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「お前、学生が拐われたって知ってるか?」
「ああ。とはいっても、アカデミーの学生ってことくらいしかわからないが」
「レミ・ファという娘だ。銀髪で……あー、確か緑の目。歳は八十過ぎ」
「はちっ……ああ、エルフなのか」
理解が早くて何より。まあ、研究でこんな荒れ果てた所まで来るアグレッシブなばーちゃんとか嫌だしな。
「……まずくないか?」
「まあ、ヤバいだろうな」
精霊が少ない場所でも、耳長族が精霊術を使えるのはソシ・レでわかっている。
奴の才能がずば抜けているのを差し引いても、そんな耳長族相手に捕縛ができる術屍だ。普通の人間では太刀打ちできないだろう。
普通の人間ならな。
「どうする」
「真っ向からぶち破る」
「……おい」
元人間のなんちゃって夜族なんぞ、捻り潰してやるに決まってるじゃないか。
俺も元人間だろうって?失敬な、俺は自分から化け物になるような変態趣味は持っていない。
人間の癖に分不相応な力を望んで、調子に乗って?はは、何それ。
本当の化け物の力を思い知らせてやるよ。
「……お前、もしかして怒っているのか?」
「そーだなー、のこのこやってきて一人で絶体絶命になってた赤毛野郎もいるしなー」
「で!どうするんだ!?」
一応邪魔者だという自覚はあるらしい。語気を荒げて話を戻してきた。
……まあいい。来たからには精々役立ってもらおうじゃないか。
「お前、水と風、どっちが得意よ?」
「風だな。だがさっきも言ったが時間がかかる」
「俺が適当に暴れるからデカいの行け。連中を砂粒に変えろ」
砂人形というのも存在するが、一度造った土人形は、核が破壊されるまで別の性質になることはない。
術屍が砂人形に造り直すことも考えられるが、砂人形は土人形よりも形を保つのが難しい為、消耗が激しいらしい。水分の多い泥人形も同じく。
素材が細かすぎても重すぎても駄目。という訳で土人形が一番効率がいいらしい。まあ、自分では使えないので受け売りだが。
「……俺が、お前も巻き添えにするとは思わないのか?」
「とりあえずお前をはっ倒してから笑う」
「お前性格悪いよな。……いや、そういう意味ではなく」
その後も何かもごもご言っていたが、関係なさそうなので無視をする。悠長にやっている自覚はあるが、現在進行形で土人形は柱に体当たりをしている。みし。不吉な音。
まあいいか。と呟くホワイト。よくわからんが結論は出たようだ。どうせ戦うか逃げるかしか選択肢はないのだから、大人しく俺に使われていればいいのに。
「発動前に窓を撃つ。逃げ遅れるなよ」
「誰に物を言っている?精々早口の練習しておくんだな」
赤い目が細まる。口の端を吊り上げる。
普通の人間なら絶体絶命の大ピンチ。だが、ここに普通の人間なんて居ない。
階下の土人形、そして術屍に視線を向ける。
根城に迷い込んだ獲物とでも思っているのであれば大違いだ。
狩人は俺達。赤い目の"夜狩り"と、紅い目の半吸血鬼だ。
口許に浮かんだ笑みを一層深くする。
「さあ、狩りの始まりだ」
躊躇うことなく飛び降りた。
自身の元に落ちてくる獲物に向かって、手を伸ばす土人形。それを身体を捻って躱し、逆にその手を蹴りつけた。
姿勢制御を優先した為、殆どダメージは与えられていない。土人形の掌を足場にして、軌道を変える。
別の土人形に向かって跳べば、撃墜しようと動く土人形達。だが遅い。手を出し足を出してくるくると回り込めば、その旅に土人形達の手が空を掻く。
勿論俺も避けるだけで終わらせる積もりはない。好きあらば核を壊してやろうと連中の土塊の身体を削っていたが、一体に掛かっていると他の奴が邪魔をしてくる。
それはいいのだが、他のより頭は良くても所詮土人形なので、何をしでかすかがわからないのが困る。
俺を狙った拳が他の土人形の腹をへこませた時には、同士討ちを狙えるか?と思ったが、体勢を崩した土人形が倒れてきたり、それに押された別の奴が手を付こうとして潰されかけたりと、それこそ躱すことにいっぱいいっぱいになってしまったのである。
味方認識はあるがチームプレーはできない。同じサイズの夜族ならいいカモなのに、土人形になるとこんな面倒になるとは思わなかった。
術屍にこれといった動きが見えないのも不気味である。これだけあからさまに時間稼ぎをやっているのだ。何もしないのはおかしいだろう。
「っと…………」
同士討ちで取れかけた腕が、降り下ろされた瞬間に飛んできた。これだから痛覚ない連中は嫌だ。
しかも暫くすれば元に戻るからやりたい放題とか……うわ面倒くせー。
ぱん。
一瞬遅れて硝子の割れる音。その時には俺は土人形の肩を踏んで跳んでいた。
俺を捕まえようと伸ばされた土人形の指が、落ちる。
指だけではない。腕が、脚が、首が、胴が、風の刃に切り裂かれていく。
ぼとり。ぼとり。ぼとり。ぼとりぼとりぼとりぼとぼとぼとぼとぼとぼと。
落ちた土塊は床に着く前にまた切り裂かれ、小さな塊となり、細かな土は風に煽られ宙を舞う。
暗い土埃の中に、幾つかの赤い煌めき。
一つ。二つ。三つ。四つ。五つ。
重力に従い落ちていくそれを、"夜殺し"で撃ち抜く。
割れた核が、窓から僅かに射し込む月光に照らされ、煌々と輝いた。
「これで最後、と」
床を転がる核を踏む。これはこれで高く売れるのだが、今は邪魔だしな。足に力を込めれば、核は呆気なく砕けた。
お前を守る下僕はもう居ない。どうする、術屍?
術屍に向き直る俺の横に、ホワイトが並ぶ。おい、俺がチビに見えるだろう。遠近法を考えろ。
「もう土人形は居ないぞ、術屍」
俺の台詞盗るんじゃねぇよ。膝裏を蹴ろうとした俺を止めたのは、押し殺したような笑い声だ。
術屍の小さな身体が揺れている。その拍子にフードから白髪が溢れた。
髪が残ってるということは、それなりに腐敗対策をしていたということか。意外と量の多い白髪が……白髪?
笑い続ける術屍に、ホワイトが突っ掛かる。
「……何がおかしい」
「いや何、このような若いのにやられるとは、対したことないと思ってな」
「何だと」
「そういえば、礼がまだだったのう」
そう言って顔を上げる。フードと髪の陰から覗く緑。
老婆の言葉に、銃に手を伸ばすホワイト。
それに一瞬遅れて、俺の脚が動いた。
まるで喜劇のように転がる身体。
何が起こったか理解できなかったらしい。ぽかんと開いた口と赤い目。
払った足を元に戻して、俺は老婆に視線を向ける。
「…………何す」
「一応確認したいんだが」
薄く笑いながら、問いかける。気を付けないと引き攣りそうなのは許して欲しい。
「レミファ、さん……だよな?」
視界の端で奴の顔が引き攣った。
俺の問いに、老婆は答える。
「左様、アカデミー研究生レミファ・リッチじゃ。ソシ・レ先生の依頼かの?」
土人形達を倒してくれて助かった。感謝する。
礼の言葉が遠い。崩れそうになる身体を気力で保ちつつ、俺は思った。
囚われのばーちゃんって誰得よ?




