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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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 腕の中の身体は、小さく、軽い。

 屈んだ体勢を戻せば簡単に持ち上がった。

 離れかけた靴先が、何度も床を掻く。ぱたぱたぱた。可愛らしいこと。


「離しなさい!人間如きがっ……!」

「え、嫌」


 頭も振るから目の前で動く耳に囁く。

多分、今の俺は相当愉しそうな顔をしているだろう。見えなくて良かったな、術屍。


「細い首だな」


 小さな身体に見合う細い首。

 俺の餓鬼みたいな手でも簡単に縊れそうである。


「それに、白い。……ふふ、は」


 染み一つないそれは、真っ白だ。

 白、白、白。ソシ・レも白いが、術屍はあいつ以上に白い。不自然なまでの、白。

 嗤いが止まらないまま、首筋に鼻を寄せる。


「どんだけ白粉を塗りたくろうと」


 化粧は濃いか薄いかくらいしかわからないので気付かなかったが、流石にこの距離ならよくわかる。

 鼻の奥にこびりつくような感覚。噎せ返りそうなくらいの、饐えた臭い。


「お前の生臭さは隠せないみたいだな?」


 どんなに真っ白な皮で飾り立てようとも、腐ってどろどろに溶けた中身では食指も動かない。

 指を絡めたまま握り締める。


 ぶちぶち、ぽっきん。


「――――っ!」

「術屍って痛覚あるのか?」


 力任せに引っ張れば、意外と可愛らしい音を立てて術屍の手首が取れた。

 ぼとぼとと落ちるどす黒いものは、液体というか半固体というか。……なんで革手袋忘れてきたんだろう、俺。


「こっ……!」

「はいはい、お口にチャック」


 術屍の体液に濡れた掌で、口を塞ぐ。詠唱らしきものは聞こえなかったので指を落としたが、念には念を入れてだ。

 もう片方の手で二の腕を掴めば、何とも言えない感触が伝わる。何だろう、熟れすぎた桃のような?

 体勢が変わったので前屈みになる。少し辛い。

 俺の体重が掛かった肌が沈み、けれど元に戻ることなく窪みが残る。


「ははっ、きったねぇの」

「ぼばべ……!」

「人語話せよ。……ああ、術屍には難しかったか」


 首元でクスクス笑っていたら、唯一自由になる目で睨み付けてくる術屍。

 はは、ソシ・レの睨みに慣れてる俺が、そんな可愛い顔に恐がる訳ないじゃーん。


「夜族なんかになるから、こういうことになる」


 恨むなら自分を恨みな。

 術屍だけに聞こえるように、小さく囁いた。

 先程精霊術を使ったホワイトが、柱の影から出てくるのが見える。こちらを伺うレミファさんの顔も見えるが、まあ、聞こえないだろう。


「あと、そうだな。俺の名前はショー・ピール・ブラッディローズ」

「!」

「よろしく、ご同類さん。そしてごきげんよう、だ」


 右手は一度外套の下に潜らせ、左手で術屍を突き飛ばす。体勢を崩しながら倒れていく術屍と目が合った。

 ソシ・レのことで弄った時と同じくらい、ぎらぎらと怒りに燃える瞳。

 術屍でなければ、ちょっと好みだったかな。


「お前、つきぐ」


 ぱん、ぱん、ぱあん。


 頭、喉、胸の三拍子。乾いた音を背景に、術屍の唇が残りの言葉を形作る。

 黒ずんだ体液を吹き出しながら、小さな身体は床に叩き付けられた。


 広間に静寂が落ちる。

 視線の先にある術屍の身体が溶け出した。

 血溜まりのように広がる体液の上に、汚れた骨と衣服だけが残る。


「あれ?」


 銃を構えたまま、俺は首を傾げた。

 ええと、これって、


「まさか死んだ?」

「いや、撃っただろ」

「いや、撃ったけど」


 一般的な術屍は骨らしいので、急所を撃ったくらいでは殺せないかと思っていたのだが。

 頭を撃ったのが良かったのか、"夜殺し"が効いたのか、判断できない。

 ……まあ、いいか。とりあえずまずすべきことは、


「水出せ」

「……さっきも精霊術使ったんだが?」

「俺にこの手のままで過ごせと?テメェの外套で拭いてやろうか」

「止めろ汚ぇ!」

「逃げるな!」


 冗談抜きでこの状態は嫌だ。臭い、汚い、ああ嫌だ。

 とりあえず手近な布で拭こうとしたら、逃げやがった。ちっ、役立たずめ。


「おーい、もういいかのー?」


 あ、忘れてた。小さく手を振って、大丈夫だと伝える。

 こちらに近付いてくるレミファさんに、俺も足を向けた。術者が死んで土人形は復活しないとはいえ、まだ仕掛けが残っていないとは限らない。

 目の前まで来たレミファさんは、そのまま俺の横を通り過ぎる。振られた。


 若干気落ちしながら後ろを着いていくと、術屍の側でしゃがむレミファさん。

 何か調べているようだが、よくやるなぁ。グロくするのは得意だが、かといって見るのが好きな訳ではない。

 手持ち無沙汰になって周囲に視線を向けるが、危険そうなものはない。ああ、畜生。手が気持ち悪い。


「酷い手じゃの」


 気持ち悪さでわきわきさせていたら、声を掛けられる。

 何がわかるのかは知らないが、まあ、満足したのだろう。


「もういいのか?」

「うむ」

「なら戻ろう。ホワイト、あれ拾って来い」

「俺は犬か」


 文句は言いつつも、土人形の核を回収するホワイト。無力化した核なら、持ち歩くのにも危険はない。

 ギルドでも買い取りを行っているし、伝があるなら研究者に流してもいい。こういった素材は、冒険者や"夜狩り"の収入源でもある。


 来た道を、今度は三人で戻る。暗い通路では手を貸してやりたいところだったが、流石にこの手では無理だ。

 通用門を出ると、馬の鳴き声が出迎えた。おお、生きてた。運がいいな、馬。


「ホワイト、手を貸してやれ」

「わかっている。リッチさん、俺の手を」

「その前にいいかの?」


 手を差し出すホワイトの言葉を遮り、レミファさんが俺に顔を向ける。やーい、振られてやんの。


「あっちに井戸があるんじゃ」

「よし行こう」

「おい」

「あ?」


 何か言おうとしたホワイトを視線で黙らせる。水も出せねぇ奴は黙っとけ。


 馬の番をホワイトに任せて、レミファさんと一緒に歩く。伸びっぱなしの雑草が足を取ろうとするが、踏みにじりながら進んだ。

 井戸の回りもやはり荒れていた。しかし、井戸自体は生きているようで、清らかな水の匂いがする。

 飲用はできずとも、手を洗うには充分だろう。寧ろ縄がもつかの方が心配だったのだが、そちらも何とかなった。

 水を壊れかけのたらいに移す。あちこち漏れるが、傾けて使う分には問題ない。

 冷たい水の中で擦り合わせれば、すぐに俺の手は見えなくなった。


「うわ汚ぇ」

「夜族も気にするんじゃな」


 さあさあさあ。風が草を揺らす。


「レミファさん?」

「私は気にせんが」

「いやそうじゃなくて」


 否定の言葉を続けようとして……止めた。

 亀の甲より年の功。否定するだけどつぼに嵌まりそうである。

 だから、これは純粋な疑問だ。


「何でそう思うんだ?」

「女の勘じゃ」


 にやりと笑うレミファさん。

 いやそれ質問に答えてな……もう、いいや。とりあえず手を洗おう。

 汚れた水を流し、新しい水を汲む。


「何故夜族になったんじゃ?」

「俺にはわからないが、なりたくてなる奴が居ると思うか?」

「だが、あの術屍は望んでなったのじゃろう?」


 多分な。声に出さずに呟く。

 力のある精霊術士や、悪魔に嵌められたりすると術屍になることもあるらしいが、あくまでも、らしいの話だ。

 どちらであっても、エルフがそんな状況になるとは考え難い。


「もう一ついいかの」

「答えられなくてもいいなら」

「お主は何の為に生きてるんじゃ?」


 何の為に。

 化け物として、人の生き血を啜り、殺し合い、それでも生きている。

 何の為に?


「……殺したい男が居る」

「ほう、その男に何をされたんじゃ?」

「惚れた女を取られた」


 僅かに金を溶かしたような、白金色の髪。

 力強く脈打つ、血の通った白い肌。

 紅い、紅い、目。


「何年経とうとも、何十年、何百年経とうとも、必ず探し出す。探し出して、殺す」


 あの娘だけで良かったのに。

 あの娘だけが俺の世界なのに。


 手を洗っていると、押し殺したような笑い声が聞こえた。

 視線を向ける。小さな身体を更に丸めて、老婆は笑っていた。

 俺が見ていることに気付いた老婆は、ごほんと一つ咳払いをした。しかし目尻は下がっている。


「済まん済まん。いや、しかしお主……顔は女を取られた男なのに、言葉は女じゃのう」

「……どういう意味だ」

「靡いた女を責めるでなく、相手を責めるのは女のすることじゃ」


 老婆の言葉を噛み砕いて考える。靡いた女。

 ……ああ、そうだ。あの女が悪い。

 俺だけだと言った癖に勝手に奪われた。最後の最後で俺を裏切った。

 そして俺は囚われて、あの夜から何一つ変われず、こうして彷徨っている。


 それでも。




 戻ってきた俺達の雰囲気が違うことに気付いたようだが、ホワイトは触れて来なかった。その程度の知能はあるようで何より。

 レミファさんと荷物を馬に乗せ、奴が引き、俺が離れて後ろを歩く形だ。

 まだまだ高い位置にある月は、最寄りの村に着く頃には薄くなるだろう。まずは目覚めた宿を取って、思う存分休んでからだな。

 ふと立ち止まる。二人に少しずつ離される中、空を見上げた。月が明るい。


 それでも。




 他の生き方なんて、俺は要らない。






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