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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
サフィルス
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 冒頭に、少々吸血表現ありです。


 ぶつり、と皮を破る音。

 深さの割には出血が少ない。血管から僅かに逸れたようだ。刺し直してやる義理もないのでそのまま横に引けば、獲物の呻きと溢れる命。


 美味い。うまい。おいしい。うまぁ。

 あまい。あまい。あまい。あまぁい!


「……っ」


 獲物の指が動いた。その手をぎゅうっと握る。邪魔なんかさせない。


「ふ……ふ、ふ……ふ……あ……!」

「っ……う……」


 血が、生気が、するすると喉に落ちる。

 身体中を巡って巡って、染み渡る、熱い、命。

 ふふ、ふふふ、ああ、うまい。


「……の……っが…ぁ…!」


 逃げるな獲物。手を離さないまま、背中に乗り上げる。みしみしと軋む音。ぞくぞくする。

 身動ぎするから口が外れた。つうっと紅い線が引かれる。勿体ない。

 舐め取って、掬い取って、ぐちゃぐちゃな傷口に舌を埋める。


 舌先に感じる甘味。爽やかな香りと共に味わえば、次が欲しくなる。

 欲しい、欲しい、もっと。

 ねぇ、頂戴?


 もう一滴も溢さないように、大きく開いた口で蓋をする。強く押し付ければ、柔らかな皮膚と口唇が潰れ合って隙間をなくした。あ、これじゃ噛めないや。

 じゅ、じゅ、じゅう。吸う度に跳ねる身体。吸いにくい。握る手に力を籠める。

 みしみし。ふふふ。


 獲物が大きく息を吐いた。諦めちゃった?

 いいよ、優しく食べてあげる。全部ぜんぶこのいのちはおれの、


「ショウ」


 どうした、ソシ・レ。

 掠れた声に、口を離さずに応えた。


 ぱちりぱちりと瞬きをする。ソシ・レ。エルフの男の子。

 まるで女の子みたいに可愛くてきらきらしているのに、口を開けばとんでもない罵声が、指が動けば容赦のない精霊術が飛んでくる。

 一番好きなのは紅い目だけど、あの翠は。


 まあ、好き。かも。多分。


 ソシ・レの……ああ、うん、ソシ・レだ。これは、ソシ・レ。


 牙で裂いた傷口に、舌を這わせる。

 少しずつ減っていく甘味が名残惜しい。ふにふにとした新しい肉をつつけば、舌打ちが響く。……舌打ち?どこで覚えてきたんだこいつ。


「下手くそ」

「お前喧嘩売ってんのか」


 さっきまでまともに声も出せなかった癖に、ムカつく耳長である。

 こんな見た目をしているが、耳長族は草とかきのこばっか食ってるから、毒に強い。そう言えば、下等生物程なんとやらという言葉があったな。


 だが、そんな耳長でも血は美味いのだ。

 同じ生物であっても、意思ある動物よりも植物の方が生気を変質させにくいからだ。要するに菜食主義(ベジタリアン)程血が美味い。


 だったら草食動物の血でも吸ってろよ、と思うだろう。数は少ないが、好んで牛や馬の血を吸う者もいるらしい。俺はしないが。

 自分で管理している動物ならまだしも、普通の家畜なんて怖くて吸えるか。人間も清潔とは言えないが、良くて水浴びくらいの首に噛み付くとか生理的に無理だから。


 という訳で、吸血鬼が獲物にするのはほぼ人間である。耳長族の方が基本的な生気の質・量が優れていても、弱いし数が多い人間の方が手頃だからだ。

 吸血鬼は人間の血しか吸わない、という人間の誤解も、あながち間違いでもない。


 ふと、聴覚に引っ掛かるものに気付いた。

 いやまあ、研究院なのだから学生や研究員もいるだろうが。ソシ・レはまだ気付いていないようだ。

 人間より優れた聴覚を持つ耳長族にしては珍しい。強がってはいるものの、普段通りとはいかないようだな。

 …………。ちょっと面白くなるかもしれない。

 今の俺は、口の端が頬にくっついているのではないだろうか。楽しい。


「下手くそはテメェだろ。何ださっきの。耳長は人の名前も言えねぇのか」

「ほう、自身の名を誤る者が居るようだな。きっと愚かな半吸血鬼であろう」

「あっれー、耳長って名を大事にする種族じゃなかったっけー。相手の名を蔑ろにするってことは、テメェの名を蔑ろにしてもいいってことだよな?」


 不穏な色に染まる翠。ははは、何その顔マジウケる。そんな射殺しそうな目で見ても可愛いだけだぜ、兎ちゃん。

 先程からぴくぴく動く指は、まだ俺の手の中。足に力を入れてはいるが、重心は奴の上に残している。

 つまりどういうことか?耳長に逃げ場はない。以上。


「……用が済んだならさっさと退け」

「終わったらポイとか酷ぇ奴。俺は女の子には優しくするぜ?」

「私が女に見えるとは、流石出来損ないの眼球は違うな」


 俺の下で完全に拘束されているのに、こいつが絶好調なのは何故だろう。

 あと、こいつを見て女と間違うのは、別に俺だけじゃないと思う。所々に男らしさが散りばめられていたのには驚いたが。

 つか、さっきから目の前で耳がうざい。長い。まじまじと見ると、意外と違和感のない造形である。何でだろうか。


「人の話を聞、っ!」


 気になったので齧ってみた。ぴんと立っているから固いのかと思いきや、意外と柔らかい。軟骨でも支えられるんだな。

 暴れる体を密着させることで封じる。口を離して、その濡れた耳に囁いた。


「呼べよ」

「…………」

「俺を、ちゃんと。なあ」


 ソシ・レ?

 殆ど唇の動きだけで呼べば、口の端が引き結ばれた。瞑目し、こいつが息を吸った時。


 こんこんこん。


「どーぞー」

「失礼します、ソシ・レ教」


 半吸血鬼の聴覚を持ってしても、最後の方は消えかけていて、よくわからなかった。まあ、思った通りに行き過ぎて、俺の胸がいっぱいだったのもある。恋?いいえ、愉悦です。


 身嗜み程度の化粧に覆われた顔。学生用のローブの上からでもわかる、細い腰に長い脚。結構美人だ。

 状況が掴めず、何か言おうとしては口を閉じる様子は、ギャップがあって可愛らしい。

 吊り上がりそうになるのを堪えつつ、俺は対女性用の笑顔を作って声を掛けた。


「彼に用事が?では私はそろそろお暇し」

「失礼しました!」


 高い位置で結ばれた栗色の髪が、まるで尻尾のように浮いている。そんなに急がなくても。

 俺の下にいる男は、額で机にキスをしている。情熱的じゃないか。妬けないけど。

 普段の肌が白い分、耳の赤さがよくわかる。

 ………………。まあ、とりあえず。


「ぶっはははははははははははははははっ、ごっふげほっ、は、はははは、ひひっ、ひははははははは!!!」


 全力で笑ってみた。笑いすぎて途中噎せたが、まあ仕方ない。


 だってこいつマジで気付いてなかったんだぜ?罪もない動物達を弓なり精霊術なりで虐殺するのが生き甲斐なんじゃないかと思われる、森の狩人耳長族が!

 こんな無様で、みっともない姿を!しかもおそらく自分の研究院の学生と思われる女の子に!

 は、腹が。笑いすぎて腹がひくひく痙攣している。俺の笑いが伝わっているのか、耳長が震えているのか。多分、両方だろう。


「あ、は、は、ぶふっ……ぎゃはははは!!」


 最後に大笑いをして、手を離す。と同時に、部屋の入口に向かって猛ダッシュ。多分今の俺なら獣人を超えられたのではないだろうか。

 帽子を掴み、女子学生が閉め忘れた扉をスライディングでくぐる。頭上を通過する、何本もの氷の槍。

 普段の奴なら、まず行動を封じる為に脚を狙うだろう。そうではなく、いきなり致命傷を与える気で来るとは、相当怒ってんな。ぶふっ、やべ、鼻水出た。


 廊下に出た俺を送るのは、耳長の怒号だった。

 いいのかお前。うっかり通りすがった研究員が腰抜かしてんぞ?まあ、笑いながら全速力で走る不審者に対して、という可能性もなきにしもあらず、だが。

 探しものがあるので、暫くお口にチャーック。

 それでも、唇が三日月の形になるのは仕方ないと思う。うぷぷ。……あ、吸血痕消すの忘れた。

 まあ、自分で治すだろう。

 ソシ・レは、治癒術も結構上手い。




 長い脚だと、やはり走るのも速いらしい。

 奴の待機室から離れた場所に、彼女は居た。

 研究院内は基本的に部外者立ち入り禁止とはいえ、女の子が人気のない場所に一人で行くのは感心しないな。

 だってほら。


 ――俺みたいな悪い夜族も居ることだし?


「お嬢さん」


 できるだけ優しく聞こえるように声をかける。勿論笑顔は崩さない。


「!……きょっ、教授の……」

「もう話は済んだから、戻るといい。用事があったのだろう?」

「え?……あ。はっ、はい。わざわざありがとうございます」


 ぺこり、と大きく頭を下げる姿は、何だか小さな子供みたいだ。もしかして、まだ未成年なのだろうか。学生なら有り得る。


「こちらこそ。先程は邪魔して済まなかった。……ああ、お嬢さん」


 横を通り過ぎようとするその腕を掴む。腕を取られ、眉を顰めながら振り返るその目と。


 目が合う。


 "魅力"


 まぁるく見開かれた青い目。

 開き気味の瞳孔、潤んだ瞳。このまま放っておけば、とろりと蕩ける瞬間が見れるのではないか。

 頬に手を当て引き寄せる。鼻先が触れそうな程近くになっても、女子学生の目が逸らされることはない。


「何故、先程は逃げてしまったのかな?」

「そ……ソシ・レ教授が……」

「ソシ・レ教授が?」

「待機室で……」

「待機室で?」

「あんな……いやらしいことを……」


 期待に添えず申し訳ないが、単なる食事です。まあ、そう思わせる為にやったので、嫌がらせとしては上出来だろう。

 目をじっと見たまま目尻を下げる。


「夢だよ」

「……ゆ、め?」

「そう、それは、夢」


 ゆめ、ゆめ。噛んで含めるように繰り返せば、やがて嘘は真実に、真実は嘘になる。

 ああ、それにしても可愛い。味見くらいしてみようか。年齢は気になるが、最後までいかなければいいんじゃないか?


「……そう、そうよね……あれは、夢……」

「そう、あれは、夢」

「だって……教授は……」

「そう、教授は」


 唇が触れそうな距離まで近付く。


「絶対…………女王様……」


 瞳の中の顔が引き攣った。今なんつったこの娘?

 背中に妙な汗を掻く俺を余所に、女子学生はぶつぶつ呟いている。


「教授ならきっと……言葉責め……放置プレイ……強制」

「じゃあ夢だほら夢だだって違うんだもんね!?」


 夜族の直感に従って早口で捲し立てる。何だかよくわからないが、とにかく今やらなければと思った。

 そうなの、違うの。話がズレたことにほっとしたが、しかし、蕩けるような笑みに戦慄した。……ちゃ、"魅力"が効きすぎてるだけだよね?ねっ!?

 ま、まあ、少々想定外な部分もあったが、"精神感応"が効いてなによりである。


 "精神感応"とは直接精神に干渉する能力である。

 どんなことができるのかといえば……色々と応用もできるのだが、俺の場合は大体記憶操作に使っている。

 食事で吸血死させるのではなく、キャッチ&イート&リリースを信条としている為、どうしても後始末が必要になるのだ。


 但し、半吸血鬼である俺の"精神感応"はそれほど強力なものではない。なので、"魅力"で思考能力を奪ったり、実際の記憶との齟齬を減らすような小細工をする必要がある。

 相手の記憶を把握し、繰り返すことで強く印象付け、現実に対する僅かな違和感を最大限まで煽る。少しでも本人が納得すれば、もうこちらの掌の上、だ。

 効きが甘いと、何かの拍子に気付くこともあるだろうが、その頃には俺はとんずら、本人も犬に食われたようなものだと思ってそのうち忘れるだろう。

 今回は……その、何だ。本人がすっごく納得して下さっているようなので、解けないだろう。きっと。多分。




 その夜、俺はサフィルスを出て古城へと歩き出した。

 一応、やれるだけのことはやったと思う。

 情報は得たし、空腹も満ちた。後は術屍次第だ。

 まだ見ぬレミ・ファ。どうか性格も美しくあって欲しい。ついでに無事でいて欲しい。


 古代図書館の件はソシ・レの問題だ。俺の出る幕ではない。

 だがそれでも、と思う。先程見えなくなったサフィルスに向かって、俺は心の中で呟いた。




 とりあえず、お前んとこの学生ヤバいと思う。






 時々、同性愛タグを付けた方がいいのかと思うこともありますが……愛じゃないので大丈夫ですよね?

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