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只今術屍を探して徘徊中。
俺のイチオシであった謁見室に術屍が居なかった為、宛もなく彷徨っているのである。
おっかしいなー。元人間の夜族はこういうお約束とか大好きな筈なのに。
いやまあ、お約束になるだけの理由が謁見室はあると思っている。
第一に広い。大技を使えるなら外の方がいいが、敢えて屋内に拘るなら少しでも広く余裕のある空間が望ましい。
壁を抜いて広くすると強度に難があるが、障害物を置いて狭くすることも出来るし、断然こちらだろう。
基本的に奥にあるのも魅力的だ。権力の象徴のような場所なので、そこに居ると強そうに見える。とにかく相手に威圧感を与える。俺もよくやるわ。
でもまあ、そのような心理的な面より、思う存分罠を仕掛けられるのがいいよなぁ。降ってくる槍、飛んでくる矢、動き出す鎧!
他にも、壁かと思ったら石人形だったとか、扉を開けたら魔獣の館だったとか。レミファさんと一緒にきゃっきゃっ言いながら楽しんでいた。うーむ、ここの術屍、中々わかってるな。
初めはぴりぴりしていたホワイトも、俺達の緊張のなさに段々呆れてきたらしい。魔獣を仕留める手つきもぞんざいになってきている。
出方がわからないから対処に困るだけであって、この程度であればもう作業みたいなものだ。鶏に似た魔獣の頭を踏み潰す。断末魔までまるっきり鶏だった。デカいし紫だが。
「あ、こないだこいつ食ったわ。飯にする?」
「水ないだろ。置いてけ」
「精霊が多ければ出せるんじゃがのう」
精霊術の才能がある冒険者なら、火を着ける、水を出すくらいは覚える。多少疲れるくらいなら、荷物を減らしたいからだ。
勿論俺は出さない。生気依存の夜族なので、ぜえこら言って水を出すくらいなら飲まず食わずの方がよっぽどマシなのである。
生気があれば特に飲食は必要ないが、水源近くなら普通の狩りをすることだってある。なので、火打ち石と塩と水筒は必需品だ。あとナイフ。
しかし、水が出せそうな二人に言われては仕方ない。足下に居る奴を気にせず突っ込んできた鶏もどきの首を握る。コケコケ、ぐてーん。
すっかり大人しくなったので、肩を外して背中側で翼を組む。蝋燭立てに逆さに吊っておけば、その内頭に血が溜まるだろう。
「帰りまで生きてたら回収しようぜ」
「その格好で無駄に手際いいとか引くわ」
「ささみは私が貰うぞ」
肩肉も美味いのに。
「居ねー、全っ然居ねー、影も形も見えねー」
「狩りに出ているのかもな」
「こんなに土人形を残して?どんだけ警戒心強いんだよ」
それだけの重要な物があるとも考えられる。だが、こちらとしては術屍のコレクションだか研究だかに興味はない。
「レミファさん、流石にこのまま見つからないのであれば一度戻るぞ。ご家族も心配しているだろうに」
「むう……仕方ないじゃろう。去年、現地調査から帰ってきたら、息子から曾孫婿まで血相を変えて出迎えるんじゃぞ?」
たかだか三ヶ月でアレとは、全く、家の男共ときたら。ぷんぷん怒るレミファさん。
え?何でレミファさん家の男共責められてんの?てか反省してねーなこの人。
ホワイトと顔を見合わせる。
「間違いなく心配してるから帰ろうぜ。な?」
「もしかしたら曾々孫できてるかもしれなしな」
とりあえずこのばーちゃん帰そう。俺とホワイトの気持ちが一致した瞬間であった。
一回顔見せて安心させたら連れてってやるから、な?
と言おうとしたところで、聴覚に引っ掛かるものがあった。
壁を伝わって響く低い音。
……門が開いたのか?
「城の主がお戻りか」
「広間だな。急ぐか?」
「ああ。……レミファさん、乗ってくれ」
「おお、失礼するぞ」
背を向けてしゃがむ。……軽い。
何だろう。当たり前と言えば当たり前なのだが……何だろう、軽く衝撃を受けた。だってあまりに元気だったから。
でも、そうか。人間だもんな。
「……ちょっと急ぐから、しっかり掴まっててな」
ぎゅうっと肩を掴んでくるレミファ。俺も脚を抱える手に力を入れて、少しだけ前に傾いた。
「行くぞ」
とくりとくり、と。
命の音が聞こえる。
広間に戻ってみれば、三体の土人形が居た。
一回り大きな土人形が一体、汚れた袋を持っている。歪な形から何か入っていることはわかるが、人か獣かは判断できない。
残り二体の内、一体の肩にはローブ姿の人物が座っている。
それを見て、思わず眉を寄せる。レミファさんと同じくらいとは聞いて居たが、思っていた以上に小さい。
ホワイトを見れば、奴も何か考え込んでいるようだ。
視線をレミファさんに向ける。頷いたのを確認して、静かに背から降ろした。
柱の陰に張り付いて術屍ではなく俺達の様子を伺ってくれている辺り、下手な邪魔はしないだろう。
「出てきなさい」
鈴の転がるような声がした。
レミファさんに目を向ければ、彼女も驚いた様子で首を振った。つまり、声は知らなかったのか。
ホワイトと顔を見合わせれば、お互い困惑を隠しきれていない。先程の声、あれはまるで、
「そこに居ることはわかっているのよ。出てきなさい」
再度の呼び掛け。痺れを切らしたようにも思えるが、その声音は至って冷静だ。
俺は一つ頷き、柱の陰から出た。高い位置にある窓から差し込んだ月光が、床に小さな影を落とす。
「他のは出てこないのね。……まあ、いいわ。主の居ない間に、随分好き勝手してくれたようね」
「これは失礼。ご挨拶はするつもりだったのだが、城主殿は随分と臆病、いえ、恥ずかしがり屋のようで」
何度ノックをしてもお出でくださらず困っていたところだ。
口の端を吊り上げて言う。さて、どう来るか。
「それはごめんなさいね。こそこそと這い回る鼠と違って色々と忙しかったの」
嫌味は含まれているが、特に怒った様子はない。この程度の挑発には乗らない、ということか。
「私の城に何の用?」
「囚われのお姫様が居ると聞いて」
「お姫様、ね。なら貴方は王子様なのかしら?」
「残念。傲慢な王様に命令された狩人さ」
見た目からすれば女王だが。いや、寧ろ性別以外全て女王様か?
「……そう。なら王様に伝えなさい。貴方が来ないのならお姫様は帰さない、と」
瞬きをする。この言い振りでは、まるでソシ・レとこの術屍が知り合いの様ではないか。あの耳長至上主義で、夜族を塵かなんかと本気で思っていそうな男とどういった関係だ?
「何故ソシ・レでなければならない?」
「お前には関係ないことよ」
見つけた。ソシ・レの名前を出しただけでこれだ。平静を保とうとしているようだが、声が固い。
「関係あるさ。俺はソシ・レの依頼を受けてここに居る。謂わば、俺はソシ・レの代わりに居るようなものだ」
「お前があの人の代わりになる訳ないでしょう!」
わざとらしく奴の名前を繰り返せば、術屍は隠すことなく怒気を露にした。まるで子供の癇癪のようだ。そう、子供の。
「あの人、ね。随分とソシ・レに執着しているようだが、何を知っているのだか」
「何でも知っているわ」
先程の怒気が嘘のように、笑う術屍。ふふふ、ふふふ。こんな状況でなければ可愛らしいと思うのだろう。
「だってあの人は」
フードを下ろす。
流れる雨のような銀色の髪に白い肌。扇のような睫毛に飾られた光彩は、まるで翠玉のよう。
「私の伴侶となる人なのだから」
長い耳を持つ少女は艶やかに笑った。
……とりあえず戻ったらはっ倒そう、あの耳長。




