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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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 耳長族でも術屍になれるものなのか。

 いやまあ、元々の存在が夜族でなければいい、ということは、耳長族もなれるということにはなる。

 そう考えれば納得……できるような、できないような。何だろうこのモヤモヤ感。


 少々考えてみたら、意外と簡単に答えが出た。ああ、そうか。俺にとっての耳長族とはソシ・レのことだからか。

 他にも何人か知っているが、エルフ、と言われて思い浮かぶのは奴で、あれが術屍になる、という状況が俺には想像できないのだ。


 例え悪魔(デヴィル)に嵌められたしても、夜族になるくらいなら嵌めた連中巻き込んで死ぬだろう。

 何かの手違いでなったとしても同じく、だ。そもそも、そんなヘマはしないだろう。

 認めるのは癪だが、俺とは違う。


 ソシ・レは、見た目もその命も、美しい。

 少しずつ滅びへと向かう種族でありながら、前だけを向き続けている。エルフのどうしようもない程の選民意識も、退廃ともとれる生き方もひっくるめて愛している。

 全部わかっていて、あれは自分の血肉に、エルフとして生に誇りを持っているのだ。

 だからこそ、嫌いな人間が蔓延る森の外に出た。

 エルフの素晴らしさを人間に知らしめる為ではなく、自身を高め続けられるものが、森の中にはもうないとわかっていたから。


 まあ、外野が何を言ったところで、それは想像でしかない。

 だが、ソシ・レがエルフ以外の何かになることはない、と俺は思っている。当たり前のように思う。

 だから、俺は納得がいかないのだろう。何故、


「エルフが、術屍に?」

「術屍?死に損なった人間と一緒にしないで欲しいわ」


 出来の悪い子供を相手にするように、術屍は笑った。どう見ても子供にしか見えない彼女に、普通なら不快に思うか、背伸びをしていると微笑ましく思うところかもしれない。

 しかし相手はエルフだった術屍だ。

 年齢を当てるのは得意ではないが、多分七十才は超えているだろう。見た目は美少女でも。


「私は、そうね……ハイ・エルフよ。死を超越し、種を繁栄へと導く者」


 うわあ。


 それしか出なかった。

 そうか、かかっちゃったのか。治療法はある意味時間のみ、とさえ言える難病に。

 その治療法も、効く者と効かない者がいる以上、あれはもう不治の病と言って良いのではないだろうか。


 しかし、その代償が術屍化とは実に笑えない話である。ふとした折に、傷口が開いて悶絶するのとは訳が違う。文字通り身を持って思い知り続けることになるのだから。

 正気になった時の本人のダメージは計り知れないだろう。そして同じくらい、いや、下手すると本人以上に周りは精神的苦痛を受けることになる。近しい間柄なら尚更だ。

 そこまで考えて一つ思い浮かんだことがある。……まさかあの耳長、これが嫌だったから押し付けた、とかじゃないよな?


「ふふ、もうわかったかしら?あなたがすべきことは、一刻も早くこの城から出てソシ・レに」

「ああ、わかった。完全に理解した。だからもう黙れ、術屍」


 まだ何事か続けようとしていた術屍の言葉を遮る。

 これ以上放っておくと、俺の古傷も疼く……すみません嘘吐きました、まだ古くなってません。だってほら、夜族って厨二設定の塊だし。


 しかし、世間様一般から同類と思われるのは嫌だ。

 五十歩百歩?うっせ百歩逃げたくなるような場所で五十歩で済ませてんだから勇敢だろうが。文句があるなら同じ戦場に来い。


「……聞いていなかったようね、私は」

「術屍だろ。それが嫌ならただの動く死体だ。ハイ・エルフ?それ他のエルフも認めてんのか?」

「……一生森から出ない臆病者達には、私の考えは理解できないわ」

「臆病者、ね」


 連中が臆病者というのは、まったくその通りだと思う。

 怖くて自分しか信じられないから、あそこまで頑なになるのだろう。

 森に隠って、周りを排除して、変化を拒否する。まるで眠るように生きている種族。


 森の外が耳長族にとって優しくないのは事実だ。羨望を向けられようとも、亜人は亜人。

 大陸教の人間至上主義が強い信者等には、侮蔑の言葉と共に短剣を向けられる。見た目が美しく、若さを保つ為、奴隷としての需要も高い。


 どれだけ個の能力が高くとも、人間の数の前には無力。

 それを踏まえれば、この術屍は変わり者かもしれないが、臆病者とは言えないだろう。


「……そういえば、冒険者達はどこに居る?」

「冒険者?」


 何を言われたのかわからない、といった風に、術屍は首を傾げた。暫くすれば思い出したのか、ああ、と小さく呟く。

 そして、クスクスと笑い出した。


「あれ、ね。もう居ないわよ」

「居ない?」

「そう。だって食べてしまったもの」


 意外と美味しかったわ。

 耳の長い少女は、無邪気に笑い続ける。


 俺は、耳長族が嫌いだ。

 見た目は無駄に綺麗なのに、やっていることはエグいし、選民思想は本能レベルかと思うほど性格が悪い。

 どう考えても絶滅に向かっているのに、足掻くことをまるで悪か何かのように思っているところも嫌いだ。


 好き嫌いが多いところもムカつく。野菜なら何でもいいんだろと与えれば、やれ薬臭いだの味が薄いだのぐだぐだ文句を付ける。

 だったら飢え死ね、と言ったら本当に何も食わない奴が居た。

 慌ててそこらの森の実を採ってきたら、当たり前のように奪いやがったが。俺はお前の召し使いか。


「間違いなく言えることは、ソシ・レはお前のことが嫌いだってことだな」

「そんなことないわ。だって私とあの人は同胞だもの」

「……それ、本人の前で言ってやるなよ。多分、これ以上ないくらいに怒り狂う」

「……お前、さっきから何なの。何も知らない冒険者風情が」

「おや、あいつのことは何でも知っているんじゃなかったのか?」


 わざとらしくニヤニヤと笑ってやれば、眦を吊り上げる術屍。そんな顔しても可愛いだけだぜ、兎ちゃん。

 毛並みが白っぽい分、こっちの方が兎に近い。ちょっとつついてやれば、面白い程に反応を返すところもそっくりだ。


「つか、伴侶とか言ってたが、ソシ・レの方は何とも思ってないみたいだぜ?」

「嘘よ」

「殺すな、なんて言われてねぇけど?」


 殺ってこい、とも言われていないが。あれ?言われたっけ?


「……嘘よ。嘘!嘘よ!何なのお前!」

「冒険者風情だが何か?」

「そういうことを訊いてるんじゃないのよ!」


 器用に土人形の上に立ち上がったかと思えば、地団駄を踏んでいる。

 成る程、これがスタンピングというやつか。相当ストレスが溜まっているとみた。

 ああ、そうだ。これは訊いておかないと。


「なあ」

「何よ!」

「お前が術屍だって知ってる奴、何人居る?」

「……ソシ・レだけよ」

「俺達も居るけど?」


 本当かどうかはわからないが、居たとしてもそう多くはないだろう。耳長族に友達が居るとは思えないし。

 普段はその性格の悪さにムカつくが、こういう時は好都合だ。


「ソシ・レだけよ」


 術屍は同じ言葉を繰り返した。

 可愛らしいその顔に、紛れもない悪意を乗せて。


「だってあなた達はここで死ぬのだから」


 俺は帽子を被り直した。今の表情はあまり見せたくない。

 でも、まあ、とりあえず言えることは。




 証拠を消すなら、早い方がいいよな?






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