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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
サフィルス
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 ずっと握りっぱなしだった果実を口に入れる。

 匂いで想像したよりもずっと酸味が強いそれは、体温で温まってあまり美味くない。そして確かに緑茶には合わない。

 潰れて出た果汁で掌が紅く染まっていた。今日は手袋をしていなくてよかったな、と思いながら舐める。


「品のない」

「生まれも育ちも性格も悪いもんで」


 冷たい声に適当に返せば、手拭いが飛んできた。何でもかんでも投げるな。

 まさか雑巾じゃないだろうな、と矯めつ眇めつしたが、変な臭いもしないのでそのまま拭く。うむ、すっきり。


 もう一杯、と湯を入れたところ、耳長がちら、と空いたカップを見た。

 ポットを手に取った俺は、そのまま自分のカップへ。耳長の眉間に皺が寄る。いいねその顔。

 でもまあ、仕方なく注いでやると、しかめっ面のままカップに口をつける。結局飲むのか、と思いつつ俺も茶を啜った。……合わない。


 一息吐いたところで、顎で話を促す。


「賊の詳しい目的、素性がわからない以上、元冒険者、高位精霊術士の職員はアカデミーを離れられん」

「裏切り者は?」

「居るだろうな」


 あまりに自然に返って来たので、言葉に詰まった。一応冗談のつもりだったのだが。

 詰まらなそうな目がカップの中身を見ている。


「アカデミーの実権、他国での出世、そして知的好奇心の探求。人間とは救いがたいな」

「最後は他人の事言えねぇじゃねぇか。種族的引きこもりの癖に森まで出て」

「私には他者を陥れてまで蹴落とす必要はない」


 向けられた、翠石のような虹彩。

 溜め息を吐く。悔しいが、見惚れたことは認めよう。


 見た目も、決して自分の信じるものを曲げないところも。

いけすかない男ではあるが、ソシ・レは美しい。


 選民意識で歪んでいるのは間違いなくとも、エルフの自尊心は高いのである。


「もっとも、姑息な手段を得手とする、元人間の夜族等にはわからんだろうがな」

「お前何無駄に二酸化炭素吐いてんの?」


 お互い、鼻を鳴らして顔を背ける。真似してんじゃねぇよ耳長。


「古代図書館の件は貴様には関係ない。貴様は学生を奪還すればいい」

「誰がタダ働きなんぞするか。で、どんな学生だ」

「銀髪緑眼、名前はレミファ。勤勉で優秀な娘だ。今回はそれが仇になったがな」


 ……耳長が褒めた?人間を?しかも言い方からすると結構そのレミファ?に好意的に聞こえる。

 天変地異の前触れか……!?


「……随分と買っているんだな」

「まだ八十過ぎと若いが、見所のある娘だ。私は貴様と違い、能ある者には敬意を表す」


 てめぇは毒を盛らなきゃ会話もできんのか。それともそれが会話の作法だとでも思っているのか。どちらにせよ、耳長が文化的な種族でないのは間違いない。


 でもまあ、納得がいった。多分その学生は耳長族なのだろう。そういえば名前も耳長っぽい響きだ。レミファ……いや、レミ・ファか。

 耳長族の名前は、個を表す名と産まれた集落を表す名で構成されている。ソシ・レであれば、レで表される集落で産まれたソシ、ということだ。

 だが、耳長族は自身の集落に強い誇りを持つ為、個と集落、両方の名前を呼ばなければならない。集落だけならまだしも、個の名前だけで呼ぶことは最大の侮辱なのである。

 だからといって、そんな慣習知らない奴に対していきなり精霊術ぶっ放すのが許されると思うなよ、耳長。


 八十過ぎということは、外見的には人間の十四、五才といったところ。可愛さの中にも美しさを見せ始める頃合いだ。

 耳長は見た目だけならいい気分になれるので、楽しみかもしれない。……いや、成人前に森を出るような変わり者なら、何かの間違いで性格もまともという可能性もあるのではないか。

 やべぇ、ちょっと楽しみ。


「場所は?」

「サフィルスの北西にある古城だ。確認されている夜族は術屍だけだが、城内には幾つも仕掛けがあったそうだ。道はあれの使っていた地図を見ろ。」


 差し出された地図には、それらしき印がある。地図はそれなりに値が張るものなので、庶民感覚の俺には書き込み等とんでもない話なのだが、学者肌の人間はこういうところ容赦ない。

 一人旅であるし、特に急がなければ、北西に向かって三日、といったところか。飛べば一晩で着くだろうが、術屍相手に強行軍はキツいだろう。


「討伐も依頼か?」

「奪還ができるのであれば必要ない」

「わかった。報酬は?」

「前金で小金貨五枚。無事奪還できれば金貨二枚」

「……アカデミー教授って儲かるんだな」


 金貨一枚あれば、一般人が一年間働かずとも慎ましく暮らせる。

 そんなものをほいほい出せるとは……日々汗水垂らして真っ当に、盗賊を蹴散らしたり夜族を狩ったりしている冒険者達に謝れよ。


「……学生が既に殺されていた場合は?」

「奪還に失敗した場合は小金貨五枚だ。既に死んでいようと、貴様が守りきれなかったとしても」


 殺されていても報酬くれるなんて、なんて太っ腹な耳長なのだろう。涙出ちゃう!

……生きているのなら絶対にこいつの前に叩きつけてやる。


 場所、学生、依頼内容、報酬……あと何か訊くことあっただろうか。

 腕を組みながら考えていると、感情のない耳長の声が聞こえた。


「……相も変わらず、悪趣味な首輪だ」

「首輪?」


 指先で触れた首は、いつもと変わらぬ感触だ。

 こいつは何を言っているのだろう、と瞬きを繰り返して気付いた。……ああ、これか。

 使い込んでいる為、表面がすっかりつるつるになっている黒革のチョーカー。なんかの魔獣だとは思うが、よくわからない。

 幅広のそれは、正直こういった服装には合わないのだが……ないと落ち着かない。

 着けているのが当たり前すぎて、気付かないことってあるんだなー。


「文化的、という言葉を知らない耳長にはわからないかもしれんがな、これはチョーカーと言って、」

「首輪だろう」


 他人の話聞けよ。言い返そうと思って奴の顔を見る。


 その顔に浮かぶのは、嘲りでも、蔑みでもなく。


 本当に、人の神経逆撫でするのが上手い耳長だ。


「……前金、要らねぇ」


 耳長の眉がぴくりと動いた。

 奴の前まで行き、ローブの首元を引っ張る。

 堪らず机に着いた手に手を重ねる。もう一本はどうしようもないが、こちらの意図は伝わるだろう。

 お互いの顔しか映らない距離で、囁いた。


「代わりに血、寄越せよ」

「ふざけるな」

「怖いのか」


 切れ長の目を吊り上げる耳長。

 美人が怒ると恐ろしい。だがこいつはいつも性格悪い表情しかしないので、寧ろ笑えてくる。


「どこぞの馬鹿に食事を邪魔されただけでなく腕燃やされたんでね。腹が減っている」

「私には関係ない」

「へえ?じゃあ空腹の俺が、術屍とのダンス中、つい、そこらに居る獲物を摘まんでも文句は言わねぇよなあ」


 何だか楽しくなってきた。笑いを堪えきれない。あははは。ふふふ。

 俺が笑う度に振動が伝わったからか、ソシ・レが顔を歪めて手を払い落とした。これは精霊術による報復コースだろうか。

 それなら俺も思いっきり暴れてやろう。術を使えないように手指を折って、もっとと言い出すまでその血を喰らってやろう。


 自分の荒れた唇を舐める。しかし、奴の指は精霊に干渉する動きはせずに、自らの首元に向かった。するりと結ばれた紐を解く。ええと、これは、


「ストリップ?」

「灰になれ」


 死んだらな、と返してその様子を眺める。シャツのボタンを外す指は細くて長い。俺の、短くてふくふくしている餓鬼みたいな手に対する自慢?自慢なのか?

 ボタンを上から三つ程外した後、襟を掴んで背中側に引いた。真っ白な鎖骨まで剥き出しになる。


 ここで恥じらいの一つでも見せれば気色悪いと笑えるのだが、無駄に男らしい。俺より女顔の癖して、なんなのこいつ。

 ちょっと俺より声低くて俺より指かっこよくて俺より背が高くて俺より金持ってて俺より社会的地位が高いからって調子に乗るなよ。


 ソシ・レの背後に回る。肩甲骨まで真っ直ぐ落ちる金の髪。室内にも限らず、夏の陽射しのようにきらきら輝いている。目に痛いわボケ。

 首を出す為に髪を掴み……驚いて落とした。金糸と例えたこともあるが、この細さになめらかさは、丁寧に縒った絹糸に近い。野郎の髪じゃねぇだろ。


 気を取り直して髪を避ければ、白い首筋が現れる。……意外と太い。髪と肌だけなら女にも見えるのに、期待を裏切りやがって。


 一気にいくか、じわじわといくか。どちらの方が嫌がらせになるかを考えていると、耳長が鼻を鳴らした。

 そんなものでさえ嫌みったらしい響きがあるのは、耳長だからか。


「何?今さらビビってんのか」

「それは貴様だろう」

「あ?俺が何を、」


 耳長が僅かに首を捻った。横目のせいで、いつもの半分くらいの翠。

 薄い唇が僅かに吊り上がる。その微笑に籠められているのは。


「臆病者」


 隠しもしない悪意。




 牙を埋め込む。






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