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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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25


「一人では遣いの一つも満足にできないとは、流石なり損ないだ」

「うっせ黙れ耳長」


 カップに口を付ける。花の香りは移した茶葉は、同じ半発酵茶と比べて爽やかな風味だ。ハーブティーやスパイスを利かせた茶は苦手だが、香り付け程度であれば嫌いではない。

 相変わらず茶請けは生の果実だ。黄みが強い橙色の実は、見た目の色から想像していた以上に甘い。

 何でこう、変に期待を裏切るようなもんばっかり生えてるんだ、こいつの研究室は。花茶とは合ったが。


「勝手に来た奴を俺がどう使おうと俺の勝手だ。文句は行く先々で精霊誑すのを止めてから言え」

「人間如きを精霊と一緒にするな」


 無表情のまま吐き捨てると、耳長はカップを傾けた。そんな所作でさえ美しく見えるのだから、美形は得だ。


「人間如き、ね。お前がべた褒めしていた学生も人間だったと思うが?」

「私は能ある者には敬意を表す。三歩歩けば忘れる、低能夜族には理解できぬだろうがな」

「俺は鶏か!」

「個体を限定した覚えはないが」


 優雅にカップを口元に持っていく耳長。鼻を鳴らしておいて、今更上品ぶってんじゃねぇよ……!

 ハンカチがあればぎりぎり噛み締めたい……訂正、阿呆餓鬼が居るなら殴る。ハンカチは裂けるが、あれはそう簡単に壊れない。エコだ。


 ……鶏で思い出した。結局回収するのを忘れてしまったあいつはどうなったのだろう。あのままならどう転んでも生きてはいないだろうが、喰われたのだろうか。

 黙ったまま花茶を口に含む。今の今まで忘れていたことを知られたら、今度は名指しで鶏扱いされそうだ。


「……ファミラ・ドは何か言っていたか」

「ファミラド?」


 茶を飲み下し、ぱちぱちと瞬きをする。

 意識を向けていなかったのと、無駄に自信溢れる耳長にしては小さめの声だったので、一瞬何のことだかわからなかった。

 術屍の名前だと思い当たった時には、奴はもう俺の方を向いていなかった。


「ファミラ・ドって名前だったのか、あの術屍」

「名乗らなかったのか」

「下等種族に名乗る名前は持ち合わせてなかったんだろ」


 もう少し遊んでいたら名乗ったのかも知れないが、所詮かも、の話だ。

 ハイ・エルフを自称する少女も、長い耳の術屍もどこにも居ない以上、考えるだけ無駄と言うものだろう。


「……ん?お前知り合い?向こうの一方的なストーカーかと思っていたんだが」

「ストーカー……確か、表向きは恋情を主張し、実際は監視、尾行、非生産的な文の送付、住居への侵入や所有物の盗難から果ては暴行等を長期的に繰り返し、対象に対して心身共に苦痛を与えることに生き甲斐を見出だす変質者のことだったか」

「あー、うん。間違いじゃないけどそれ俺が前にした説明と違うよね?」


 ストーカーは犯罪だと言ったが、こう羅列されると本気でエグい存在なんだなと思った。

 だが、この言い方だと、ファミラ・ドをストーカーだとは思っていなかったのか?

 いや、そもそもソシ・レはファミラ・ドを嫌っていたのか?

 

「……もしかして、マジで嫁さんだった?」

「下らない。一体幾つ離れていたと思っている」

「七十くらい?うわー変態じゃん、犯罪者じゃん」

「吸血鬼と一緒にするな」

「俺は違ぇよ」


 前にも説明したかもしれないが、生気の質及び量は、年齢と清らかさに影響される。そして生気の質が良い程、夜族の味覚は美味いと感じるのだ。

 多分、生命活動を行う上で必要な生気を、好んで摂取しようとする本能だろう。よくわからなければ、油物が妙に美味いのと同じだと思えばまあ近い。


 その為、一番美味いのは赤子である。しかし、赤子は美味くとも血液量が少ないし、庇護者が近くに居ることが多いので、リスクも大きい。それでも狙う奴は居るが。


 大体は子供を狙うことが多い。若く、性経験もなく、赤子より大きくて喰い出がある。

 やんちゃな時期、多感な時期なら周りの大人もある程度放っておく。しかも群れていることが多い。こちらからすれば、鴨が葱背負って持参した鍋を沸かしているようなものだ。


 結局何が言いたいのかと言われたら、大体の吸血鬼は少女趣味(ロリコン)幼児愛者(ペドフィリア)の素質を持っている、ということだろうか。

 なお、女吸血鬼と一部の変態はこの限りでないと付け足しておこう。

 せめてもの救いは、性嗜好ではなく食嗜好であるということだが、人間の倫理観で判断してはいけない。


「青臭い小僧を連れてよく言う」

「誰が好き好んで連れるかあんな阿呆餓鬼」


 不味すぎて非常食にもならねぇよ!叫んだ俺を、冷たい目で見る耳長。お前が話振ったんだろうが。


「つか俺のことよりファミラ・ドだろ変態耳長!」

「ファミラ・ドと気安く呼ぶな変態半吸血鬼」


 なら何て呼べってんだよ!

 苛々しながらカップを傾けたら、殆ど中身が残っていなかった。保温瓶から湯をポットに移す。

 最初に比べれば薄まった花の香りは、けれどささくれだった心を少しだけ癒した。これで耳長が居なければ完璧なのに。


「俺は、人間だろうが耳長だろうが、餓鬼に手ェ出す趣味は」


 頭の隅に一つの記憶が思い浮かんだ。

 ……茶をカップに移す。とりあえず茶を飲んで落ち着こう。

 ふう、美味い。


「で?術屍とどういう関係だったんだ」

「……ファミラ・ドが森を出たばかりの頃、共に居たことがある」


 視線を落とすソシ・レ。嫁ではないと思ったが、それとも別に予想外な台詞が出てきて驚いた。

 いや、でも。


「お前、森出てからはアカデミーに居たんじゃなかったのか?」

「当時教授に同行した現地調査先が、ファミラ・ドの生まれた森だった」


 ちらりとポットに視線をやるソシ・レ。淹れろと。この空気で。話始める前に言え……!

 ポットを持って奴の前まで行く。残りを全部注いでやれば、水面が盛り上がるぎりぎりまで入った。ふはは、犬飲みになるがいい。


 そのまま机に腰を下ろしてガン見をする。耳長は眉を顰めた後、躊躇いもなくカップを手に取り口を付けた、だと?

 何故茶は溢れん……!?横を見て歯軋りをする。


「ファミラ・ドは死を恐れていた」


 無感情な声。横を見たままなので、奴がどういった顔をしているかはわからない。


「まだ六十歳の子供が、一人で森から出た。人買いに狙われるのは当然だ」

「その点お前はちゃっかりしてたよな。でも精霊術は得意そうだったぜ?」

「エルフの住む森は元々精霊が多い。森から出ないエルフは知ることもないがな」


 へえ、気付かなかった。エルフが精霊術に長けているのは土地柄もあったのか。

 動物でなく相手が人間、というのもあったのかもしれない。だがそれ以上に、それまで当たり前だったものがそうではない、と気付く方が、余程堪えるだろう。

 そしてそれは、精神力も要素の一つである精霊術を扱うには致命的な隙だ。


「ファミラ・ドを捕らえたことで愚かにも自信を持ったのだろうな。私の容貌を見て襲い掛かってきた」

「そしてあっさり返り討ち、と」

「当然だ」


 今よりは若かっただろうソシ・レが、不快げに眉根を寄せて無双する姿が容易に想像できる。

 人買いも、喧嘩売る相手は選べよな。


「面白がった教授がファミラ・ドの同行を許し、アカデミーに戻るまで共に旅をした」


 あー、確かにそれは惚れるわ。ソシ・レ命の恩人じゃん。しかも美形。

 流石に子供相手に大人気ない態度は控えただろうし、大人の男にメロメロになっちゃったんだろうなー。結論、ソシ・レが悪い。


「なあ、そもそも森を出なければ恐い思いをしなくて済んだんじゃねぇの?」

「逆だ。死を恐れたから森を出たのだ」


 瞬きをする。森に居れば安全だったじゃないか。

 勿論、人買いが入ってくることもあるが、不審なことがあれば大人もやってくる。少なくとも、子供一人外に出るよりはよっぽど安全だ。


 口を開こうとして気付く。でも、そうか、死ぬのか。

 エルフは、一生を森で過ごす種族。森で産まれて、森で死ぬ。そうして日々滅びへと向かっている。

 今までと同じでは駄目だったのかもしれない。森には自分に必要なものがなくなってしまったのかもしれない。ただわかっていることは、このまま森に居ても自分は死ぬだけだということ。


「で、死を恐れて最後には術屍?何があったんだよそこまでに」

「知るのはファミラ・ドだけだ。私は知らない」


 言葉だけ取れば、単なる酷い奴なんだがな。

 こいつには珍しく、その、なんだ、落ち込んでいるように聞こえる。


「……殺した俺が憎いか」

「いや、不本意だが感謝はしている」


 あれはただの術屍で、ただの動く屍だ。


 俺は、同情も同調も嫌いではない。しかし、哀れまれるのもわかった気で押し付けてくる奴も嫌いだ。その逆も然り。

 でも、あの術屍は可哀想だと思う。


「なあ」

「何だ」

「お前にとって、あの術屍……いや、そのエルフは何だったんだ?」


 部屋に静寂が落ちる。

 暫くお互いの呼吸だけが聞こえ、やがて答えが見つかったのか、ソシ・レは言葉を紡いだ。


「死んだと聞いた時……悲しいと、思えた存在だ」


 やっぱりあの術屍は可哀想だ。




 この言葉が、術屍となった少女に向けられることは、ない。






 書きたいことはあるのですが、上手く入れられず……難しいです。

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