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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
序章
2/161

2

書き溜めていないので、更新の遅さにはご容赦頂けたらと思います。

 世界は。


 きらきらしていて。

 ふわふわしていて。

 小さくて柔らかくて紅くて甘くてとてもおいしい。


 とても、とても、いーぃ気持ちだったのに。


「な……んだっ、おまえはァアアア!!!!!」


 躊躇うことなく血溜まりに足を踏み入れ、転がる脚を蹴り飛ばし、散らばる指を踏み躙り。

 引き摺られた翼の端が、こぷこぷと血溜まりを鳴らしても。

 血と肉片の混ざった泥が裾を汚そうとも。

 それは歩みを止めない。


 右脚はあそこ。右手はそこ。左腕はどこ?

 尻だけで後退ろうとすれば、地面ごと銀の矢で留められた脚に激痛が走る。

 怖い。怖い。コワイ。

 逃げられない……!


「何、か」


 ぴちゃり、と水音を立ててそれは止まった。

 ニィと口の端を吊り上げて、三日月のように笑う。嗤う。




「お前の主人だ。『月狂い』」







 俺には眩しい程の満月の光は、ステンドグラスを通して柔らかく色を変える。

 草一本ない荒野を金色に輝く女神が歩く。女神の通った後には、色とりどりの花や森が生まれ、実った果実を求めて動物達が集まるという単純な物語だ。

 この近辺は農業が主体の地域であるから、森の女神が信仰されているのだろう。

 神が実在するかはともかく、自分達の生活と自然の恩恵が繋がっていることを忘れないようにするのは良いことだ。

 そうして暫くステンドグラスを眺めて居たが、静かな寝息を立てるミッカちゃんに視線を向ける。

 赤い頬に先程の名残が見られるが、呼吸も落ち着いているし、特に問題はないだろう。……人間は気を付けてやらないと直ぐに死ぬからな。


 人間にとっての夜族像は、偏見と虚構にまみれている。特に吸血鬼なんかはその典型とも言える。


 一般人の吸血鬼に対する認識は、主に『吸血鬼は血液しか飲まない』、『血を吸われたら吸血鬼になる』ではないだろうか。

 ……まあ、前者はそういう主義の吸血鬼も居るので間違いではないが、後者は明らかに有り得ない。

 簡単な計算の問題だ。一度の食事で吸血鬼が一人増えるとする。二人の吸血鬼が食事をすれば吸血鬼は四人になるし、その吸血鬼が食事を……なんてやっていけば、どれだけ人間が産もうが増えようが直ぐに限界が来る。その先に待っているのは共食いだけだ。

 ……最も、純粋な吸血鬼は自然発生するので、本当の意味で絶滅はないだろうが。


 他にも、巷に流布する弱点の類いも中々にすごい。

 いやだって常識で考えて頂きたい。にんにくダメ聖歌ダメ十字架ダメ、銀が怖けりゃ火も怖い。流れる水も渡れなければ、無断で余所様のお宅にお邪魔することもできない。挙げ句に日光を浴びたら灰になる?

 どこの世界に、そんなもやしっ子な引きこもり夜族が存在するのか。いや、存在したとしても、それが一種族としてそれなりに繁栄することができるわけがない。


 ミッカちゃんの赤茶の髪を撫でる。衣服は整えたが、元通りに編み直せる自信はないのでそのままだ。

 波打つ髪に覆われた首筋に、吸血痕はない。


 これは吸血鬼の唾液に含まれる治癒作用によるものである。吸血中は催淫成分が優勢となるが、それ以外、つまり殆どの場合ではこちらが優勢となる。

 流石に取れた手足を生やすことはできないが、瘡蓋が取れたら終わり、というような傷なら痕も残らない。所謂『舐めてりゃ治る』だ。

 まあ、人間相手に吸血痕を残さないようにするには多少の生気を使うが……それ以上に血液を頂いているので、お詫びも兼ねて。


「やっぱりこの年で処女なわけないよなぁ」


 若いから美味かったが、やはり後味というか喉ごしというか。


 生気というのは、基本的に若ければ若いほど質も量も優れている。

 産まれた瞬間、その命は誰の為でもなく、ただ自分一人だけのものだ。けれど、その瞬間から死に向かうのが生き物である。

 人間にとって老いと言えば、若者から老人、老人から死へと向かう過程を指すのであろう。

 だが夜族にとっての老いとは、生気が澱み、失われていくことに他ならない。

 性行為はその最たるものと挙げられている。肉体を交わすことは、そのまま生気を交わすことでもあるからだ。

 本来持つ生気に雫のように滴る異物は、やがて溶けて混ざり合い、少しずつ別のものに変えていく。それはある意味で進化なのかもしれない。


 とかなんとか小難しい話を聞かされたことがあるが、俺は喰われないための防衛策として理解した。

 性経験が多ければ、それだけ子供を抱える可能性が増える。それならば簡単に死ぬわけにはいかない。よし不味くなろう。

 考えてやっていることでなく、生物の本能に刻まれた生きる術。これぐらい単純な方がしっくりくる。

 以上、生気と性経験の関係性に関する考察終了。

 

「さて、と」


 下ろされたままの瞼に、愛しさと感謝を込めたキスを一つ落とす。

 俺はできるだけ音を立てないようにして教会の扉を開け、夜空に飛び上がった。


 地面に落ちる影は、人型に蝙蝠のような翼。

 空を見上げれば、先程より大きく感じる月。

 ……自由に空を飛べるようになったのは、まあ、悪い気分ではない。

 さて、明日の寝床はどうするか。

 別に先程の村でもよかったが、精神感応はあまり得意ではないので、ミッカちゃんが覚えていたら少々厄介だ。

 柔らかいベッドで眠るのが一番好きだが、野宿も特に嫌いではない。まあ、服は皺になるが。

 そんな取り留めのないことを考えながら飛んでいると。


「あ?」


 野太い悲鳴が聞こえた。男か。

 獣人にでも襲われているのだろうか。そういえばこの辺りに人狼(ワー・ウルフ)のコミュニティがあったか?

 夜は夜族の領域だ。こんな時間に出歩く奴が悪い、と無視しようとしたところで気づく。


 この気配は……吸血鬼か。


 口許に手をやり、一瞬考えた後……悲鳴が聞こえた方に向かって羽ばたいた。


 空には満月。

 俺は可愛い女の子を食べた後。


 口の端が吊り上がっているのがわかる。




 こんな時に出歩く奴が悪い。






殆ど説明回に……

次話はしょぼいですが戦闘を入れる予定です。

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