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百年程前のことだ。
歴史上、何度も繰り返された"亜人狩り"で最も近いものは。
"亜人狩り"とは言葉から想像できるように、亜人に対しての殺戮行為である。
人間が人間以外の種族を迫害、虐殺することは珍しくない。その中でも、規模が大きく何年も続いたものが"亜人狩り"と呼称される。
正確には、夜族も含めた人外全てへの殺戮行為であるが、平和な時代において亜人への迫害は問題なので、敢えて"亜人狩り"を強調することが多い。
対象は小人や霜雪族といった亜人から、大多数には亜人と思われている人魚まで。全ての亜人が人間に取って得物となり得た。
普段ならば一部の犯罪者しか行わず、一般人から非難される傾向にある殺戮行為が当然になる時代。
亜人との確執か、大陸教の工作か。何がきっかけとなったのかは、研究者達の中でも様々な説が出ている程だ。
もしかすると、きっかけとは本当に些細なものだったのかもしれない。
しかし、気付いた時には亜人との殺し合いが始まっており、流した血の分だけお互いに引けなくなっているのだ。ある種のヒステリー状態に陥っているとも言えるだろう。
俺がソシ・レと出会ったのは、そんな時代だ。
亜人は全て人間達の獲物であったということは、耳長族も例外ではない。
他種族の亜人に比べれば被害が少なかったのは、単に元々の個体数が少なかったのと、基本辺鄙な森にばかり住み着いていたからである。勿論、弓と精霊術士の腕や他者を何とも思わない性格を発揮して、人間を撃退していたのもあるだろうが。
"亜人狩り"における一人当たりの人間殺害数は、被害種族の中でも上位に君臨するというのは、あまり知られていない。イメージとは恐ろしい。
何故奴の産まれた森に行ったのかは覚えていないが、多分議会の指示か何かだろう。
ああいう時代になると、調子に乗った人間達が増えて色々やらかすので、定期的な駆除を命じられるのだ。
それに従う義理はないが、他にすることがなければ、手伝わないこともない。最も、真面目にやるかは気分次第だが。
第一印象からして、奴は美しかった。
まあ、紅かったが。色が白いから、紅はよく映えるのだ。
だが綺麗だった。刃物を手にした男達に対して、絶体絶命の状況でも凛と立ち向かう耳の長い少女。
非日常でなければならないそれは、月並みだが一枚の創作のように美しかった。
……俺の目が節穴だったことは認めよう。
美しい少女だと思っていたのは少年であったし、よくよく見れば、氷の槍やら矢やらが刺さったままの死体がごろごろと転がっていたのだ。危機的状況の訳がない。
当時の俺も耳長族に対して詳しくはなかった。争いを好まず森に住み、美しく、弓が得意な長命の種族。
人間と同じく、そんなきらきらとした生き物だと思って居たのだ。酷い妄想である。
そんな訳で、俺が耳長少女に手を貸したのは当然といえば当然であった。
いくら時代とはいえ、大の大人がよって集って一人の少女を襲う等、許されるものではないだろう。それに、どうせ感謝されるなら、むさい野郎共より美少女の方が良い。
言っておくが、俺は少女趣味ではない。五、六十年後に期待しただけである。
颯爽と現れた俺は、瞬く間に人間共をぶちのめし、気を張っているだろう少女に笑いかけたところで。
氷の槍が飛んできた。
慌てて避ければ、まだあどけない顔をした少女は眉を寄せた。宙に字を書くように、指先がくるくると動く。
一応配慮のつもりで生かしておいた人間達に、ぐさぐさと刺さる氷。流れる血。
間違いなく俺の顔は引き攣っていただろう。自分がやった人数より、倒れている人数が多いことに気付いたのもこの時だ。
指を動かすだけで止めを差した少女は、俺を見据えて言った。
『次はお前だな、夜族』
結論から言えば、この時はこれで終わった。
まだ幼く、今よりも未熟だったソシ・レは、最後の精霊術で力尽きたのだ。
それでも矜持だけで人間達と渡り合い、夜族と知った上で啖呵を切る様に。
綺麗な生き物だと思ってしまった辺り、俺の負けであった。
綺麗なのは見た目だけと思い知るのは、耳長が目覚めた後の話。
今思えば、この邂逅から何故現在まで付き合いが続いているのかがわからない。俺とこいつの縁等、切れるどころか、繋がる理由さえもなかった筈なのに。
何故か共に森を出て旅をし、こいつがアカデミーに入ってからも、思い付いたように顔を合わせては口と精霊術が飛ぶ。
そうして、ずるずると今日まで来た。
始まりがわからないから、終わりもこんなものなのだろう。
息を吐く。閉じた目を開く。
目の前の生き物は美しい。だが、それだけだ。
「邪魔だ。どけ」
「私が貴様に従うとでも思うのか」
そんなこと、どうでもいい。
お前も、お前の言葉も、俺にとっては何の価値もないものだ。この心には何も響かない。
「お前如きが、俺を縛れるとでも?」
沈黙が落ちる。
面倒臭い。もう宿に戻りたい。戻って、寝て、寝るのに飽きたらどこか他の町に行こう。
この身体さえあれば、俺はどこへだって行けるのだから。
冷気が落ち着いた。
下がりきった室温はすぐに戻りはしないが、それだけでも温かいと錯覚する。
正気になったようで何より。もう二度関わらないからそのままどけ。
肩を掴んだ手が離され、
首の解放感に思考が停止した。
「こんなもの一つで縛られる半吸血鬼がほざくな」
耳長の嗤い声に意識が浮上する。
白い手が掴むのは、黒い革。
俺の、首輪。




