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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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 石造りの街並みを、真っ赤に染め上げる黄昏刻。

 帰りを急ぐ人々の影は、通りに黒い線を残していた。太陽を背にした俺にも、ひょろりと長い影が先を行く。

 もう少し短くてもいいが、この長さは魅力的だよなぁ。シャツとズボンは手足が長い方が似合う、が持論である。

 石畳に、ブーツの底が高く鳴る。音くらいならいいが、足裏が痛くなるのと底が磨り減るので、石畳はあまり好きではない。あと、引き摺られても痛いし。


「おねーちゃん!」


 舌足らずの高い声が響いた。

 視線を向けると、小さな女の子が走ってきた。五、六歳といったところか。高い位置で二つに結んだ髪型はあどけない。

 少女はそのまま俺の横を通り過ぎると、後ろを歩いていた年嵩の娘に抱き着いた。


「おかえりなさぁい!」

「リィ、迎えに来てくれたの?」


 姉と思われる娘は優しい笑みを返す。

 しかし、他の家族が居ないことに気付くと、でも一人で来ちゃ駄目でしょう、とわかりやすく眉を顰めて見せた。


「……ごめんなさい」

「次からは、お母さんかお兄ちゃんと一緒に来る?」

「うん……」

「お姉ちゃんとの約束よ」


 ぴんと立てた細い指に、少女のふくふくした指が絡まる。

 暫くして指を離した娘は、満面の笑みで妹を抱き上げた。華奢に見えるが、意外と力持ちである。


「お迎え、凄く嬉しかったわ!リィ、ありがとう!」

「…………うん!」


 妹を下ろすと、どちらともなく伸ばした手が繋がった。

 そのまま二人は少女が来た方へ向かって歩き出す。少女が何事かを言って、娘はうん、うんと笑顔で頷いている。興奮した子供の声をよく聞き分けられるな、お姉ちゃんって凄い。

 短めの影と長い影。二つの影を繋ぐのは歪な斜めの線。その影は離れることなく遠ざかっていった。


 何とはなしに右手を見る。表から見ても裏から見ても、綺麗とは程遠い子供みたいな手だ。特に手の甲は、小さかった頃のやんちゃで引き攣った皮膚が幾つも残っている。

 一番大きなものは、多分坂道をダッシュで下りる遊びで派手にコケたやつだろう。今思えば何が楽しかったのやら。


 夜族の再生能力は人間より高いが、こういった人間の時の古傷は、どんなに小さな物でも治らない。

 夜族として生まれ変わった時に、古傷がある状態が通常と認識されているのだろう。


 その為、夜族と取引をしてでも傷を消したい人間は、夜族になる前に治癒をする。

 自己再生と治癒の違いは……そうだな、前者は生命活動を優先する為の応急処置であるのに対し、後者は本人がどれだけ消耗しようと治そうとする働き、だろうか。


 治癒術でも同じことはできるのだが、その際に、完全に皮膚を剥がしたり傷口を抉る必要があること、下手をすれば死ぬ可能性があることから、まともな治癒士は了承しない。

 したとしても、治しきれずに何度も剥いで治癒術をかけるということも多いと言う。苦痛も金銭的な面でも、一般人にはなかなかできるものではない。


 手足の何本かがないとか、背中に煮え油をかけられたとか、そういった酷すぎる怪我まで治癒ができる夜族は少ない。

 だが、力のある夜族がやる気を出せば、例え聖女だろうと叶わないのだ。


 例え怪我人が望まなかろうと、嬉々として皮を剥いで肉を抉って、痛みに泣き叫ぶ声を聞きながら治癒を施すだろう。

 後に残るのは、夜族の哄笑と元怪我人の虚ろな目と傷一つない赤ちゃん肌である。酷い時には、一部分だけふにふにが納得いかず、更に剥ぐ奴も居るので、夜族を選ぶときは注意。


 だがまあ、悪魔との取引でなければ、夜族が人間の為にやる気を出す時は独占欲である。愛、と言い換えてもいい。

 特に同類にする程愛しちゃってる奴は、周りが引くレベルで溺愛をする。……訂正。周りも似たような素質を持っているので、まともな精神を持っている奴程アウェーという悲劇。


 "守夜"に気に入られてしまったが為に、散々吸われて、吸血鬼にするには大して必要ないのに溢れる程血を飲まされた奴も居る。勿論本人には無許可だ。

 もう四百年近くも経つのに、成り立ての赤子に対するような過保護を受けている姿を見ると、涙腺と腹筋が崩壊寸前になる。

 半吸血鬼ということで侮蔑や嘲笑を受けたとしても、あんな状況になるよりマシだ。


 ぼうっと考え事をしていたら、赤い空はほとんど紺に覆われていた。

 俺にはこれからが活動時間であるが、普通の人間は家に戻るなり酒場に行くなりする頃合いだ。

 見た目だけなら子供にも見える俺がうろついていると、色々面倒も多い。大人しく宿に戻って夜寝でもするか。


 夕飯の準備をする家々からは、煙と美味そうな匂いが流れてくる。家路を急ぐ人々と擦れ違いながら、宿へと歩き出した。




 かつかつかつ、かつり。一度だけ止まった靴音は、路地に進んだことでまた鳴り出す。

 夜が更ければ響くだろう音も、この時間なら生活音に紛れる。かつこつかつこつ、かつりこつり。


「で、いつまで着いてくるつもりだ」

「……気付いていたか」


 路地の入り口を塞ぐように立つのは赤い髪の男。気付かれてないと思っていた訳でもない癖に、白々しい。


「いつもいつも……お前は俺のストーカーか」

「ストーカー?」

「耳長曰く。監視に尾行、不法侵入に窃盗及び暴行……あと何だったかな。まあ、それを喜んでする変質者だそうだ」

「…………それ、犯罪者じゃないのか?」


 それ正解。よくできました。正解者には褒美をやろう。

 財布に入れていた金貨を弾く。当たったら笑ってやったのに、金貨は乾いた音を立てて奴の手を収まった。


「金貨?俺は依頼は……」

「足りねぇってか」

「いや、そうじゃなくて……」

「ああもう、うぜぇな」


 もう一枚の金貨も弾いた。今度は奴の額に当たり、思わず拳を握る。片手を空けようとするのはいいが、それで直撃したら意味ねーだろバーカ!


「っ何すんだ!」

「耳長に嫌み言われて、受け取れる訳ねぇだろ」

「は、ちょ……はぁ!?」

「お前の取り分だ。アカデミー教授は金持ってるみたいだから貰っとけ」


 結局ただ働きになってしまったが、今回は仕方ないだろう。何もしなかった訳ではないが、こいつの精霊術が殆どだったのは事実だ。


「……どんな関係なんだよ、お前ら」

「無関係だ。ほっとけ」


 ホワイトの問いに簡潔に返す。その答えに満足いかなかったらしい、眉を潜めたまま、何やらごにょごにょ言っている。

 その様子を壁に凭れながら見ていたが、いい加減に飽きてきた。どうでもいいからどけよお前。


「……あ!つかブラッディローズ!俺と契約」

「クリム?」


 落ち着いたアルトの声が聞こえた。

 それまでのおちゃらけた雰囲気を一変させ、臨戦体勢を取るホワイト。その辺りの切り替えができるのは、まあ、認めよう。

 組んでいた腕は下ろして、一応愛用のナイフをくるくる回して、俺も準備完了。でも俺の一番の武器はこの身体です。きらん。


「そんな怖い顔しないでよ。もしかして忘れた?」

「何?」


 声の主が近付いてくる。俺の位置からだと赤毛が邪魔でよく見えない。声で女だとはわかるんだけどなあ。


「……もしかして、ミナ、か?ミナ・マリー?」

「ええ、久しぶりね。クリム・ホワイト」


 楽しそうな女の声に、ホワイトの肩から力が抜けるのがわかった。

 その後、お互いに挨拶をし合っている様子から、それなりに交友があるのだろう。いや、それは別にいいんだが……。




 とりあえず退けよ赤毛。






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