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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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 大切に思われていた癖に、望んで化け物になる奴の気がしれない。

 俺は――。

 

「……そういえば、古代図書館の方は解決したのか?」


 話題を変える。結局、明確な答えは返って来なかったが、これ以上この話題を続けると何か俺まで落ち込みそうな気がする。

 ほら、俺って繊細だから。何故か信じて貰えないことが多くても。


 カップを置く小さな音がした。

 ちらりと覗き見たソシ・レは、無表情のような少々不機嫌のような、普段と変わらないように顔に見える。

 似顔絵か彫像作ったら飛ぶように売れ……いや、駄目か。このクオリティを再現するのに、一体幾ら掛かるかわからない。


「五人目だ」

「五人?」


 よくわからなかった時はとりあえず繰り返す。普通の人間はもう一度言ってくれたり、噛み砕いて伝えてくれたりする。

 それがコミュニケーションというものだ。断じて、虫でも見るような目で相手を眺めた後、これ見よがしに溜め息を吐くことではない。


 人数……そういや死人が出てたんだったか?どうでもいいから忘れていた。


「確か学生と、教員と……」

「研究員が三名。それぞれ、所属は別の研究院だが、勤め始めてから長い」

「図書館の奥に入れる程度には?」


 こちらを見て鼻を鳴らす耳長。へーへー、当たり前のことを訊くなってことですか。誰もが自分と同じ頭を持ってると思うなよ。


 いまいち思い出せないのだが、ここ半年、だったか。一ヶ月と少しで一人ずつ。

 サフィルスは大きい街なので、死ぬペースとしては不自然ではないだろう。最も、それが古代図書館の深部まで入れる人間でなければ。


「あ、でも学生も居るのか」

「進路希望は、専攻の研究院だったそうだ。成績、人物適性共に問題なく、担当教授も前向きであったらしい」

「それで入れんの?」

「許可は降りない。しかし、教授が研究に使用する資料を見ることは可能だ」


 つまり、多少の知識と深部の閲覧に近い学生であったということか。


 古代図書館の最奥には、それはそれはヤバい代物がごろごろしている。何が一番恐ろしいかといえば、それがかつて普通に使われていた技術であるということである。

 この世界における前時代の遺物とは、もう時代というより世界といった方が正しい。

 俺は世界の終焉を見たことはないのだが、何千年も生きている夜族の中にはその節目に居合わせた者も居るという。


 何度も何度も壊れ、その度に始まった世界。今の世界が何番目かは知らない。

 前の世界が終わったのは三千年程昔だったらしいが、セレネの記憶なのであまり当てにはならない。あいつ、自分の年齢も覚えてないからな。


 世界の終焉と言っても、宗教で叫ばれているような神が一から作り上げた、というようなものではない。

 言ってみれば、単なる文明の終わりだ。単純なものである。


 人間の精神の発達以上に科学が発達した結果、技術の暴走、人間同士の争い、環境変化その他諸々の事態に陥った。

 気付いた時には人口は激減し、技術は失われ、文化文明は滅んだというお約束設定である。下らねぇ。


 大体その裏には夜族が居る、というのが変わったところかもしれないが、正直どうでもいい。

 その状態になる頃には、夜族は既に狩られまくって身を隠すように暮らしていたという。

 そこで殲滅、もしくは管理しきれなかった人類の詰めが甘かったとしか言い様がない。まあ、夜族が神話や娯楽に出てくる空想上のモンスター、という認識が一般的になった世の中では仕方ないとも言えるが。

 とはいえ、数が圧倒的に劣る夜族数人に唆されたくらいで戦争を起こす等、馬鹿が鋏を持ってはいけないということがよくわかる事例である。


 そんな訳で、古代図書館の最奥には眠っているのは、文明消失レベルの代物だとおわかり頂けるだろうか。

 もっとも最深部に入れるのはほんの一握りで、長年勤めた教授、研究員でも、学生開放区画より多少奥まで入れるくらいという。

 そのセキュリティには、前時代の技術と精霊科学が組み合わされ、許可なき者は、例えどれだけ優秀な精霊術士、科学者であっても侵入を拒むらしい。正直、そういうフラグ立ては要らない。


「こんだけやって結果が出ないんだったら、許可出せる奴が狙われんじゃね?」

「学生が襲われた時から、警備は固めている。それとはわからないようにな。しかし釣れん」


 ……いや、一応お偉いさんで釣ろうとするよな。お前がそういうのに興味ないのは知っているが。


「そもそも、本当に殺されているのか?」


 条件が似ているのであれば、ある程度行動も似ていたのではないか。

 それでも半年で五人は多いかもしれないが、まあ、偶然とは重なる時に驚く程重なるし。


「初めの研究員は、帰宅中に頭を打って死んでいた。その夜は院での食事会があり、酒を過ごしていたようだ」

「いや、ただの事故だろ。酔っ払いが転けただけだろ」

「研究員証が見付からなかった」

「どこかに忘れたんじゃねぇの?」

「勤務中は確かに携帯していた。それは他の研究員が確認している」

「じゃあ飲んでから落としたんだろ」


 俺は、酒精の喉から鼻に抜けるもわあっとした感覚が嫌いなので、前後不覚になるまで飲む意味がわからない。

 たまにノリで飲むこともあるが、一口目から頭が揺れる。飲み過ぎたら意識を失うどころか猛烈な吐き気に襲われる。

 そんな俺からすれば、明らかな千鳥足で陽気に徘徊する酔っ払いは理解不能な生物だ。

 研究員証がどれ程大切な物かは知らないが、落とそうが捨てようがくれてようがおかしいと思わない。酔っ払いに理由は要らない。


「古代図書館の入棺証でもある。当然アカデミーは行方を探した」

「でも見付からなかった。そんなレア物なら誰だって盗むんじゃねぇの?」

「財布及び護符(アミュレット)は手付かずだった」

「うわあ、不審」


 本気で不審だった。例え殺していなかったとしても、金目の物に全く手を付けずに、ぱっと見身分証明できるだけのぺらい紙だけ盗っていくとか、どんな物取り?


「まさか他のも同じような手口じゃねぇよな……」

「二番目の数学教授は、自宅の風呂で溺死。争った形跡はなく、高齢であったことから自警団は事故死と判断した」

「一応訊くが、教員証的な物は?」

「自宅及び教授の研究院を捜索したが、発見されなかった」

「馬鹿だろ。皆馬鹿だろ」


 そんな不審さ全く隠す気ない犯人も、そこまでやられていて犯人の目星もついていないアカデミー職員も、頭悪過ぎる。


「で、次」

「三人目が学生だ。授業棟の屋上からの転落死」

「え、なにその掃除夫泣かせかつ親泣かせ。棺桶に詰められたのか?」

「工学科の学生が、蝋で精巧な顔を複製したと聞いたが」

「それはそれで怖ぇよ」


 つまり完全に見れないことになってたんだな、顔。

 アカデミーの敷地内は石畳も多いので、仕方ないといえば仕方ないかもしれないが。

 痛かっただろうな。女の子じゃないことを祈るのみだ。


 想像してげんなりしていた俺に、ソシ・レの声が掛けられる。


「そして五人目は刺殺だ」


 頭の隅に引っ掛かるものがあった。

 言葉にしようと口を開いたところで、ソシ・レが言葉を続ける。


「凶器は現場に捨てられていたスティレット。背中側から心臓を一突きだ」


 他の四件とは違う。これは明らかな殺人だ。


 沈黙が落ちる。

 手に持っていたポットは、中身をなくして冷え始めていた。それを抱える指に、少しだけ力が篭る。


「ソシ・レ」


 奴の名前を呼ぶ。

 どうしても言いたいことがあったのだ。


 なあ。




 その流れで四番目飛ばしてやるなよ。






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