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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
術屍
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18


 サフィルスを出てから三日。

 地図を片手に夜を中心に歩けば、目的地はもう目の前に見えていた。

 太陽が出ているのとやる気を削がれるのもあるが、やはり人目がない方が動きやすいのである。


 途中の村で聞いた話によると、術屍が住み着いたのは、最近のことらしい。

 もっとも、術屍によると思われる被害が露見したのがそのくらい、という訳だが。

 人間は都合の悪いことは何でもかんでも夜族のせいにするからなー。隣村のじっちゃがある朝起きずにそのまま……いや歳だろ。


 前々から被害は出ていたそうだが、例の古城が根城だと発覚したのは、今回の件があったかららしい。

 手口としては、精霊術で作られた土人形(ゴーレム)が魔獣や家畜、この辺りを通る冒険者を襲っていたとか……ってその時点でギルドに報告しようぜ。依頼になったら金かかるのはわかるが。

 殆どの場合は土人形がその役目を果たしているらしいが、たまにフードを深く被った術者の姿も確認されているとのことだ。


 正直、それだけでは術屍とは判断できない。研究者肌の精霊術士には、頭にマッドを付けた奴も多く存在しているしな。

 でもまあ、ソシ・レは術屍だと確信していたようだし、多分他にも情報はあったのだろう、と思う。

 気を付けてはいるのだが、大体のことは力業でなんとかなるのでどうも抜けてしまうことが多い。とはいえ、あれだけ怒らせてはもう訊けないが。

 ……ん?先に喧嘩売ってきたのは向こうだっけ?なら俺のせいじゃないじゃん。何やってんだあの耳長は。


 さて、どうするか。腕を組んで考える。

 勿論、術屍のことではない。対峙したことはないが、萎縮する必要はないと思っている。

 派手さを考えなければ、気配を消して近付いて、そのまま一発かます。これに尽きる。

 殺しきれなかったとしても、"夜殺し"の傷を負ったままでは複雑な術も使えないだろう。


 問題は、術屍の情報を集めている中で得た、無視したくてもできない話である。

 いや、その時は無視したのだが……視界の端に居る馬は、すっかり怯えている。

 そりゃそうだ。ある程度訓練されているとはいえ、真夜中に夜族の縄張りに一頭放置されるとかどんないじめ。

 一応、焚き火と聖水で対策はされているが、気休め以外の何物でもない。とりあえず犯人は動物愛護協会過激派に襲撃されてしまえばいいと思う。


 慰めに鼻面でも撫でてやりたいが、多分とどめになるので自重した。

 早めに連れ戻してやるから、頑張って生き延びてくれ。馬の縄がしっかり結ばれているのを確認して、俺は城の通用門を開けた。




 夜族の目は闇夜でも全てを見通す。

 その認識は間違いではない。例え新月だろうが曇天だろうが、殆どの夜族は平気で出歩くだろう。

 しかしこれには注釈が付く。但し屋外なら、だ。

 どれ程悪天候であろうと、外の暗闇等たかが知れている。

 分厚い雲の上に月がある限り、夜族の目は貪欲に光を吸収するのである。明かりがなければ、歩くのにも支障が出る人間とは違うのだ。


 という訳で、俺は小さな精霊灯を片手に城内を探索中である。

 明かりに頼ってるじゃん、と言うなかれ。四方を壁に囲まれた全くの暗闇では、いくら夜族の目でも限界はある。

 しかし、これは人間と同じ視覚を持つ夜族に当て嵌まることであり、白骨兵等の眼球に依存しない視覚を持つ夜族はその限りではない。詳しくはまた後で。


 城というのは、昼間であっても真っ暗になる場所が多々あるものである。

 構造上の理由であったり防衛上の理由でもあったりするが、城が大きければ大きい程、そういった場所が増えるのは当たり前だ。


 この城も、城主が居た頃なら、大量の蝋燭が使われて居ただろう。一見どころか普通に無駄である。

 だが無駄でいいらしい。大きな城とは、それ自体より、維持することで権威を表す。大量の蝋燭を使える、ということが貴族のステータスになるというのだ。

 もっとも、使用人専用の通路は蝋燭等ないし、夜会がなければ広間も最低限の明かりしかなかったという。

 普段はケチり、ここぞと言う時に見栄を張る。規模が大きいだけで、やっていることは主婦と同じか。


 ちなみに精霊灯とは、精霊石を加工したものである。生気を利用した、火の出ないランプのようなものだ。

 精霊石は、精霊と似たような性質を持つ石の総称で、生気を注ぐと様々な効果を表す。

 その中で発光するものを加工し、特殊なカッティングを施した硝子のケースを被せたものが精霊灯だ。


 少ない生気でも十分な明かりを手に入れられるということで、精霊術が使える冒険者御用達のアイテムである。但しクソ高い。

 これの良いところは、精霊とは付いていても精霊術とは別物なので、俺でも使えるところである。

 まあ、生気をケチってるので、推奨の光量より大分暗くなるが……俺が見えればよし。

 土と埃で汚れた床には、阿呆の足跡がよく残っている。


 突き当たりにある扉を開けると、外に面した廊下に出た。無事なものの方が少ない窓。射し込む月明かりが眩しい。

 右見て左見て、もう一度右を見て、手を上げることなく考えた。見張りの一体でも置いていないことが気になる。

 規則正しい足跡には、交戦した様子もない。それとも、あちらに注意がいっているのか。

 ソシ・レは何と言っていたか。仕掛けがある?城の仕掛けと言えば、動く鎧とか押し寄せる壁とか降ってくる槍辺りだろうか。

 どれにせよ、この足跡が途切れない限りその心配はないだろう。途中で消えていれば落とし穴でもあるということで。


「おや」


 足跡が消えてしまった。残念ながら落ちた阿呆が居るという訳ではなく、ぐちゃぐちゃになりすぎてよくわからないのである。

 正門に繋がる広間なのだろう。これまで通ってきた通路以上に、酷い土汚れと乾いた血の痕。折角ゴーレム使ってんだから、引き摺ってやるなよ。死体なのかまだ生きてたのかは知らんが。


 外套が汚れるのは割り切っているので、しゃがみこむ。ああ、あったあった。同じように調べたのだろう、土塊に深く沈んだ奴の靴跡がある。

 他にも幾つかの靴跡もある。レミ・ファ一行が現地調査に来た際に付いたものだろう。小さめの靴跡に、大きな靴跡。


 靴底からすると、大きい方は護衛のものだろう。釘打ちの数が多い。気になるのは小さな靴跡だ。一つはレミ・ファとして、もう一つは誰のだ?

 学生、ではないな。それなら護衛の数が足りないし、この靴底は……。


「あ?」


 遠くから音がした。不規則に鳴り響く低音。暴れてんのか?

 考えたのは一瞬。俺は音がする方へ走り出した。レミ・ファの居場所も術屍の居場所もわからない以上、奴を囮にしてどれだけの効果があるやら。

 下手したら暴れる奴にレミ・ファが巻き込まれる可能性を考えれば、とりあえず殴って言い聞かせようそうしよう。


 階段を登り、駆けた先にあった無駄にデカい扉を勢いのまま開いて中に入る。

 広いダンスホールの一画に、俺の三倍はあろうかという土人形が五……六体。その土人形達の間に、時折ちらりと赤いものが見える。


「何やってんだあいつ」


 壁を使って土人形の位置を限定するのはともかく、あれだけ接近させたら意味ないだろう。数が多いことは言い訳にならない。

 土人形に痛覚等ないので、必要なのは四肢を潰して行動を鈍らせ、さっさと術の媒介である核を破壊することだ。

 土人形は動作が遅いので、走って逃げて精霊術をぶちかますのが簡単な退治方法だ。

 水精霊と相性がいいのであれば、水球でも作って湿らせれば自重で崩壊するし、

風精霊に水分を飛ばして貰えば、端の方から砂となり、やがては結局自重で崩壊する。


 放っておけば核を中心として元の土人形に戻ろうとするが、その前に無防備な核をを破壊すれば済むことである。


 いつも火の精霊術を使っている印象があるが、まあ、得意なのと相手である俺が夜族だからだろうな。

 多少の苦手はあるかもしれないが、他属性の精霊術も、実践に使えないレベルではなかった筈だが……?


 ……まあいい。それは後で訊こう。

 目指すは観光気分の赤毛馬鹿。俺は土人形の集団にへと走り出した。

 ホワイトに向かって伸ばされた腕。ぐっと床を蹴り、その根元にある肩に踵を降り下ろす。

 勢いの付いたそれに、そのまま足の付け根まで下ろしきれば、右半身を失った体が大きく傾いた。

 土人形と土人形の合間をくぐり抜け、剣を片手に持つ赤毛の襟をひっ掴んで跳ぶ。 こりもせずに掴まえようとしてくる腕を、今度は足場にすることで回避した。


「ブ、ブラッディローズ?」

「白々しい」


 わかってて来たくせに、まるで偶々通りかかったみたいに言うな。

 ホールの二階の手摺に手を掛け、そのまま荷物を上に上げてから飛び移る。土人形が痺れを切らして柱を折るまではとりあえず安全だろう。


「で、お前何しに来た」

「お前が術屍とやると聞いたから……」

「どこで」

「"夜狩り"ギルド」


 あー……そういうことか。術屍が関係するから、ソシ・レは"夜狩り"ギルドにも依頼を出していたのだろう。

 あの見た目だ。依頼人の素性がはっきりわかっているのなら、依頼書を探すのもそう難しくもない。

 勿論、俺に依頼をした時点で連絡もしたのだろうが、依頼は取り下げても情報が残ったままになってしまったということか。


「……とりあえず、それは後だ。お前、土人形とやり合ったことないのか?」

「ある。……ただ、思っていた以上に、精霊の集まりが悪い」


 ぱちりと瞬きをした。ああ、そうか。自分が使わないから全然意識していなかったが、ここは墓場で夜族の領域か。

 古城。荒れ果てた城。蠢く策略。乱れ合う愛憎。

 主を亡くしていまだに買い手も付かず、打ち壊されてもいない城だ。血で血を洗う悲劇の一つや二つや三つ四つくらいあるだろう。

 ……でも術屍は精霊術使えるんだろ?何、熱狂的なファン(精霊)でも付いてんの?


「使えないのか?」

「いつもと同じ威力を出すなら時間がかかる。その間に別の奴に距離を詰められた」

「阿呆だろお前」


 そんな初歩的なミスしてんなよ……と思ったが、こいつばかりを責める訳にもいかないようだ。姿勢を低くする。

 土人形が千切った頭部を飛ばしてきたのだ。頭部がなくとも行動に支障が出るわけではないが、敢えて自身を損傷させることなんて滅多にない。

 あの土人形結構頭がいい。イコールで結ばれるのは、複雑な式を核に刻み込む術者の技量の高さだ。


「そういや術屍は見たか?」

「あそこだ」

「ん?」


 ホワイトの視線の先、ゴーレムとは反対側の柱の影には、フードを被った小柄な姿。

 この位置では顔は見えないが、ローブの袖口からは骨と皮だけしかないような手が見える。こちらの様子を伺っているのだろうか。

 精霊術の一つや二つ使ってくるかと思いきや、何もしているようには見えない。まさか土人形に全ての力を使っている?もしくは罠か。

 いつものように考えようとして……止めた。罠?来るなら来いよ。




 何が来ようと、力づくで捩じ伏せてやる。






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