが、多少は晴れた。
四本足テーブルは、余裕があるから好きだ。唸れ、俺の左足。
ぐいっと行儀悪く口を拭って言う。
「まあ、そう呼ばれることもあるけど」
「本当なのね……じゃあAランクの若い"夜狩り"ってショーのことなの?」
「……まあ、一応Aランクだけど」
実年齢を知れば、若いとは口が裂けても言えないだろう。俺?心と肉体はティーンエイジャーですが何か?
それはさて置き。ランクが話題になるってことは……
「私もAランクの"夜狩り"なのよ」
よろしくね、同業者さん。
悪戯っぽく笑うミナ。同業者としてでなくとも、是非よろしくしてもらいたいものである。
それにしても。
いつまで悶絶してんだ赤毛は。




