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「他の四件は表向き事故だが、今回は殺人だ。事情を知らない者達の中でも動揺が広がっている」
「うん、だから四人目は?」
「傷口は一箇所。心臓の真裏ではなく、下方から上に向かって貫かれている為、相手の身長は低いと思われる」
「随分器用な刺し方するな。で、四人目は?」
「暗殺者であれば小柄な者も珍しくはないだろうが、女、子供の線も視野に入れている」
何でこうも四人目の扱いが酷いのだろうか。もしかして嫌いだったのか?
そもそも人間自体が嫌いな奴なので、理由は気にしないが……死者に対して大人げない奴。
で、女子供ねぇ……。
幅が広がるのは良くないが、まあ、いきなり除外するよりはマシだろう。
「一応訊くが、犯人、あの術屍じゃないだろうな」
「犯行は三日前だ。それは有り得ん」
三日前ということは、三人でぞろぞろサフィルスに戻っている最中だ。自分一人ならまだしも、レミファさんを連れて無茶はできない為、できるだけ村に寄っていたのである。
本人は元気にしていたのだが、一見そうとわからない疲労は怖い。魂は老いていなくとも、老いた身体は確実に命を削る。
本当に、人間とは脆い。
「なーんかもやっとすんなぁ。そんだけ派手にやってんのに正体がわからない……いや、逆か」
それだけ逃げ隠れが上手いくせに、何故手口がこんなにお粗末なのか。
古代図書館に潜入しようとする者は多い。個人の研究者は勿論、精霊術士ギルドの過激派やどこぞの王国の特務機関が狙っているという噂もある。
図書館が狙われていると聞いた時、そういった手合いかと思ったのだが、それにしては慣れていないというか素人臭いというか。
だが、そうすると正体が掴めないのが……あーもー!
堂々巡りである。こういうことは頭のいい奴に任せよう。
「一応怪しい奴は居るんだろ。何人だ?」
「……それを聞いてどうするつもりだ」
「そりゃ夜族らしく、真っ向からの魅力と精神感の」
う、と言い終えることはできなかった。
凍り付きそうな程に冷たい空気が突然流れ出したからだ。主に原因は隣から。
ちらりと横顔を窺う。無表情。……何でこいつキレてんの?
「なんか知らんが落ち着け」
「私は落ち着いている」
「嘘吐け。だったらわざと室温下げてるってことになるじゃねぇか。草枯れるぞ」
優れた精霊術士とは、精霊誑しのことである。
好みの土地から離れてでも着いてくる連中にとって、術士の機嫌は自分の機嫌のようなものなのだ。
あの人が嬉しいと私も嬉しいの、くらいなら可愛げもあるが、テメェ誰に喧嘩売ってんだゴルァ!までいくともう災害である。
術士の意志に関係なく、事象を起こしまくる。それに乗っかって、お調子者の精霊達も事象を起こしまくる。
最終的に、術士が宥めすかして機嫌を取ってやるか、暴れ飽きるまで放って置くしかなくなるのだ。暴走と言ってもいい。
今はまだそこまで行っていないようだが、この状況は間違いなくそれであろう。
耳長が俺に対して精霊術を使うのなら、こんなものではなく、もっと直接的な攻撃を仕掛けてくるからだ。
そうすると益々解せん。先程の会話のどこにそんな要素が?
「なあ俺何か言っ」
「何故そんなことをする必要がある」
「えっ、いやだって、お前犯人捜してるんだろ?」
「それが貴様に何の関係がある」
「何のって……」
いや、何もないが。見ず知らずの人間が何人死のうと、俺にはどうでもいい。
耳長に比べればマシだと主張はするが、夜族も大抵自己中なのだ。というか倫理観の問題か。
餌がどうなろうと、自分達に被害が来なければ好きにしろ、と思う。
なら何故俺は手出しをしようと思ったのだろう。
暫し考え、思い付いた理由にげんなりする。だが、これなんだろうなあ、多分。
これだから元人間は嫌だ。初めから化け物だったら、こんなこと思いもしなかっただろうに。
「……何だよ。折角手伝ってやろうと思ったのに」
そんな気持ちがあったからか、紡いだ言葉は恩着せがましい言い方になってしまった。自分でもダサいと思う。
顔を背けて、大きく息を吐いた。
茶でも淹れ直そう。ハーブティーも棚に有っただろうか?飲めそうもなかったら、最悪淹れた分だけ飲んで、残りは奴に押し付ければいい。
とりあえずこの空気を替えよう、と腰を上げた瞬間。
体勢を崩した俺は、背中から机の上に落ちた。
ポットは何とか落とさずに済んだが、背中と、遅れて天板に当たった後頭部が地味に痛い。
俺の肩を引いた本人は、何も言わずにこちらを見ている。謝れよ耳長。
「おい、何す」
「手伝う、だと。そんなもの、誰が必要だと言った」
「……お前それで怒ってたのか?」
耳長族の自尊心を傷付けてしまった……のか?夜族なんぞの手を借りないと言いたかったのだろうか。
こちらとしても、深く考えて決めた結果でもないのに、そう過剰反応をされても困る。つか、行動に移す前に言語を使え。この野蛮民族が。
「へーへー、俺が悪ぅございました。テメェが頭下げても手伝ったりしねぇから離せよ」
言葉だけでもこいつに謝るのは癪だが、精霊を怒らせるのは得策ではない。
先程から室温はかなり下がっていて、指先がとくとくと血を巡らせようとしている。
奴の周りは凍えそうな程に冷えているのに、肩を掴む手だけが熱い。
「だから離せって」
「貴様は」
金色の髪がしゃらしゃらと視界に降ってきた。太陽みたいに、眩しい。
目の前には翠玉のような輝きが二つ。
「いつもそうだ」
貴様のそういうところが。
翠の目が細まる。色合いだけなら優しいのに、こちらを射抜く視線に甘さは一片たりとも混じらない。
薄い唇から紡がれる言葉もまた。
「私は嫌いだ」
とくとくとく。それでも指先は冷たい。




