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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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「おい、エルフじゃなかったのか……!?」


 いつの間にか立ち上がっていたホワイトに腕を掴まれた。うっさいわ、それを訊きたいのも俺だっつの!

 大体エルフと言ったのは俺じゃなくて耳ながらが……言ってない、かな?あれ?

 …………。


「八十過ぎてたらエルフとか、お前の常識ってどうなってんの?馬鹿なの?」

「ちょ、お前が」

「俺が何。え?俺レミファがエルフって言ったか?」

「言っ……てない、かも……いやでも」

「レミファさん、怪我は?」


 レミファに聞こえないように小声で言い合う。よく覚えていないが、多分俺も言っていないだろう。言っていない筈だ。

 なおも言い募ろうとするホワイトを遮り、レミファに向かって声を上げる。話はもう終わりだ。


「逃げる時に腰を痛めたくらいじゃな」

「ご無事で何より。……術屍は貴女に何も?」

「そうじゃな。部屋こそ出られんかったが、食事は与えられていたし、ベッドもあった。特に危害も加えられておらん」


 それは妙な話である。人間を拐っておいて、餌にするでもなく何かの材料にするでもなく、ただ閉じ込めていただけだと?

 しかも、詳しく話を聞けば、鍵を掛けられていたという訳でもなく、入り口に土人形が居た程度だったという。

 とはいえ、ならどうやって出たんだ?と思ったが、土人形が居なくなった隙に出たらしい。えー……何その杜撰な監視……。

 だが結局は土人形に見付かって逃げ込んだ場所が、このダンスホールだったらしい。

 既に中に居たホワイトからすれば、ローブ姿の不審人物が土人形引き連れて入ってきた形である。あー、うん。そりゃ術屍と間違えるわ。


「確かこれまでに冒険者も拐われていた筈だったよな」

「ああ。その冒険者達も?」

「……いや、他の人間は見ておらんな」


 別の場所に閉じ込められているとも考えられるが……それならある程度纏めた方が監視しやすい筈だ。

 いくらレミファが行動的とはいえ、老婆が脱出できるのに冒険者達ができない訳ないだろう。それか動けない状況にあるか。

 俺は溜め息を吐いた。目的がわからなくて、もやもやする。あまり気持ちのいいものではない。


「術屍の姿は見たか?」

「フードで顔までは……黒いローブで背丈は私くらいじゃったか」

「そうか……レミファさん。俺はショー。ソシ・レから貴女の奪還を依頼された。術屍の討伐は絶対ではない」


 心情的には術屍をぶちのめしてすっきりとしたいところであるが、それでレミファを危険に合わせたら意味がない。

 彼女を連れて戻り、ギルドに報告する。ギルドから討伐依頼が出るなら受けてもいい。だが、大したメリットもなく疲れるようなことをするほどお人好しではないんでね。


「ホワイト。近くの村まであの馬を貸せ。金は出す」

「ん、ああ。そのまま持っていっていいぞ。俺が帰るまで放って置いたら喰われていそうだしな」


 何かを考えているのか、適当に返してくるホワイト。大体予想は付くが、暇な奴め。


「俺達は戻る」

「わかっている。だが、俺は依頼で来た訳じゃないから好きにするさ」

「ご自由に。物好きなとは思うが」

「"夜狩り"だからな」


 仕方ない。そう呟いて肩を竦めるホワイト。

 復讐心だけで"夜狩り"になった小僧が、随分と生意気を言うようになったものだ。

 俺は、仇討ちとは、果たしたところで碌なことにならないと思っている。

 だがこういうのを見ると……本人の心持ち次第なのか、とは思う。

 俺には真似できそうもないけどな。


「ふむ。……ショー殿、といったか」

「ショー、でいい。何か?」

「サフィルスに戻るまでは私の護衛となるのじゃろう?」


 まあ、そういうことになるな。現時点で奪還は――自力で脱出してきたとはいえ――できているとも言えるが、依頼人の元に連れて行くまでが奪還である。


「つまり、私がここに残れば、お主も残るということじゃな」

「……貴女を昏倒させて運ぶ、という手もあるが?」

「こーんな年寄り相手に暴力を振るうじゃと?ぽっくり逝ったらどうしてくれる!これだから最近の若いもんは」


 好き好んでこんな場所来る年寄りがほざくな。それに俺、あんたより年上だから。

 どちらも言うだけ状況を悪化させるだけな気がするので、口を噤む。


「……俺が最優先すべきは貴女の命だ。いざという時は、手荒な真似もするが」

「勿論。私とて曾々々孫の顔を見るまで死ねんよ」


 ん?と思ってから本気で計算してしまった。

 レミファの家族事情は知らないが、この歳まで生きていると妙な現実味がある。つか全然死ぬ気ねぇなこのばーちゃん。


「ならアカデミーなんかに入らず、大人しく家で編み物でもしていた方が良かったのでは」

「何を言うか。折角人間に産まれついたのに、死ぬまで知を探求せずにどうする?」「いや、エルフとかより短いんだから楽すればいいだろ」


 にやり、と笑う老婆に、つい素で突っ込んでしまった。

 雑学等は結構好きだが、こんな命掛けで勉強する気にはなれない。俺だったら、老後は一日中寝ていたい。いやまあ、半吸血鬼に老後はないんだけどなー。


「戯け。死が近いからこそ、人間は生ききるのじゃろうが。夜族を見てみろ。殆どが終わっておる」

「……終わってる?」


 死んでるようなもんとかはよく聞くが、終わっているとは微妙に不思議な感じだ。

 あ、あいつ人生終わってんな的な意味か?


「夜族はいつか迎える死の為に存在し続ける。かといって、遠すぎる死に抗おうとする訳でなく、飾り立てようとする訳でもない。ただ在るだけじゃ」

「……えぇと、俺が狩ってきた夜族の中には、命乞いをしてきた奴も居たが」

「死を間近にして、また始められたんじゃろう。そんな切っ掛けでもなければ、永い時を生き続けられる程、夜族とは強い生き物だとは思わんがの」


 ……何となく言いたいことはわかるが、彼女の人生観と言ってしまえばそれまでだ。

 また始まるのなら、別に終わってるではなく、止まってるでもいいんじゃないだろうか。

 そもそも、ただ安穏と生きていくのなら人間も同じ……ああ、でも。


 瞬きを繰り返している内に、思い浮かんだ。人間は増えるものか。

 増えて、減って、また増えて。その度に新しい物を作り出し、古いものを壊していく。

 作り出した物をどんどん壊して、忘れ去った頃にまた作り出して、進んでるのか戻っているのか正直わからないが。


 だが夜族は変わらない。個々で見れば確かに変化はあるのだろうが、大きく見れば何も変わっていないのだ。

 言語も服装も習慣も、別種族の模倣でしかない。種族の伝統もない訳ではないが、形を変えずに残っているものが殆どだ。寧ろ初めからして模倣と言われた方が納得がいく。


 一個体が長く居すぎるのが原因なのだと思う。だから繁殖力も低くなる。

 しかし、人間の繁殖力と比べてみれば、ある意味つり合いが取れているのだ。或いは逆なのかもしれない。人間が減りすぎないように、増えなくなった。

 考えてみれば、積極的に増やそうとはしないんだよな。同胞を増やすことには意外と慎重なのである。できたらできたで仕方ないなーとは思っているようだが。


 一応繁殖はできるが、限りなく完結に近い種族。

 未来がない、とも言えるだろう。それこそ、現在で終わっているのだから。


 ……まあ、こんなところだろうか。レミファ、さんが言わんとしていることとは違うだろうが、哲学とは他者の考えに突っ込みを入れて、持論を展開させて楽しむものだしな。……え?違うの?

 何はともあれ考察終了。終わってる種族は終わってるなりに先のことを考えますかね。


「術屍に会ってどうするんだ」

「決まっているじゃろう。術屍の根城であるこの城では精霊が少ない。しかしあれだけの土人形をいとも簡単に造り出すその技量!術屍の使う精霊術と人間の精霊術は何が違うのか!それともこの城の精霊が特別なのか!その絶好の機会を逃しては死んでも死にきれんわっ!!」


 そんな興奮すると血管切れるんじゃないだろうか……と一瞬心配したが、このご婦人殺しても死ななそうなので無駄なことしたと思う。

 はあ。……仕方ない。


「何度も言うようだが、何かあれば俺は貴女の命を優先するし、貴女にも俺の判断に従って貰う」

「約束しよう」

「待て」

「ではお手をどうぞ、ご婦人?」

「うむ。エスコートは頼むぞ」

「だから待て!」


 手を出し合う俺達の邪魔をしたのはホワイトの叫びだった。本当に沸点低い奴だな。牛乳飲めよ。


「ブラッ……紅薔薇!お前正気か!?術屍相手にこんな婆さん連れて行くなんて!」

「失礼な奴じゃな。こっちの可愛い顔した紳士を見習わんか」

「可愛いは止めてくれ。お前はもっと女性への接し方を学べよ、遊び人」

「もう遊んでねぇよ!……じゃなくて!」


 うがー!と叫んで頭を掻くホワイト。残念な美形、ここに極まれり。禿げたら笑ってやろう。


「"夜狩り"が一般人危険な目に合わせてどうする!?」

「俺、今回冒険者として依頼受けてるんで」

「そういう問題か!」

「本人が」


 それまでのからかいを消して応える。


「本人が、それでも行きたいというなら仕方ないだろう。レミファさんの言葉を借りるなら、『終わる』のだから」


 老いとは、年を取ることではない。

 自分の生気が、命が、淀み、朽ちていくことだ。


「生きようとする人間は、納得しなければ退かねぇよ」


 俺は、どうでもいい。

 好きなことはあるし、ムカつくことだってたくさんある。それでも、どうでもいいと思えばどうでもよくなるのだ。

 ただ一つを除けば。


「それとも何か?Aランク"夜狩り"が二人も居て、ご婦人一人守る自信がないと?」

「……術屍と戦ったこと、あるのか」

「ない」

「ないのかよ。……俺もだ」


 ねーのかよ。まあ、あまりメジャーな夜族ではないしな。

 ホワイトはがしがしと頭を掻くと、大きく息を吐いた。


「……まあ、俺とお前が居て、倒せない奴なんて居ないよな」

「お前が邪魔をしなけりゃ楽勝」

「喧嘩売ってんのか」


 被害妄想ウザい。事実を事実として認められないから、まともな恋愛できないんだよお前。


「さて、話も纏まったところで出発じゃ!」


 一番乗り気なレミファさんが声を上げた。本当に老いを感じさせないご婦人である。

 こういう歳の取り方は理想だよなー。で、ある日ころっと逝くのがパーフェクト。痛いのも苦しいのも嫌いです。




 俺の最期は血塗れのち灰なんだろうけどな。




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