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空気、悪い。
原因は間違いなく、眉間に皺を寄せる目の前の男で、俺は被害者だ。
前々から思っていたが、ちょぉぉっと、背が高くて顔がいい奴の空気読めなさは異常じゃないか?世のお姉様方お嬢さん方ご婦人方、連中は個性的なのではなく、単に社交性がないだけなので、甘やかしてはいけません。
だからほら。こいつなんか、唇から牙を覗かせて威嚇してくる。躾のなってない犬だこと。
「……吸血鬼が憎くないのか」
「私はアンジェラ様をお慕い申し上げております」
いっそ冷たいとも言えるくらい温度をなくした声が、是非もないことを問う。まったく、主人が主人なら、犬も犬。だから俺は猫が好き。
自分で質問をした癖に、半吸血鬼は俺の答えが気に入らなかったらしい。ぎり、と歯を食い縛る音が聞こえた。
「……化け物だぞ」
「貴方もでしょう?」
胸倉を掴まれる。身長差があるために、引き寄せるというより持ち上げようとするに近い。僅かに浮く踵。服って意外と丈夫なんだな、なんて、どうでもいいことなのだがを考える。
若い。もしくは青い。もしかして、半吸血鬼になってから日が浅いのだろうか。
事実を言われると人は頭に血が上るものだが、これに関しては、俺言われてもキレないと思う。
確かに、他人に言われたらむかつくかもしれない。でも、だって化け物だろう?それはもうどうしようもない。
「勿論、私もです」
私達は同じもの、でしょう?囁くように言葉を紡ぐ。
人間ならありえない力を持って、人間ならとっくに死んでいる歳で、人間なら食べないような餌を喰らって生きて。人間にとっては化け物以外の何でもない。
だから俺は声を張り上げて叫ぶのだ。俺は化け物だと。お前達は化け物だと。
――化け物なんて、みんなみんな死んでしまえ。
掴む拳に触れようしたら、手を離された。とん、と踵が鳴り、足裏の確かな感触に息を吐く。
翼を持つようになってからも、地に足が着かないと落ち着かない。これは俺が半吸血鬼だからなのか、それとも元人間は皆そうなのか。今度ラジーに訊いてみよう。
先程から俺への扱いが酷い半吸血鬼は、腕を組んでこちらをした。こちらは下手に出ているのに、なんという態度だ。思わず吐きそうになった溜め息を呑み込む。
「……同じなものか」
ぽつり、と呟かれた言葉に視線を戻したが、表情に変化はない。本人も意識していなかったのだろうそれは、本当にただの呟きだったのだろう。
主に片方が原因の睨み合いは、その片方が目を閉じたことで幕を下ろした。
「……仕事を手伝うように言われているんだったな」
「ええ。勝手がわかりませんので、できることは限られると思いますが」
「この城には、俺達も立ち入ることができない場所も多い。命が惜しければ、不用意に出歩かないことだな」
「ご忠告、痛み入ります」
にっこり笑って礼を言うが、向こうはそれを無視して背中を向けた。蹴りたい。
そう考えていたのが伝わったのか、肩越しに振り向く半吸血鬼。上がりすぎていた口角を慌てて戻し、どうされました?と無害そうに言う。
「……先程のことは忘れろ」
「はい?」
「お前の主人に、報告されたくなければな」
話はそれまでだ、とでもいうように、半吸血鬼は顔を戻すと、そのまま扉を出ていった。
「――ということがあったんだけど」
「即行でバラしてやるなよ」
「何で俺があいつの頼みを聞いてやんなきゃいけないの?」
こてん、と首を傾けて問えば、ラジーが大きく溜め息を吐いた。何で俺がお前にそんな態度を取られなきゃいけないの?耳を摘まんで、引き千切るつもりで引っ張った。何か喚いているが無視。
あの後、どうにかメイを探して晩餐の支度および他の細々としたことも手伝い終わった頃、舟遊びが終わったらしい吸血鬼一行と遭遇。どうやら、ラジーは漕ぎ手をやらされていたらしい。
俺を見た城の主人は盛大に顔を顰めたが、アンジェラの手前、手を出せなかったらしい。回りくどい嫌味は投げ掛けられたが、アンジェラを俺に取られた妬みだと思えば、優越感で胸がいっぱいになる。
ザック・ナイトメアはヨキに任せ、俺とラジーは部屋に戻るアンジェラに着いていった。そして今は情報共有中である。
「俺は蝙蝠に文句言われたが。半端者がこの城に入るなど恐れ多いとかなんとか」
半端者て。キーキー喚く蝙蝠を想像して呆れる。元人間ではあるが、ラジーはちゃんとした吸血鬼だ。少なくとも、半吸血鬼である蝙蝠には言われたくない。
蝙蝠はラジーに対してだけでなく、城の半吸血鬼達にも同じことをしていたらしい。そして、それを見ていたザック・ナイトメアも、蝙蝠を窘めるどころか、ラジーへ嫌味をくれていたというのだから、もう、うわあ、としか言えない。
ラジーにそんなことをしたと、レト・ナイトにバレたら、間違いなく殺られるのに。知らないとは幸せなことである。
「半吸血鬼じゃなくて、人間を蔑むタイプの吸血鬼なんだな」
同じ半吸血鬼であっても、人間以外の動物の方は、主人となった吸血鬼を敬愛する傾向にある……ように思う。これまた自分の知っている限りだが。
屋敷の蝙蝠にセレネへの恨みはないのか訊ねたことがあるのだが、蝙蝠総出で、そんな訳あるかそもそもお前はあんなに素晴らしい方を云々かんぬん。
顔と声以外は主人補正入りすぎである。多分、動物の方が本能に忠実な分、強者に惹かれるようにできているのだろう。
動物の半吸血鬼はできないことも多いが、忠誠心は高い。だからこそ、人間の半吸血鬼は所有しておらずとも、蝙蝠や狼などを持つものは多い。
そんな訳で、元人間と同じかそれ以上に吸血鬼の信用が高い蝙蝠達が、主人の屋敷内で元人間の監督をすることもままあるそうな。
……しかし、人間嫌いなら半吸血鬼にするなよ、と思う。餌で我慢しておけ。
「じゃあ蝙蝠には要注意な。小さい上に、奴等に見付かったら即報告されると思え」
「おう」
「はい」
箱入り二人のいい返事を聞いて頷く。といっても、彼らに何かしてもらうつもりはない。こういう雰囲気に慣れてもらう必要はあるが、基本的に姑息な真似は俺とヨキの役目だ。小賢しいとも言う。
だって腹芸できるタイプじゃないんだもん、二人とも。良くも悪くも素直な連中に、他人を陥れて情報奪ってこいって、ねぇ?俺も得意な方ではないが、他人の神経逆撫でして自分のペースに持ってくのは得意である。
「……まあ、とにかく。二人は普通にしててくれ。こっちはこっちで何とかする」
「私もお手伝いしますわ」
「気持ちはありがたいけど、一斉に動いたら変だし。それに、俺がヘマしたとして、アンジェラは何も知らなかったっていう状態の方がいい」
全ては俺の独断である、というのがどれだけ通用するかはわからないが、この中で一番切り捨てやすいのは俺だ。
何かあった時に、保護者や身内にボコられるのが俺だから、というのはある。でも、やっぱり、大切に思われてる奴は、あんまり危ない目に合ってはいけないと思うのだ。心配掛けるのイクナイ。
切り捨てられたところで、俺なら一人でもどうにかできるし。大丈夫。
守らなくてはいけないものも、守ってくれる人も居ないのだから。
「……あー、でも、今日の夕飯はびっくりするかもしれない」
思い出してげんなりする。支度を手伝ったからわかるのだが、とんでもないものが出てくるのだ。
「変わったものなのですか?」
「変わったというか……まあ、あまり食べる機会はないと思うけど……」
いくら吸血鬼の主食が血液だからといって、流石にあれはちょっと引いた。元人間の感性からすると、眉を寄せるような代物だが、果たして吸血鬼のお姫様からしたらどうだろう。
小鳥のように首を傾げたお姫様は、期待に胸を膨らませて微笑んだ。可愛い。




