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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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23


 術屍に向けてナイフを投げ付ける。

 予想していたのだろう、土人形に叩かれたが、こちらも折り込み済みだ。

 銀製ではない、丈夫さだけが取り柄のナイフが術屍に刺さったところで、大したダメージは認められないだろう。

 こちらは投げてすぐに走り出している。


 やる時は徹底的に、といきたいところであるが、こちらにはレミファさんが居る以上、あまり本気を出す訳にもいかない。

 術者が倒れれば土人形は崩れる。狙うは術屍ただ一人。


 大きな土人形が、持っていた袋を投げ付けてくる。

 僅かに方向をずらして躱せば、後方からぎゃん!という鳴き声が聞こえた。何だ魔獣か。

 気にせず、一気に距離を詰めようとする。そんな俺の前にもう一体の土人形が立ち塞がった。


 壊すか。考えたのは一瞬。けれどそのまま土人形の足の間をくぐり抜ける。

 動きが鈍いから、ちょこまか動かれるのに弱いんだよな、こいつら。土人形相手にビビったらいい的である。

 と、余裕なつもりで居た俺の前には鋭い尖端が。


「!」


 着地を考えずに横へ跳ぶ。幾つもの氷の槍が軌跡を辿るように床にぶつかり、涼やかな音を立てた。

 案の定俺は床を転がったが、特に痛めたところもなく、そのまま立ち上がる。だが、帽子邪魔!レミファさんに預けとけばよかった。

 外套の汚れを払う俺に、術屍の笑い声が落ちてくる。


「ふふ……さっき這いずり回っていたところ、とてもお似合いだったわよ。虫みたいで」

「それ、よく言われる」


 しかも殆どの奴がイイ笑顔だ。見るだけで楽しめるとか、俺と床ってどんだけベストコーディネートなんだよ。床ではなく地面の時もあるが。

 どうせ見付けるなら、もうちょっとファッションに取り入れられそうなアイテムにして欲しい。


 冗談はさておき、これからどうするか。

 油断していたのは事実だが、まさかこの場所であれだけの精霊術を使えるとは思わなかった。

 床に当たれば簡単に砕ける程、小さく、脆かったが、その分数が多い。


 優れた水精霊の使い手が本気を出すと、氷で薄い金属版も貫けるとかなんとか。いや待て氷だろ?所詮はH2Oだろ?

 精々へこませるのが限度だと思ったら、竜の鱗も貫通するという。……鉄より硬くね?

 なんか不純物がどうとか結晶がどうとかで硬度が変わるとか言っていたが、実際やばいのは硬度より温度らしい。


 凍らせることで元々の硬度を変化させて破壊する、というのは生易しい方で、人間なんかが直撃すると、尖端が血管に届いた段階で凍結した血の結晶が身体中をズタズタに……って怖ぇわ!

 まあ、そんな温度を保てるような術ならそもそもその質量だけで殺せる。よってそういう死に方に対する警戒はしなくていい、という話だったのだが……。

 やるかやらないかはともかく、できるだけの能力があるのだとしたら厄介だ。


 普通の場所でも殆ど使えないのもあって、俺は、一般的に精霊が少ないとされる場所で精霊術を使ったことはない。

 なので、精霊の数が精霊術の効果にどれだけ影響するか、よくわかっていない部分もある。

 しかし、最も初歩的な水を出すという精霊術でさえ、あの二人はできないと言ったのだ。まあ、不可能ではなく、そうまでして出す必要がないと判断したのだろうが。


 ダンスホールでホワイトが竜巻を起こしたことから、精霊術が使えない訳ではないことはわかる。

 だが、あれは本当にずば抜けた才能を持っているのだ。室内であったことを踏まえても、そんなホワイトが術一つにあれだけ時間を掛けているということは、相当消耗も激しい筈なのに。

 土人形の操作に精霊術での攻撃。どちらも完璧にこなすとか……腐っても元エルフ、ということだろう。


 まあそれだけでなく、レミファさんの言っていた通り、術屍には何らかの補正が掛かっている可能性も考えた方が良さそうだ。とりあえず場所のマイナス効果は期待できそうにない。

 ……あー、もー、面倒臭いなー。


「……ん?そういえば、レミファさんも喰うつもりだったのか?」

「止めてよ。口の中パサパサになりそうじゃない」

「失礼な小娘じゃ!」


 柱の影から顔を出し、怒号を飛ばすレミファさん。気持ちはわかるが、ちゃんと隠れていて欲しい。

 つかホワイトも止めろよ。お前何の為に居るんだ。

 一通りぷんぷん怒ったレミファさんは、元のように引っ込んだ。一瞬視線が交差する。

 こほん。気を取り直して話を続ける。


「なら何で」

「あれを拐ったらソシ・レが会いに来てきれると思ったんだもの。研究院に出入りしているところを、何度も見たから」

「奴のところの学生だってわかってて拐ったってことか。……見たって?」

「ええ、そうよ。犬に記録用の宝珠(オーブ)を持たせたり、我慢できなくて研究院の周りまで行ったこともあるわ」


 あまり近くまで行けないけれど、やっぱり自分の目で見た方が素敵よね。


 夢見心地といえばいいのだろうか。目を潤ませ、どこか遠くを見るその姿は、可愛いと思えば可愛いのだろう。ははは。


 怖い。


 後半だけなら、シャイな恋する乙女が物陰からそっと見詰める、という想像もできるかもしれない。

 しかし、そんな幻想は前半で既に打ち砕かれている。何だ記録用宝珠って。そんな稀少なもんを何に使ってんのお前?

 そして極めつけが、ソシ・レへの会いたさで誘拐?そんな傍迷惑かつ回りくどいことするなら普通に来いよ!

 怖い。そして痛い。


「厨二ヤンデレストーカーロリっ娘エルフ術屍とか属性付きすぎだろ……なあ、それ誰得?」

「何の呪文か知らないけれど、精霊術で私に敵うとでも?」

「いや呪文じゃないから」


 そもそも俺、精霊術全っ然使えないし。教えてやる義理はないが。


 大きく息を吐く。隙になるとはわかっているが、どうしてもこの癖は抜けない。緊張している時、頭を切り替える時、息を整えることで自身を保つ。


 俺はショー・ピール・ブラッディローズ。

 セレネ・ピュア・ホワイトリリーの眷属にして、人で在り損なった誇り無き半吸血鬼。


 相手が吸血鬼ではないので、名乗りは義務ではない。やった方がいいことはいいんだが、まあ、他に吸血鬼居ないし。

 よし、行くか。


「ああ、でも。これは呪文かな」


 レミファさん達の方へ、帽子を円盤のように投げた。警戒する術屍に向かって、俺は走り出した。

 術屍が気を取られたのは一瞬、すぐに土人形をこちらに向ける。


「何度繰り返しても同じことよ」

「何度やったって俺は精霊術を食らうってか?」


 走りながら、にやりと笑う。

 あの術屍は何を言っているのだろう。そんなこと、


 ない訳ないじゃないか。


「やれるもんなら……やってみな!」


 姿勢を低くして、強く床を蹴る。伸ばした手の先には最初に弾かれたナイフ。

 床の割れ目に突き刺したところで、俺の周囲を氷の槍が囲んだ。


「終わりよ」


 より笑みを深くして、俺は目を瞑った。


 ――それも、きっと、悪くない。


 頭の上で風が唸る音が聞こえた。


「なっ……!」


 術屍の声に、驚愕が混じる。

 引っ張られる身体を、ナイフを掴むことで支えた。涼やかな音が聞こえたかと思うと、剥き出しの頬や手にぴりぴりとした痛みが伝わった。


 浮遊感が落ち着いたところで身を起こし、術屍に向かう。

 空中で細切れ途中の土人形は無視。肩に乗っていたので、巻き込まれていたら笑ったのだが、流石に逃げていたようだ。

 まあ、状況を把握できていない辺り、経験が浅い。俺に背中を向けるとか何それ吸って欲しいの?


 振り返る前にその小さな身体を抱き締める。

 腕を身体の前で交差させ、指と指を絡ませれば、小さく息を呑む音が聞こえた。

 ふふ、ふふ、ふふふふふふ。笑いが止まらない。なあ?可愛い可愛い兎さん。

 長い耳に囁く。




 つ、か、ま、え、た。






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